念のためにもう一度尋ねる。
「平気だって。今までだってシエルとやって、全部わたしが勝ってるんだから」
「そ、そうなのか?」
意外だ。こいつにそんな実力があったなんて。
「平気だって。けちょんけちょんよ」
「……ならいいけど」
それでもどうにも不安に感じてしまうのがアルクェイドなのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その24
シエル・ザ・プレイヤー・D
「シエル。わたしが勝ったらすぐに帰ってよ。わかってるわね?」
すでに席に座っている先輩をアルクェイドが睨みつける。
「ええ。負けたらすぐに帰りますよ。負けたらですけどね」
今まで全部アルクェイドが勝っているというはずなのに、先輩は自信たっぷりだった。
「わたしはどこに座ればいいの?」
「ん。ああ、そっちだよ」
格闘ゲームの対戦台は大抵向かい合う形で設置されている。
このゲームもその例に漏れず、向かい合う形であった。
「よっ、はっ」
隣の台では子供がやたらとすごい連続技を出していたりする。
「隣、ちょっと座るよ」
「あ、うん」
その子供の友達が座っていたのでどいてもらい、アルクェイドをそこへ座らせた。
「こっちが1P側だな」
「ふうん」
アルクェイドはかちゃかちゃとボタンとレバーをいじり出す。
ゲームを始める前にボタンなどの具合を確かめるなんて、やっぱりかなりのゲーマーなんだろうか。
「では、始めましょう」
二人同時にコインを入れ、キャラクターセレクト画面に移る。
この対戦格闘ゲームはごく基本的な作りで、先に二本先取したほうが勝利である。
色々と他にも奥深いシステムがあるんだけど、俺にはまだそのへんは使いこなせていない。
ちなみに琥珀さんはこのゲームの前作が悪魔のように強かったりする。
「どうぞ。キャラクターを選んでください」
「んー。じゃあ、これ」
アルクェイドはレバーを操作し、パワータイプのキャラを選んだ。
「なるほど。攻撃力重視のキャラですか。体力の4割を持っていく強力な攻撃が揃っていますね」
そのぶんスピードも遅く、攻撃を当てるには結構苦労するキャラである。
「それならわたしはこのキャラを選ばせてもらいます」
一方シエル先輩が選んだのはスピード重視のキャラ。
一発一発の威力は軽いが、抜け出しにくい連続攻撃やかく乱戦法が得意なキャラである。
「シエルが好きそうなやつね」
こちらは素早いぶん、防御力が足りない。
つまり二人の選んだキャラは完全に対称的なキャラクターである。
「それでは早速ゲームを始めましょう……」
試合開始前のデモが入り、戦闘画面へと移る。
ラウンド1、ファイト!
二人のキャラはそれぞれ開始位置から後ろへと飛んだ。
まずは互いに様子見ということか。
「……」
シエル先輩のキャラは左右への動きをずっと続けている。
一方アルクェイドのほうはボタンに触れようともしない。
「おい、アルクェィド」
「あ、うん。始まってるのね」
そう言って、何やらぎこちない動きでボタンを押し出した。
しゅっしゅっしゅっ。
あたりもしない位置でパンチを連打するアルクェイド。
「……?」
牽制のつもりなんだろうか。
「ええと、ここを押すと……」
アルクェイドはわざわざご丁寧にひとつひとつのボタンを中指で押し、キャラが技を出すたびに「おー」なんて言っている。
「おい、アルクェイド。何を技の確認なんかしてるんだ?」
シエル先輩には負けたことがなく、なおかつけちょんけちょんよと言っていたはずなのに。
「……ああ、なるほど。こうやって技を出して相手に当てればいいのね?」
まるで初心者のようなセリフ。
「おまえ……まさか、その、ひょっとしてこの格闘ゲーム……いや、ゲーム自体操作したことがあるのか?」
恐る恐る尋ねてみる。
「大丈夫だって。実際の戦闘ではわたしシエルなんかに負けないよ?」
をい。
「ま、まさかっ……」
アルクェイドの言っているシエル先輩に負けたことがないというのは、現実のケンカや戦闘の話であって。
「だから平気よ。ゲーム操作はやりながら覚えるわ」
これはもう、間違いない。
「おまえっ! このゲーム初めてやるんだなっ?」
俺は思わず叫んでしまった。
「初めて……?」
「はっ!」
しまった。今の叫びをシエル先輩に聞かれてしまった。
「……試してみましょうか」
今までうろうろしていただけの先輩のキャラが、一気にアルクェイドのキャラへと突進していく。
ばきばきどかどかどか。
華麗な連続技を決めていくシエル先輩。
「あ、アルクェイドっ! ガードくらいしろっ!」
「え? ガード? どうやるの?」
「後ろに押すんだよっ!」
「……出来ないじゃないの」
「あたりまえだっ! 攻撃を食らってる途中だろ!」
先輩のキャラは10ヒットを超えてなお技を当ててきている。
どかあっ!
最後に必殺技を当てて、23ヒット。
「あ、倒れちゃった」
「まだ終わってないぞ。起きあがったらガードしろっ」
しゅっ。
「後ろに押して……」
こんっ。
「……はぁ」
起きあがりに重ねられた飛び道具を、なんとかアルクェイドはガードした。
「おまえ、ほんとにド素人だな? ゲームそのものをやったことがないな?」
「大丈夫だって。すぐ覚えるわよ」
なおも自信満々のアルクェイド。
「ふざけるなよアルクェイドっ。何きどってるんだ! もう今の攻撃でかなりダメージを受けたっ! 次に食らったらやばいんだぞっ!」
「何よ。ちょっと食らっただけでしょ? まだ始まったばっかりなんだから、頑張れアルクェイド、くらい言ってよね」
「……」
何を考えているんだろう、こいつは。
「いくら実戦で素早い動きや攻撃が出来るったって……ゲームに無知なやつが勝てると思ってるのか?」
「うん」
「……」
頭が痛い。
「アルクェイド。仮に素人を装ってわたしを油断させる作戦だとしたら無駄だと言っておきます。わたしはあなたに対しては容赦しませんから」
アルクェイドはなんとかガードしようとしているのだが、先輩の上中下とゆさぶる連携に、ただやられるばかりであった。
「2ラウンド終わればあなたの負けですからね。お忘れなく」
「わかってるわよっ」
アルクェイドはやけ気味にボタンを押し、キャラが滅茶苦茶な動きをする。
「そんな攻撃当たりませんっ!」
先輩のキャラはそれらの攻撃を全てガードしていた。
アルクェイドはもう体力が点滅していてピンチ状態、一方先輩のほうはノーダメージである。
「そらそらそらそらっ」
ばきばきどかどか。
どんどん減っていくアルクェイドの体力。
「……駄目だ」
実力の差がはっきりしすぎていた。
これじゃあプロの格闘家にケンカもしたこともないおぼっちゃんか何かが挑戦するようなもんだ。
いくらなんでもこれはみじめすぎる。
ばきいっ!
先輩の一撃が入り、画面にKOの文字が映し出される。
「あ。負けちゃった」
「……」
結局シエル先輩にパーフェクトで1ラウンドを取られてしまった。
「どうやら本当に素人のようですね……弱すぎます。ですが油断はしませんよ。もしやということもありますから」
そうしてラウンド2の字が表示された。
「では続けていきます」
「……」
だがこのままでは勝ち目はないだろう。
俺は絶望的な気持ちでアルクェイドを見た。
「いいわよ。もうこのゲームのやり方はだいたい覚えたから」
「え?」
何だ?
今なんて言ったんだこいつ。
「何を言っているんですか? ほら、始まりますよ」
ラウンド開始の瞬間、シエル先輩は突撃をしかける。
またあの連携をやるつもりだ。
「えいっ」
ばきいっ!
するとアルクェイドのキャラは拳を突き出し、見事に先輩の突進を止めた。
「なっ……?」
ラウンド1から通してアルクェイドの攻撃が当たったのはこれが最初である。
「まだ終わらないわよ」
そしてそのままアルクェイドのキャラは連続攻撃を仕掛けていく。
パワータイプなのでヒット数は少ないが、一撃一撃の威力がかなりでかい。
「う、嘘だろ? おい……」
アルクェイドのやっている連続技は、俺なんかよりもよっぽど高度で、しかも威力のあるものであった。
「ば、ばかなっ! アルクェイド! さっき何て言いました? 『覚えた』? 『ゲームのやり方はだいたい覚えた』と言ったんですか?」
「二度言う必要はないわよ、シエル」
最後に相手をふっとばし、決めポーズを取るアルクェイドのキャラ。
「あ、アルクェイド。どうしたんだ急に? さっきまで丸っきり素人だったのに。たったの1ラウンドで覚えたっていうのか?」
「隣見てみなさいよ、志貴」
「ん?」
隣の台はさっきのやたらと上手い子供がゲームを続けていた。
そのゲームは俺たちがやっているものと同じものである。
しかも。
「まさか……」
その子供が使っているキャラはアルクェイドと同じキャラで、しかも連続技もまったく同じことをやっていたのである。
「ええ。この子がやってるのを見て覚えたのよ。どういう順番で操作するといいのかってことをね」
「……」
俺は愕然とした。
確かに理屈の上ならばそれは可能だ。
だけど、それを見ただけで完全に再現できるだなんて。
「さすがは真祖。人外の記憶力と適応力を持っているということですか……」
先輩の驚いたような声が聞こえる。
「ですが、あなたのその恐るべき本領をこんなラウンドの始めで出したことを後悔させてあげますよ」
だが次の言葉はかなり冷静な口調であった。
「ふん。やれるものならやってみなさい」
そうして二人のキャラは突撃し、画面中央でぶつかり合うのであった。
続く