声が重なった。
売店に頼むタイミングが全く同じだったんだろう。
「あ、どうぞ先に」
声が女性だったので、その人に先に買ってもらうことにした。
「……あれ? 遠野君?」
「げ」
何の因果なんだか。
いや、この映画をこの人が見に来るのは当たり前のことなのかもしれないけど。
「げってなんですか、げって。失礼ですよ?」
本職がバンパイアハンターっぽいシエル先輩がそこにいたのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その19
「い、いや、その、びっくりして、つい」
俺はそう言って額の汗を拭った。
どうしよう。
アルクェイドはすぐそこにいるのだ。
あっという間に気付かれてしまうだろう。
「せ、先輩、どうしてここに?」
「それは当然映画を見るためですよ。素晴らしい映画ですからね」
にこにこ笑っているシエル先輩。
スプラッタ映画ではあるけれど、先輩にとっては楽しい意外の何物でもない映画なんだろう。
なんといっても教会の人間が大活躍する映画なのである。
「遠野君こそなんでここにいるんですか? 乾君はどうしたんです?」
「あ、ええと、その……」
正直に話すべきだろうか。
話さないでばれてしまったらそれこそ惨劇になってしまいそうだ。
「それとも、相手はアルクェイドですか?」
笑顔のままで先輩はそんなことを言った。
「えっ? どどど、どうしてそれを?」
「ふふふ、図星でしたか」
「はっ!」
しまった。はめられた。
「遠野君」
「え、ええと、その、すいませんっ!」
俺は思いっきり頭を下げた。
「ああ。謝ることは無いですよ。乾君と過ごすという嘘をついたことは、あの状況では仕方なかったでしょうし」
先輩はひらひらと手を横に振った。
「え? ……あれ嘘だって気付いてたんですか?」
「ええ。遠野君はあの時いかにも必死でしたし。琥珀さんがアルクェイドに紙を渡してから、急に大人しくなったのも怪しさ抜群でしたよ」
そこを見られていたんじゃさすがに言い逃れ不能である。
「……じゃあシエル先輩は俺がアルクェイドを選んだってわかってたんだ」
「はい。きっと遠野君は最初からアルクェイドと約束があったんでしょう? ですが、予想外にわたしと秋葉さんが遠野君と過ごしたいと言ってきてしまった。アルクェイドと過ごすと言えば、きっとわたしと秋葉さんは怒るだろう。そう思って乾君と過ごすと嘘をついたんでしょう」
「えっとその、そうなんです」
どうやら先輩には完全に見抜かれていたようであった。
さすがにアルクェイドと俺が同棲しているということは予想できなかったようだけど。
なら先輩は俺の言葉が嘘だと知っていながらそれに付き合っていたことになる。
「じゃ、じゃあ電話で確認させたのは?」
電話で有彦との約束を確認させたのはシエル先輩だ。
まあその場はイチゴさんが嘘をついてくれたから、なんとかなった。
でもそれをさせるということはやっぱり疑っていたからなんだろうか。
「乾君なら遠野君の嘘に付き合ってくれるでしょうからね。秋葉さんを納得させるためです」
「……なるほど」
「お姉さんが出てしまったのは予想外でしたが、お姉さんも嘘に付き合ってくれたみたいでしたし。遠野君の人望が羨ましいです」
なんでかわからないけど「お姉さん」のところを先輩はいやに強調していた。
「最後に、確実な証拠として琥珀さんが渡したらしい紙が廊下に落ちていました」
そう言って紙を差し出してくれる。
確かに琥珀さんの字で俺がアルクェイドを選ぶことや公園で待ち合わせることなどが書かれていた。
「せ、先輩は……怒ってないんですか?」
恐る恐る尋ねてみた。
「ええ。怒る理由なんてないですから」
「あ、あれ?」
やたらと淡白な反応をするシエル先輩。
「今日はアルクェイドと過ごすとしても、わたしはもう遠野君と約束をしました。次の休みはわたしと過ごすことが決定しているんです。怒る必要無いでしょう?」
そんなことを言っている先輩は笑顔なのに、俺の背筋には寒気が走っていた。
笑顔なのに先輩はとても怖い。
やっぱり先輩は怒っていると思う。
「ほら、どこかでアルクェイドが待っているんでしょう? 私に会わないうちにポップコーンを持っていってあげたほうがいいんじゃないですか?」
「あ、え、う、はい。あの、ほんとにすいません」
「いえいえいえいえ。次は絶対わたしの約束を守ってくださいね」
「あ、はい。もちろんです」
「……もし、守らなかったらその時は」
そう言うと先輩はくるりと背中を向けた。
「そ、その時は?」
「満月の夜に、また会いましょう」
なんて言いながら先輩は放映場の中へと消えて言ってしまった。
「は、ははは、は……」
アルクェイドには悪いけど、次の休みは先輩との約束を守らざるを得ないようであった。
「ずいぶんと遅かったわね」
「い、いや、まあ色々とあって……」
アルクェイドは俺と先輩が話している間他の色々なところを見ていたらしい。
「非常階段って面白そうね。降りようとしたら怒られちゃったけど」
「当たり前だ、ばか」
アルクェイドにポップコーンを渡す。
「志貴、なんか嫌なことでもあったの?」
「いや、なんていうか無言のオーラに押しつぶされそうな体験をした」
今日はなんだかそんなのばっかりである。
アルクェイドが映画を見てる最中無言だったのは映画に夢中だったからみたいだけど。
「それは志貴が悪いんじゃないの?」
「そ、そうなのかなあ……」
頭を抱えてしまう。
「うーん、ポップコーン美味しい」
ああ、こいつみたいに何一つ悩みがないようなやつが羨ましい。
「これ食べると喉乾くのよね。志貴、ジュースも買ってよ」
「自分で買え」
「ちぇー。志貴のケチ」
アルクェイドはぶつぶつ言いながら自動販売機へと歩いていった。
「はぁ……」
俺もジュースでも買っていこうかなぁ。
「まもなくバンパイアハンターが始まります。席をお立ちのお客様は空いている席におつきください」
おっといけない。
もう映画の時間である。
「アルクェイドー。そろそろ時間だぞ」
「あ、うんー」
急いで中へと入る。
中へ入るとほとんど満席だった。
「一杯だね」
「ああ」
さっきは案外空席があったのに、今回は実に満員御礼といった感じだった。
「どこか席は無いかな……」
適当に回って席を探す。
「前のほう、空いてない?」
「ん?」
前のほう。
見ると、確かにスクリーンのまん前の席がほとんど空いていた。
なんでだろう。
「あそこ行きましょ」
「おう」
揃ってそっちへと歩いていく。
「……」
するとアルクェイドが途中で足を止めた。
「どうした?」
「……結界が張ってあるわ」
「け、結界?」
「ええ。だから普通の人は前の席があることすら気付かなかったでしょうね」
アルクェイドが手を振る。
するとパキンと金属がへこむような音がした。
「こんなセコい結界張る奴は一人しかいないわね」
そうしてずかずか歩いていくアルクェイド。
「あ、おい。アルクェイド……」
慌てて後を追う。
「あら、遠野君くんじゃないですか。奇遇ですね」
「何が奇遇よ。志貴だけには無効の人払いの結界なんか張ってたくせに」
そこには先輩が座っていた。
アルクェイドの言葉からすると先輩は俺のために席を確保してくれていたらしい。
「何のことだかさっぱりわかりませんね。わたしはたまたまここにいて、たまたま遠野君がここに来たんですよ。さあ、遠野君。こちらへどうぞ」
笑顔で手招きをするシエル先輩。
「志貴。他のところへ行きましょ」
アルクェイドは俺の袖を掴んで引っ張った。
「え、でも……」
「他の席は空いていないと思いますよ。立ち見でもしますか? 2時間の映画を立ちっぱなしは辛いですよ?」
「……あなた。何を考えているの?」
「何も。ただ楽しく映画を見たいだけです。ほら、急がないと席が無くなっちゃいますよ」
アルクェイドが結界とやらを破壊したので人が集まりだし、空いている席へと座り始めていた。
「アルクェイド。別にここでも構わないだろ。座るぞ」
仕方ないので先輩の隣に座る。
「……むぅ」
アルクェイドは俺の隣へと座った。
「この映画はアルクェイドのような愚かな吸血鬼を清廉な教会の信徒が退治するという素晴らしい映画なんですよね」
「あ、うん」
それはさっき見たから大体知っている。
「誰が愚かな吸血鬼よ。わたしは真祖。それくらいわからないの? バカシエル」
「真祖だって吸血鬼の一種でしょう? あなたこそなにをほざいてるんですか」
「……なるほど。この映画に難癖をつけてわたしの評価を下げようって言うのね?」
「わたしは真実を述べるだけですよ。ねえ」
俺に同意を求めてくる先輩。
「あ、ええと」
「頷かないでよ志貴」
途端にアルクェイドが過剰な反応をする。
「どう感じるかは遠野君の自由でしょう? そんなに束縛したがる女は嫌われますよ」
「……このでかしり女」
「聞こえませんね」
ああ、なんてことだ。
俺を挟んで二人はバチバチと火花を散らしているのであった。
続く