またアルクェイドががたがたとシートを揺らしてくる。
「それはできない。トンネルに先に入られたらもう俺には勝つ見こみがなくなる」
「でもっ……」
「まあ見てろ」
俺は再びハンドルとアクセルを駆使して特殊な操作をした。
そうするとどうなるか。
「ああっ! く、車が傾いてっ!」
俺の車はナナメに傾いて、そのままトンネルの壁へと滑りこんでいった。
「ま、まさかトンネルの壁に突っ込ませるなんて……」
先輩もこれには少し驚いていた。
「依然同時か。気の抜けないレースだな」
俺たちのマシンは依然激しいデットヒートを続けるのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その23
シエル・ザ・プレイヤー・C
「やったじゃない志貴っ。一台ずつしか通れないトンネルに無理やり押し込むなんてっ」
「ああ。なんとかなったみたいだ」
トンネルの中で俺と先輩のマシンは共に425キロ、マックススピードで走行を続けている。
「このゲーム、志貴のほうが精神的に勝ってるわ。このまま押し勝っちゃえっ」
またガタガタとシートを揺らすアルクェイド。
「静かにしてくださいっ。気が散ります!」
先輩が少し強い声でアルクを怒る。
「えへへー」
アルクェイドはやたらと楽しそうだった。
ガンッ!
「む?」
「え?」
すると、先輩のマシンは、俺のマシンに向かって体当たりを仕掛けてきた。
「何やってるのよシエル。無駄な抵抗よ」
「黙っててください。ここはパワー残量が少なくなってでも遠野君に打ち勝たなきゃ駄目なんです。1000分の1ミリでも最短コースを通って一瞬でも早くトンネルを出なきゃならないんですっ」
「くっ……」
先輩の言っていることは正しい。
何故ならこの加速トンネルを出た瞬間に速度は2倍の850キロまで加速できる。
先にトンネルを出たほうが早く加速できるから、車間距離もその瞬間に広がるのだ。
「……この勝負はトンネルの出口で確実に決まるな」
なんとしてでもこのトンネル内の勝負に打ち勝たなければならない。
ガキィ!
「う、くっ……」
しかしこの狭いトンネル内で先輩のアタックを回避するのはかなり無理な注文だ。
さらにこの後このトンネルには仕掛けがある。
「し、志貴。なんだか画面が暗くなってきたけど……」
アルクェイドの言う通り、俺たちのマシンはだんだんと薄暗い道を走っていた。
「ここから先は闇のトンネルを突き進まなきゃいけないんだ。しかも八ヶ所のカーブと地雷原が1箇所に、キャノン砲が最後にあってそこを抜けるとすぐ出口に繋がってる」
「えっ? だ、だって見えないのにどうやって進むのよ?」
「ああ。ミスると壁に激突する。だけど体でコーナーを曲がるタイミングを覚えてるからな。……それは多分先輩もだろうけど」
大きくハンドルを動かし、マシンを横に移動させる。
「コーナーを曲がった音……」
闇の中をエンジン音とカーブ音だけが響く。
「ど、どうなってるのよ? ねえ。どこを走ってるの? どっちが早いの? ねえっ?」
「そんなの俺にもわからないよ」
だからこそ、ここは確実な操作で先へと進むべきだ。
俺は体に刻まれた記憶を駆使してマシンを動かしていく。
「あっ……キャノン砲よっ!」
俺たちのマシンの背後にキャノン砲が現れる映像が写る。
「わかってるっ」
俺はキャノン砲が当たらない位置へとマシンを移動させた。
キュイーンッ!
キャノン砲が画面を横切っていく。
瞬間、その光で俺たちのマシンが映し出された。
「し、志貴の車が後ろだった……一瞬遅く走ってたわ」
「……」
アルクェイドの言う通り、俺のマシンは先輩のマシンの少し後ろを走っていたようだった。
「体当たりが功を奏したようですね。パワーは少なくなりましたがやった甲斐はありました」
先輩のマシンが暗闇になるまでやっていた体当たり攻撃がここにきて響いたようである。
「……出口が見えた。トンネルを出るぞ」
そうしてついに、外への光が見えてきた。
ギュンッ!
勢いよくトンネルから飛び出す2つのマシン。
「あーっ! やっぱりシエルの車のほうが速い! これじゃあ着地した瞬間に一気に離されて……」
アルクェイドの言葉はそこで止まる。
そう。このまま着地したら俺は敗北してしまうだろう。
「速度が2倍になります。わたしの勝ちですね」
先輩の自信に満ちた声が聞こえる。
「いや……パワー残量は先輩のマシンのほうが少ないよ」
ということは。
俺はハンドルを何度も回転させ、例のスピンを発動させた。
バキイッ!
「あっ! シエルの車が……」
先輩のマシンはスピンした俺のマシンにぶつかり、コースの外へと吹っ飛んでいった。
しかもその速度は加速した850キロである。
「このままコースアウトだね先輩。俺の勝ちだ」
そして俺のマシンはコースに着地。
「なるほど。パワーの少ないシエルのマシンのほうが吹っ飛んだのね。志貴、ひょっとしてわざとマシンを遅らせたの?」
「なんとなく思いついただけだよ。先輩に気付かれなくてほっとした」
正直、かなりのバクチだったと思う。
「そうですかね……。気付いていないのは遠野君のほうではないですか? パワーを減らしたのは計算なんです。わざと減らしたんですよ」
「えっ?」
「遠野君に、わたしのマシンをコースの外に押し出してもらうためです」
何を言っているんだろうか、シエル先輩は。
「これからですよ。勝負のつくのは。見てください。わたしのマシンの飛んだ方向を」
「あ、ああっー!」
「なっ……」
先輩のマシンの飛んだ方向にはコースがある。
今俺のマシンがいる先の場所のコースだ。
ガシイッ!
先輩のマシンはそこへと着地した。
「な、なんてこった……コースを飛び越えるなんて」
「そう。普通はできません。たとえ850キロの加速をつけてもコースアウトすれば地面に激突します」
そう、普通はそんな事不可能である。
「しかし遠野君。あなたのマシンに弾き飛ばされれば出来ます。わざとパワーを減らして遠野君にぶつけさせたのは、わたしの作戦でした」
「そんなバカな……」
そんなことが可能だなんて。
「さて。ゲームを続けますか? 遠野君」
「は、敗北を認めちゃ駄目よ志貴っ!」
「わかってるよ。くそっ……」
そのままレースを続けてはみたが、結局コースをひとつ飛び越えた先輩のマシンの勝利であった。
「……やられちゃったな。完全に」
このゲームには自信があったので、正直かなりショックである。
「そんな魂が抜けたような顔しないで下さいよ。たまたまわたしの運が良かったんです。ね?」
「先輩……」
完全な形で勝ったというのにこの潔さ。
どこかの誰かさんにも見習ってもらいたいものである。
「さて、次はいよいよアルクェィドですが。なにで対戦しますか? わたしはなんでも受けて立ちますよ」
「むー。勝ったからって調子に乗っちゃって。ギャフンと言わせてやるんだからね」
俺が負けてしまったのでアルクェイドはたいそうご立腹だった。
「なんでもいいけど、おまえ、勝つ自信はあるんだろうな」
「もちろんよ。わたしがシエルなんかに負けるわけないでしょ?」
「……まあ、それならいいけど」
アルクェイドはきょろきょろと周りを見渡し、ゲームを探している。
「あ。あれがいいな。あれやりましょ?」
アルクェイドが指差した先には、いわゆる対戦格闘ゲームがあった。
流行りのゲームの続編で、最近新作が出たばかりのものである。
いつもは人でごった返しているのだが、今日は珍しくその席が空いていた。
「なるほどいいでしょう。あのゲームはわたしも得意とするゲーム。いい勝負が出来そうですね」
不敵な笑みを浮かべ、シエル先輩は歩いていく。
あのゲームにも先輩は相当自信があるようだ。
「ほんとに大丈夫なんだろうな?」
念のためにもう一度尋ねる。
「平気だって。今までだってシエルとやって、全部わたしが勝ってるんだから」
「そ、そうなのか?」
意外だ。こいつにそんな実力があったなんて。
「平気だって。けちょんけちょんよ」
「……ならいいけど」
それでもどうにも不安に感じてしまうのがアルクェイドなのであった。
続く