「さすがは真祖。人外の記憶力と適応力を持っているということですか……」

先輩の驚いたような声が聞こえる。

「ですが、あなたのその恐るべき本領をこんなラウンドの始めで出したことを後悔させてあげますよ」

だが次の言葉はかなり冷静な口調であった。

「ふん。やれるものならやってみなさい」
 

そうして二人のキャラは突撃し、画面中央でぶつかり合うのであった。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その25
シエル・ザ・プレイヤー・E







ばきいっ!

「や、やった! またアルクェイドの連続技がヒットしたぞっ!」

アルクェイドは再びさっきと同じ連続技をやり、先輩のキャラにダメージを与えていた。

元々がパワーキャラなので、その連携はかなりの威力を誇る。

先輩はラウンドがはじまったばかりだというのにもう瀕死状態だ。

「このままいけばこのラウンド行けそうだ。先輩に勝てるかもしれないぞ」
「だから言ったでしょ。わたしはシエルなんかに負けないって」

最初は聞いていて不安だったアルクェイドの自信も、今や頼もしい限りである。

だが。

さっきの先輩の意味深な発言がどうも引っかかっていた。

まだシエル先輩には俺の知らない何かが隠されている気がする。

「アルクェイドは……遠野君の知っている通り、真祖であり格闘の天才です」

すると先輩が台の向こう側からそんなことを言ってきた。

「……」

アルクェイドは無言でキャラクターを動かしている。

「しかしこのわたしに対して今まで一度として『シエル。決着をつけましょう』なんて言って来たことはありません。何故だと思いますか・・・・・・・・・?」
「それは……」

そんなことを言われても俺にはわからない。

なんでなんだろう。

「1年ほど前に、わたしが不意をつかれてアルクェイドに殺されかけたことがありました。ですが、アルクェイドはわたしにとどめをささず、そのまま帰っていきました。何故だと思います? そのままとどめをさしてしまえばよかったものを」
「……あの頃のあなたは死んだって生きかえったじゃないの」

アルクェイドはつまらなそうな口調でそんなことを言った。

難しいなんとかの理屈で、かつての先輩はどんなに怪我をしても絶対死ぬことがなかったのだ。

「それは確かです。ですが、念のためとも考えたこともなかったでしょう?」
「……」

アルクェイドは何も答えない。

「何が言いたいんですか? 先輩……」

俺は先輩の放つプレッシャーに押されていた。

なんていう重圧なんだろう。

「アルクェイドはわたしに負けることは考えてないでしょうが、勝てるとも考えていなかったということです。アルクェイドにはそう思わざるを得ない理由がありました」
「な……」
「そして今アルクェイドは一見調子に乗っているように見える。ですが、心の中では不安にも思っているはずです」
「ほ、ほんとなのかアルクェイドっ?」

慌ててアルクェイドに尋ねる。

「……」

アルクェイドはやはり何も答えない。

「わたしの能力に不安を抱いているはずです。『まさか・・・』『いや、ひょっとして・・ ・・・・・・』とさっきから思っているんじゃないですか?」
「……」

なんだか先輩の言葉を聞いていると俺まで不安になってきた。

「そして予告します。わたしはこれからアルクェイドの攻撃を一度も食らわないと!」
「なっ……?」

そんな予告をするなんて、先輩にはやっぱり何か秘密があるのか。

「やれるもんならやってみなさい……!」

アルクェイドはやや強い口調で叫び、キャラを突撃させた。

かんっ。

「無駄ですよ」

先輩は上下に揺さぶるアルクェイドの連続技を、すべて防御している。

「くっ……」

攻撃が終わった瞬間先輩は反撃したが、なんとかアルクェイドはバックステップして逃れた。

「ど、どういうことなんだ……?」

さっきまでは連続技を食らっていたのに。

「……シエルにはわかってるのよ。わたしが今の連続技を出すってことが」
「え?」
「だからシエルの言う通りなの。ちょっと不安だったけど。やっぱりこうなるなんてね……」
「ば、ばかなっ? じゃあおまえはこう言いたいのか? 『先輩はおまえの攻撃を読んでいる』って!」
「そういうことですよ。遠野君」

シエル先輩はいかにも冷静といった口調だった。

「アルクェイドは確かに天才です。さっき隣の子供がやっていた連続技を見事に再現していました」

先輩はアルクェイドが隣の子供の動きを真似していたことに気付いてたのか。

「ですが、皮肉なことに、アルクェイドはこのゲームはまだ初心者なんです。だからさっき見たその連続技しか出来ない。それしか覚えてないから同じ行動しか出来ないんですよ」
「あっ……」

いくら俺だって、相手が同じパターンの攻撃しかしてこないんだったら対処できるだろう。

「わたしは実戦でもアルクェイドのやってくる攻撃を全て覚えてきました。どういったパターンで仕掛けてくるか」
「……」

アルクェイドは何も言わない。

「アルクェイドは他人の戦闘方法を覚えるのには長けていますが、そのぶん応用が苦手です。そして一度見た技はわたしには絶対通用しない!」

ドーンと背景に文字が出てきそうな勢いのシエル先輩の言葉。

「さらに! このゲームはわたしも得意とすると言ったはずです! このゲームのキャラクターの技モーションは全て覚えています!」
「そう。むかつくけど、この女の記憶力はバケモノなのよ」
「……」

俺は驚きのあまり言葉が出なかった。

先輩にそんな記憶力があっただなんて。

でも、それ以上に。

「……技モーション全部覚えてるって……」

たかがゲームにそこまで情熱を注げるなんて。

真面目過ぎるのってのもよくないんだなあと俺は思ってしまった。

「くっ……このっ!」

アルクェイドはなんとか他の連続技を出そうと頑張っているのだが、全て先輩には通用しない。

「ほらほら。どうしましたアルクェイド。ちっとも当たってないですよ」
「うるさいわね。シエルだって攻撃出来てないじゃないのっ」
「……なるほど確かに。では、そろそろ反撃といきましょうか」

そう言うと同時に先輩のキャラはある構えを取った。

「チャンス!」

動きが止まったのでここぞとばかりにアルクェィドは攻撃を仕掛けてしまった。

「ばかっ! 攻撃を仕掛けるなっ!」

そう。やっぱりアルクェイドは初心者なのだ。

その先輩のキャラが取っている構えは「当身」という技で、相手の攻撃が当たると。

ぱし。

「もらいましたっ!」

相手の攻撃を受けとめ、流す。

そうしてアルクェイドの防御が空いたところに。

「超必殺ですっ!」

先輩のキャラクターが光を放ち、威力の最も高い超必殺技を炸裂させた。

「な、なんでわたしのほうがやられてるのよっ!」

アルクェイドは状況をよく理解できていなかった。

「今の技は当身なんだよ! 相手の上段攻撃を無効にしちまうっ」
「なによそれ。ひきょーものー!」
「卑怯ではありません。れっきとした技なんですから」

超必殺が終わり、お互いのキャラはかなり近い場所に立っている。

「じゃ、じゃあこれならどうよっ!」

アルクェイドのキャラはしゃがみながら攻撃を出す。

いわゆるしゃがみ攻撃というやつだ。

「それも通用しません!」

こんどは別の構えを取り、アルクェイドをふっとばすシエル先輩。

「な、なんでっ?」
「今のは下段当身だ……下段攻撃が全部通用しない」
「そんなの、勝てっこないじゃないの」
「いや。うまく相手の攻撃を取れなきゃ隙だらけになる技なんだ。そこを狙えばいけるだろうけど……」

先輩は技のモーションを全て覚えていると言った。

だからどのタイミングで当身を出せばよいかもわかっているんだろう。

「技が全部覚えられてるんじゃ……」

つまりどんな技を出しても当身で返されてしまう。

攻撃が全く通用しないんじゃ、勝てないんじゃないだろうか。

「ど、どうするんだ? アルクェイド」
「……」
 

そう尋ねてもアルクェイドはただ難しい顔をして黙っているだけなのであった。
 
 

続く



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