中央の調理場に向けて手を振るアルクェイド。
「へいっ、ただいま参りますっ!」
「テメエはすっこんでなっ! 俺が行くっ!」
「なにいってるんスか先輩! こういう仕事は後輩の俺の役目っス!」
なんていうか、まるっきり隠す気はないようで、ここまで声が聞こえてくる。
「ありゃしばらく来てくれなさそうだなあ」
モメる店員さんたちを見ながら、俺はこの店を選んでしまったことを後悔するのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その16
「ねえ、あの人たちなんかケンカしてるけどなんでかな?」
「……さあなあ」
おまえが元凶なんだと言ったって理解してくれないだろう。
「それより、ここはセルフサービスっぽいからな。水持ってくるよ」
本当はセルフじゃなくて持ってきてくれるシステムなのかもしれないけれど、アルクェイドのせいでそれはわからなかった。
「わたしが行こうか?」
「いや、いい」
コイツを一人で歩かせた瞬間に、周囲のお兄さんたちが待ってましたとばかりに声をかけてくるだろう。
席に座らせておいたほうがいい。
「……えーと」
ラーメン屋にありがちな給水器とコップを発見し、そこまで歩いていく。
「……」
歩いていると、ちらちらと視線を感じる。
どうやら俺とアルクェイドの関係を探っているようだ。
けど、この状況でそれをはっきりさせるのはなかなか勇気のいることである。
「……」
こぽこぽこぽこぽ。
いや、いっそすっきりさせちゃったほうがいいのかもなあ。
「……うーむ」
ガラガラガラガラ。
店の入り口が開く。
店員さんたちはまだアルクェイドの注文を取るかでモメているのか、挨拶はなかった。
入ってきたのはいかにも今風って感じのお兄さんである。
金髪にピアス、だらけた服装。
有彦の進化系って感じだ。
「……お?」
そのお兄さんが、席を探すために店内を歩いていたのだが、アルクェイドのところで立ち止まった。
「ねえねえ、彼女暇? どっかいかない?」
いきなりナンパを始めるお兄さん。
「……あーあ」
席を立たせるとかそういう次元じゃなくて、アルクェイドをひとりにするのはよくなかったようだ。
「んー? 奢ってくれる?」
アルクェイドはナンパしているお兄さんに笑顔でそんな事を言った。
「そりゃあもちろんだよ。いくらでも奢っちゃうよ?」
左手でガッツポーズをしているお兄さん。
どうやらナンパが成功したと思っているらしい。
「……ふ」
まだまだ甘いな。
アルクェイドのやつが何の考えもなく見知らぬ男の誘いを承諾するはずがないのだ。
つまり。
「ねー。志貴ーっ。このお兄さんが奢ってくれるんだって。よかったね」
アルクェイドは、俺に向かってぶんぶんと手を振っていた。
「え……」
お兄さんはきょとんとしている。
「そうかあ。どうもありがとうございます、お兄さん」
俺は心の中で合掌しながらアルクェイドの隣へと座った。
ようするにそういうことだ。
アルクェイドは、このお兄さんが俺とアルクェイドのぶんを奢ってくれるという意味で尋ねたのである。
そして彼はイエスと言ってしまった。
「え? 何、コイツは? 弟かなんか?」
あからさまに俺を煙たがる発言をしてくれるお兄さん。
「ううん。彼氏」
アルクェイドは笑顔で答えた。
ざわっ!
俺たちのやりとりを観察していたギャラリーにざわめきが起こる。
「お、おいっ、彼氏だってよっ!」
「ありえねえ、ありえねえよ!」
「わかった! きっと彼女は何か弱みを握られてるんだっ!」
実に無責任な発言をしてくれるギャラリーの方々。
「……マジで?」
お兄さんも石化していた。
「うん。マジ」
にこやかに答えるアルクェイド。
自覚が無いからタチが悪いってのは、こいつのためにあるような言葉だ。
「そ、それじゃ俺、急用を思い出したからっ……」
お兄さんはふらつく足取りで店の外へと出て行ってしまった。
「あれ? おかしいな。奢ってくれるって言ってたのに」
アルクェイドは不思議そうな顔をしていた。
「きっと財布をどこかに落としたんだよ」
真面目に答えるのも面白くないので我ながらかなり適当なことを教えてやった。
「大変そうねえ」
まるで大変そうだと思ってないようだった。
「お待たせしました。注文をお伺いします」
そこへ店員さんがやってくる。
どうやらアルクェイドの俺が彼氏だという発言で騒動は終わったらしい。
「特製ラーメンとラーメンセットで」
「かしこまりました。ういっす。しばらくお待ち下さいっ」
店員さんはあっさり去っていった。
「うーん」
こんなにあっさり騒動が収まるんだったら入った瞬間からイチャイチャべたべたしてればよかったのかもしれない。
そう考えた時。
ぞぞぞぞぞ!
「……うっ!」
背筋にものすごい寒気を感じた。
な、なんだこれは。
「……あんなやつに彼氏が……くそう」
「あんな美人が……なんで……」
うわあ。
嫉妬やねたみのオーラだ。
周囲の人々が俺に対して嫉妬のオーラをぶつけてきている。
さっきまでは単に俺たちの関係を疑う疑惑の視線だったのだが、俺が彼氏だとわかった瞬間、俺に対する嫉妬へと変わったのだ。
なんてこった。
商売人である店員さんはそこで気持ちの切り替えができたんだろうけど、ただの客はそうではない。
店員は客である俺に不快な思いをさせてはいけない。
だから気持ちを制御できる。
だが、俺と完全に接点が無いただの客は、思う存分嫉妬をぶつけられるのである。
一人一人の嫉妬は弱いんだろうけど、こうも集まっているとさすがに痛い。
俺も有彦に美人の彼女ができたなんて知ったらきっとこんな感情を抱くんだろう。
つまり、その相手とおまえじゃ不釣合いだ、と。
「……」
それが世間一般の考えなのだ。
俺とアルクェイドは不釣合い。
「……はぁ」
なんだか落ち込んでしまう。
俺は別に悪いことをしてるわけじゃないんだけどなあ。
「どうしたの? 志貴」
「いや……なんでもないよ」
よくドラマであるセリフで、例え世間が認めてくれなくても俺たちの愛はなんとやら、ってのがあるけど、実際には周囲の環境ってのはかなり重要だ。
特に俺の場合、アルクェイドと付き合っていることを喜んでくれる人がほとんどいないし。
代表例が秋葉とシエル先輩。
「うーん」
見知らぬ十把ひとからげに嫉妬されただけでこんなに辛いのに、知っている人に喜ばれないというのはなお辛いことだ。
何であの二人はアルクェイドのことをよく思ってくれないんだろう。
先輩はまあ教会の人だから仕方ないとしても、秋葉は生活が乱れるって理由にしてはアルクェイドを嫌い過ぎだ。
もっとみんな仲良くしてくれればいいのに。
「おまたせしましたー。ラーメンセットと特製ラーメンです」
「おっ……」
なんてことを考えているとラーメンが運ばれてきた。
空腹だと考えもまとまらない。
さっさと腹を満たすことにしよう。
「わ、凄い具」
アルクェイドの頼んだ特製ラーメンには、シナチクチャーシュー玉子ワカメその他諸々、普通のラーメン屋で考えられるありとあらゆるトッピングが乗っけられていた。
さすがは特製ラーメンと豪語するだけのことはある。
「俺もそれにすればよかったかなあ」
ラーメンセットのほうが実質的なボリュームは多いはずなのだが、外見的なインパクトで全然劣っていた。
「じゃあ、わけっこしよ?」
「あ、ああ」
頷いた瞬間、嫉妬オーラが増大したのを感じた。
こんな美人といちゃいちゃしやがってえ、というやつだ。
「あは、あはは……やっぱいいよ」
仕方ない、ここは遠慮しておこう。
「遠慮しないでよ。なんなら食べさせてあげよっか? ほら」
「う」
アルクェイドはラーメンを箸で取り、俺に差し出してきた。
これはいわゆるあれだ。
「はい、あーん」
……これである。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
「うわぁ……」
ああ、振り返るのが怖い。
背中が痛い。
「い、いいって。ほんとにっ」
「食べてくれないんだ……」
しゅんとしてしまうアルクェイド。
「……う」
せっかくの休日で、苦労してアルクェイドと過ごせるようになったというのに意気消沈させてしまっては意味が無い。
だがしかし。
ああ、しかし。
「ぐうう……」
俺は頭を抱えてしまうのであった。
続く