「えい」

くい、とアルクェイドが指を動かす。

途端に突風が吹いて、男の頭に飛んできた空き缶が直撃した。

それで、チェックメイト。

「やるなあアルクェイド」
「えへへ」
 

その後、軽く警察官に事情を説明して男は連行されていったのであった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その18









「なんだか変な人だったねー」
「まあ世の中いろんな人がいるってことだよ」

話によるとあの男はしょっちゅうカップルやアベックにいちゃもんをつけて困らせていたらしい。

「そうだね。志貴みたいのは珍しい部類だと思うけど」
「それはさっきも言われた。これでも気にしてるんだから、言うなよ」
「あはは。ごめんごめん」

ちっとも悪びれてない様子のアルクェイド。

「映画〜えっいが〜」

意味不明の鼻歌を歌っていた。

よっぽど映画を見れるのが嬉しいらしい。

「ははは……」

かくいう俺も映画なんてみるのは久々だった。

しかも彼女一緒にだなんて、初体験である。

ラブロマンスでもやってればいいけど。
 
 
 
 

「……」

映画館の前でアルクェイドは沈黙していた。

「あ、あはは……」

それというのも映画のタイトルが原因である。

いや、もう最悪の部類だ。
 

『バンパイアハンター』
 

その名もずばり吸血鬼を狩るもの。

あからさまにB級スプラッタっぽく、その上主役の女性がシエル先輩に似ていた。

吸血鬼のほうはさすがにありがちなイメージで描かれてるけど。

「……どうする? 止めようか」

こんな映画見たらアルクェイドの機嫌が悪くなること請け合いである。

「見る」
「本気か?」
「絶対見る」

なのにアルクェィドは見ると言って聞かなかった。

「つまんないんじゃないのか?」
「いいのよ。参考になるから」

何の参考になるんだろう。

「とにかく見るったら見るの。行くわよ」

アルクェイドはずかずかと歩き出してしまった。

「こら、待て、入場券買わなきゃっ。おーいっ」

かなり幸先不安である。
 
 
 
 

「このわたしが教会の名の元に貴方を成敗しますっ!」
「フハハハハハ! 小娘、笑わせるなあ!」

スクリーンには主人公の女性と吸血鬼の大ボスの対決が映し出されている。

俺はごくりと生唾を飲んだ。

映画のクライマックスシーンだから緊張しているのではない。

この映画が始まった瞬間からずっとそうなのだ。

「……」

そう、隣にいるアルクェイドの無言の圧力で。

アルクェイドは映画が始まってからずっと黙りっぱなしだった。

ああ、だから止めようかって言ったのに。
 

「ぎゃあああああああああっ!」
 

吸血鬼のボスは壮絶な悲鳴を上げて倒されてしまった。

「勝った……」

一人たたずむ主人公。

「シェール! 無事かっ!」
「リッキー! やられたんじゃなかったの?」

話中、吸血鬼に倒されたと思われていた主人公の彼登場。

「ああ、君に貰ったコレが役にたったよ」

そう言って彼は十字架を取り出す。

それは主人公に貰ったものだ。

よくわからないけどその十字架のパワーで助かったらしい。

「リッキー!」
「シェール!」

ガシッと抱き合う二人。

後は語るまでも無い。

そして二人は結婚し、幸せに暮らしましたとさ、と。

めでたしめでたし。
 

そうしてスタッフロールが流れ、映画館は明るくなった。

「……」

アルクェイドは閉じた幕をじっと見ている。

さて、どうしたもんだろうか。

そんなに悪くない映画ではあったけど、アルクェイドはどう感じたんだろう。

やっぱり面白くないんだろうか。

「ねえ、志貴」
「ん」

するとアルクェイドが幕から目を離さずに話しかけてきた。

「なんだ?」
「映画、これで終わりなの?」
「……ああ、終わりだぞ。このまま待っていれば同じやつがまたやるけど」
「そうなんだ」

アルクェイドは腕組みをして何やら考えているようだった。

「じゃあ、もう一回見ていい?」
「え?」
「だから、もう一回」
「な、なんで?」
「なんでって……面白かったからだけど」
「お、面白かった?」

それは予想外の言葉だ。

「志貴はつまらなかったの?」
「い、いや……面白かったけど」

何度も言うが、アルクェイドは真祖。

つまり吸血鬼なのである。

それが吸血鬼の倒される映画を見て面白いだなんて。

「意外?」
「あ、ああ」
「そりゃ、わたしが教会の連中に倒されるような映画なら嫌よ」

むくれっつらをするアルクェイド。

「でもあれは真祖じゃ無いわ。死徒のイメージで作られてるもん」
「あー」

前にアルクェイドに難しい説明をされたが、要するに生まれついての吸血鬼が真祖で、真祖に血を吸われたのが死徒らしい。

そして死徒に噛まれた人間は手下にされてしまうわけだ。

「人間の知っている死徒はそんなに大したレベルじゃないからしょうがないわよ」
「なるほどな」
「……まあ、主役の女がシエルに似てるのは気に入らないけど。話自体は結構面白いじゃない?」
「うーん」

人間が人間の襲われるホラー映画を見ても面白いと感じるわけだし、別にいいのだろうか。

「見たいなら構わない。このまま待ってるか」
「ほんと? やったあ」

わーいと喜んでいるアルクェイド。

「この椅子もふかふかしてていいわね。気に入っちゃった」
「ははは……」
「次が始まるまで時間あるんでしょ? 探検しよっか」
「ったく、しょうがないやつだな」

どうもコイツの場合、映画そのものより「映画館」を楽しんでいるような気がしてたまらなかった。
 
 
 
 
 

「ねえねえ、あれは何?」
「あれは売店だ。定番のパンフレットとかポップコーンを売ってる」

そしてそのポップコーンやらパンフレットがやたらと高いのも定番である。

「これ、珍しい自動販売機ね」
「街中にはあんまり見ないかな」

ジュースは当然150円でコップに注ぐ型。

「これ、お菓子も入ってるみたいだけど?」
「そういうやつなんだよ」

お菓子の自動販売機もこういうところでないとあんまり見ない。

「ねえねえ。何か買ってよ」
「ガキか、おまえは」
「大人だって買ってもいいでしょ? ねーねー」

そう言いながら裾を引っ張ってくるアルクェイド。

その仕草が丸っきり子供である。

「……しょうがないなあ、まったく」

そしてそういうねだり方をされるのが一番弱かったりする。

「ポップコーンでいいな?」
「うん。なんでもいいよ」

渋々ながら財布を開き、少ない小銭を手に取る。
 

『ポップコーンひとつ』
 

声が重なった。

売店に頼むタイミングが全く同じだったんだろう。

「あ、どうぞ先に」

声が女性だったので、その人に先に買ってもらうことにした。
 

「……あれ? 遠野君?」
「げ」
 

何の因果なんだか。

いや、この映画をこの人が見に来るのは当たり前のことなのかもしれないけど。
 

「げってなんですか、げって。失礼ですよ?」
 

本職がバンパイアハンターっぽいシエル先輩がそこにいたのであった。
 

続く



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