しゅんとしてしまうアルクェイド。
「……う」
せっかくの休日で、苦労してアルクェイドと過ごせるようになったというのに意気消沈させてしまっては意味が無い。
だがしかし。
ああ、しかし。
「ぐうう……」
俺は頭を抱えてしまうのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その17
「……」
ここで考えられる選択肢は2つだ。
食べるか、食べないか。
なるほど、それだけなら非常に簡単な選択だと言える。
外部的要因を考慮に入れなければの話だが。
例えて言うならば、ここでアルクェイドからラーメンを食べさせてもらうというのは周囲を牛に囲まれている状態で赤い布を引っ張り出すようなものだ。
普通ならそんな危険なことはしない。
だが、俺は重要なことに気がついた。
「よし、それじゃあ食べさせてもらおうかな」
俺は敢えてイチャイチャするほうを選んだのである。
「ほんと?」
アルクェイドはぱあっと嬉しそうな表情をした。
うん、この表情を見れただけでもこの選択肢を選んだ価値はある。
「ああ。ほら、ぼーっとしてないで食べさせてくれよ」
「わかった。はい、あーん」
「あーん」
ぱくり、もぐもぐ、ごっくん。
「なかなか美味い麺だな。汁もいけてるし」
「あ、そうなんだ」
「おう。今度は俺が食べさせてやろう」
「えー。恥ずかしいよ」
「何言ってるんだ。俺に食べさせたくせに」
そう言ってアルクェイドのラーメンに箸を入れ、すくってやる。
「ほい、あーん」
「あ、あーん」
アルクェイドは恥ずかしそうに口を開けて、麺を飲みこんだ。
「……あ。ほんとだ。おいし」
「だろ。さすがはプロの味。具もいってみるか?」
「うん。ちょうだい」
レンゲで適当に具をすくって食べさせてやる。
「コーンがいいわね。ほどよく甘くて」
「今度ラーメン作る時入れてやるよ」
「ほんと? やったあ」
にこにこと笑うアルクェイド。
「ははは……」
俺も笑い返してやる。
だが実際はかなりの冷や汗ものなのだ。
なんせ嫉妬のオーラは収まるどころかますます肥大化している。
「まあお互い食べさせあってると時間かかるからな。普通に食べよう」
「そうね。伸びたら美味しくないし」
そう言って、普通にラーメンを食べあうことにした。
だが俺の作戦はまだまだ続く。
「アルクェイド。この後どこに行きたい?」
そうアルクェイドに尋ねる。
「志貴の好きなところでいいよ?」
「そうじゃなくって。おまえ、前に映画みたいとかゲーセン行きたいとか色々言ってたじゃないか」
「あー。そういえばそうね」
「……そういえばって、どうでもいいのかよ」
「ううん。行きたい。凄く行きたい」
目を輝かせているアルクェイド。
「じゃあとりあえず映画かな。今は何やってるかわかんないけどいいだろ?」
「うん。なんでもいいよ。志貴と一緒なら」
「そいつは光栄だ」
冷静に振舞ってはいるもののアルクェイドの言葉が照れくさくて困ってしまう。
「……」
と、ここまで来ると周囲の嫉妬オーラは大分弱くなっていた。
つまりあれだ。
確かにイチャイチャしているカップルを見たら興味を持つけど、じっと長く見ている気にはならない。
彼女がいない男がそんなのをずっと見てたら空しくなる。
よってあんな奴らは無視するという結論に達するわけだ。
「よし」
だからイチャイチャするのはこのへんで止めておいたほうがいい。
無視しようと決意した相手の前でなおイチャイチャするのは、爆弾に火を近づけるようなものだからな。
「じゃあさっさと食べて映画館行くか」
そう言って食事に専念し、会話を無くしてしまうことにした。
「楽しみだなー」
アルクェイドのほうもこの後の映画のことを考えているおかげで、この後の会話はほとんど無かった。
「ありがとうございました……」
力無い店員さんの挨拶に見送られ、店を出る。
「美味しかったね。今度また来ようか?」
アルクェイドは上機嫌だった。
こいつはのんきでいいもんである。
「いや、他にも美味い店はあるからな。そっちにしとこう」
この店にもう一度来て同じ思いを味わうのはさすがに勘弁願いたい。
アルクェイドがいても違和感が無い店を今度は選んでおこう。
「そうだね。色々食べてみたいし」
「だろ」
全て順調、これでめでたしめでたしだ。
「じゃ、早速映画館に……」
行こう、と言いかけて「おいこら、ニーチャン」という太い声が後ろから聞こえた。
振り返ると、スキンヘッドでコワモテのあんちゃんが立っている。
「ずいぶんといちゃつきやがって、舐めてんのか? ああん?」
こういうあんちゃんの言い分というのは実に理不尽だと思う。
「え、いや、ええと、その……」
多分この男はさっきのラーメン屋にいた客の一人なんだろう。
俺たちがいちゃついてたのを見て腹が立ったというわけか。
「何よ貴方。タコの進化系?」
アルクェイドはそんな男に煽りを入れるような言葉を言ってしまう。
「こ、こらっ、アルクェイド」
「んだとテメエ!」
ぐわーっとアルクェイドに襲いかかる男。
周囲の通行人にざわめきが起こる。
が。
どたんっ!
「う、うう……」
当然地面にひれ伏したのは男のほうだった。
普通の人じゃアルクェイドに力で勝てるはずが無い。
「……まだやる?」
アルクェイドは殺気立った目で男を睨みつけている。
「くっ、この……」
ふらふらと立ちあがる男。
そして俺のほうへと突進してきた。
なるほど、アルクェイドには敵わなそうだからせめて俺だけは、といったところか。
「やれやれ……」
こんな俺だが、有彦とガチンコを何度も繰り返しているお陰でケンカには免疫があるのだ。
すいっと男を回避し、腹に一撃。
「ぐ、お……」
ラーメン屋から出てきた男だ。
食後にこのボディブローは効くだろう。
「こらっ! そこでなにをしているっ!」
と、誰かが呼んでくれたのか、警察官が駆けつけてきた。
「チイッ……」
男は舌打ちを鳴らして、人ごみへとかけていく。
「逃がさないわよ」
アルクェイドは構え、走り出す準備をした。
「止めとけよ。後は警察に任せよう」
「……でも」
「いいって。デートのほうが大事だろ?」
そう言うとアルクェイドは戦闘態勢を解いた。
要するにいつもののーてんきな顔へと戻るわけだ。
「でも逃げられちゃいそうだから……」
男は図体の割に足が速く、警察官は追いつけなさそうだった。
「えい」
くい、とアルクェイドが指を動かす。
途端に突風が吹いて、男の頭に飛んできた空き缶が直撃した。
それで、チェックメイト。
「やるなあアルクェイド」
「えへへ」
その後、軽く警察官に事情を説明して男は連行されていったのであった。
続く