せっかくだから俺の得意なゲームをやらせてもらおう。
「あのレースゲームはどうです?」
俺は大きいゲームセンターには必ずと言っていいほどあるカーレースゲームを指差した。
「わかりました。さっそくやりましょう」
先輩は頷き、俺たちはそのゲームの場所へと向かうのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その22
シエル・ザ・プレイヤー・B
「お金を入れて……と」
俺と先輩はレースゲームの座席にそれぞれ腰掛ける。
このレースゲーム「F−MEGA」は1対1でコースを走り、先に1周回りきったほうが勝者だ。
操作は実際の車と同じくアクセルとブレーキ、ハンドルを使う。
「では遠野君からマシンを選んでください」
俺が1P側、先輩が2P側に座っているので俺からマシンを選ぶことになる。
「俺はA車を選ぶよ」
A車はスタンダートなマシンで、最高速度425キロに達するまでフルスロットルで17秒かかる。
「ではわたしも同じく」
先輩もまったく同じA車を選択した。
つまりマシンの性能差で負けたという言い訳は通用しなくなる。
「次はコースですね。遠野君のお好きなものをどうぞ」
「じゃあコースbPで」
コースbPはスタート後2000メートルの直線があり、そして6つのカーブ、それから加速トンネルがある。加速トンネルに入ることが出来れば最大850キロまで加速が可能になる。
「トンネルに入ると有利になるのね」
「ああ」
機械のほうも丁寧にコース解説をしてくれるので、アルクェイドにもそのへんは理解できたようだった。
「それでは……用意はいいですか?」
俺がコースを決定し、先輩がボタンを押すことでゲームが開始される。
「紳士ぶってないでさっさとやりなさいよ」
俺の後ろにいるアルクェイドが野次を入れた。
「呼ぶなら淑女と呼んでください。では……」
先輩がボタンを押し、それぞれのマシンがコースに配置される。
スタート5秒前。
「手加減はしませんからね、先輩」
「望むところですよ」
そう言う先輩のほうからタンタンタンと音が聞こえる。
「……?」
見ると、先輩はリズム良くアクセルを踏んでいた。
「そ、そのやり方は!」
その凄い早さで小刻みにアクセルを踏むやり方は、全パワーをかけてダッシュをしてスタートするやり方だ。
「3秒前ですよ、遠野君」
「はっ!」
しまった。
もう俺にはそのやり方でダッシュする時間は無い。
このままではシエル先輩に先に出られてしまう。
「1秒前よ、志貴っ」
「わかってるよっ」
ハンドルを握り、アクセルを踏みつける。
スタート!
勢いよくそれぞれのマシンが動き出す。
「あーっ! シエルの車が前にっ!」
スタートダッシュした先輩のマシンが俺のマシンの前に出て、ブロックする形をとった。
「ここさえ決めればわたしの勝利ですね。何故なら同じ能力の車が同じスピードで走ったらこの状況では追い越すことは不可能です」
先輩はしゃべりながらも正確無比なコントロールをしている。
「……」
俺は先輩の言葉を聞きながらある操作をずっと行っていた。
「なっ?」
僅かに画面から目をそらし、俺のほうを見る先輩。
「志貴がハンドルをぐるぐる回して……あっ!」
ハンドルを回転させすぎたので、俺のマシンはスピンしだす。
バキイッ!
そうして俺と先輩のマシンは激突し、お互いに吹っ飛んだ。
「こ、このテクニック……遠野君っ! このゲームやり込んでますねっ!」
「答える必要は無いよ、先輩」
俺はそう言いながらスピンした車を復旧させる操作を始めた。
「1歩間違えば自分がコースアウトの危険があるのに……それを恐れず敢えてスピンさせてわたしのブロックを崩すなんて……」
「凄いね志貴っ。普通そんなの出来ないよっ?」
嬉しそうな声を上げるアルクェイド。
「……くうっ」
先輩も話しながら復旧への操作を続けていた。
ギュンッ!
そしてマシンが動き出す。
「今度は同じパワーでスタートしたみたいね。並んでるわ」
アルクェイドの言う通り俺とシエル先輩のマシンは並んで走っていた。
「いえ……遠野君の車のほうがアウト側になっています。このままコーナーに突っ込めば外側の不利ですよ」
先輩の言う通り、普通の操作をしたら俺のほうが不利である。
だが。
「時速355……358……360……第1コーナーまであと3秒。このスピードでのコーナリングは可能! フルスロットルでコーナーに突入する!」
俺は細かいハンドルの操作でフルスピードのままコーナーを曲がりきった。
「ま、また同時! まったく同じスピードで並んでるわ」
「……さすがですね遠野君。恐怖を乗り越えたそのゲーム操作。久々にやりがいのあるレースですっ」
「ふっ」
この俺が恐怖を乗り越えているか。
それはもう、アルクェイドやシエル先輩のおかげでもある。
生き死にをかけるような戦いの場に何度も立ち合ったからな。
そこに秋葉も混ざった修羅場も何度もくぐり抜けている。
ちょっとやそっとのことじゃ動揺なんかしたりしない。
だから。
「このゲームで遠野志貴に精神的動揺による操作ミスは決してないと思ってもらうよ!」
第2、第3コーナーと続けて同時にコーナーを曲がっていく。
「やりますね……」
第4、第5コーナーも依然同時。
「あ。第6コーナーまで来たわよ」
第6コーナーを抜けるとすぐに加速トンネルが見える。
加速トンネルを抜ければ速度を2倍の850キロまで加速できる権利が得られるのだ。
勝つためには必ずトンネルに入らなくてはならない。
「トンネルが見えたけど……あれってまさか」
アルクェイドの声に戸惑いが感じられる。
その理由は、目の前に見えるトンネルにあった。
「一台しか通れないんじゃないの……?」
そう、トンネルの幅は一台限りなのだ。
このまま並んで走っていてはどちらかのマシンがはみ出る。
「ふふふ。通しませんよ」
「俺だってそのつもりだよ」
俺と先輩のマシンは壮絶なぶつかり合いを見せている。
「頑張れ志貴っ」
アルクェイドがそう言いながらがたがたと俺の座るシートを揺らしてきた。
頑張れと言うなら頼むから大人しくしていて欲しい。
「……気付いていないようですね遠野君。わたしの車に押し勝つつもりですか? ですが、あなたの車のパワー残量を見てください」
するとシエル先輩が余裕と言った感じの口調でそんなことを言った。
「え……? あっ! 志貴の車のほうが少ないっ!」
そう。先輩の言う通り俺のマシンのほうがエネルギーの残量が少なかった。
「スタートの時にスピンしてわたしの車をはじきとばしたからですっ! つまりぶつかりあいで勝つのは……」
ドガッ!
「あーっ!」
パワーの少ない俺のマシンは、先輩のマシンに弾き飛ばされてしまった。
「し、志貴っ。どうするの? このままじゃトンネルのフチにぶつかっちゃうよ?」
「遠野君。ここは引く事をオススメしますよ。……トンネルまであと2秒」
「志貴っ! ここはむかつくけどシエルに譲って、そのあとで入ろうよっ」
またアルクェイドががたがたとシートを揺らしてくる。
「それはできない。トンネルに先に入られたらもう俺には勝つ見こみがなくなる」
「でもっ……」
「まあ見てろ」
俺は再びハンドルとアクセルを駆使して特殊な操作をした。
そうするとどうなるか。
「ああっ! く、車が傾いてっ!」
俺の車はナナメに傾いて、そのままトンネルの壁へと滑りこんでいった。
「ま、まさかトンネルの壁に突っ込ませるなんて……」
先輩もこれには少し驚いていた。
「依然同時か。気の抜けないレースだな」
俺たちのマシンは依然激しいデットヒートを続けるのであった。
続く