そうしてそのぬいぐるみをシエル先輩に見せつける。
「……あっ!」
してやられたというような顔をするシエル先輩。
「ず、ずるいですよっ! アルクェイドばかり」
「いや、そんなこと俺に言われても。先輩いらないでしょ?」
「自分でやるならいらないですけど。……遠野君からなら欲しいです」
なんだか意味を履き違えるといやらしい響きをもつような言葉を先輩に言われ、俺は困ってしまうのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その28
「んー……」
俺は何度目だかわからないクレーン操作を続けていた。
「あ、あの、遠野君。出来なさそうでしたら無理しなくてもいいですよ?」
いくつかのぬいぐるみを持ってもらっているシエル先輩がそんなことを言ってくる。
「いや、ここまでやったら意地でも取るよ」
俺がさっきから狙っているのは馬のぬいぐるみだ。
シエル先輩のリクエストによるものである。
このクレーンゲームに入っているのは動物を擬人化した女の子のぬいぐるみで、アルクェイドにあげた猫、犬や馬、鬼妹などのぬいぐるみがある。
鬼妹のぬいぐるみは微妙に秋葉に似ていたりしてかなり笑えない。
「よしっ。掴んだっ!」
何度かの下準備によってようやく馬のぬいぐるみを捕獲できた。
もちろんそこに辿り着くまでアルクェイドと先輩が持っているぬいぐるみの数以上の資金を使ってしまっている。
恐るべきクレーンゲームの魔力。
ぽてっ。
「取れた……はい。先輩」
そうしてようやく手に入れた馬のぬいぐるみを先輩に手渡す。
「どうもありがとうございます……大切にしますので」
「気にしないでくれよ」
先輩の嬉しそうな顔を見ることができたのでよしとしよう。
「むー……」
こっちはかなり不服そうだった。
「残りのぬいぐるみは秋葉たちにあげるかな」
他に取ったぬいぐるみは3つなので秋葉や翡翠、琥珀さんへのおみやげにちょうどいい。
鬼妹のぬいぐるみを誰に上げるかでまた問題になりそうだけど。
「えーとそれで……クレーンゲームの勝負だけど……どうする?」
俺の財布はほとんどすっからかんになっていた。
先輩とアルクェイドに勝負させても多分お金を浪費するだけで終わってしまうだろう。
「……止めておきますか」
「お金がもったいないもんねー」
「あははははははははははは。……コノヤロウ」
「え? 何?」
「いや、なんでもないよ」
結局俺の財布が寂しくなってしまっただけである。
「ありがとね。志貴。これ、毎晩抱いて寝るから」
「……あー。うん」
けれどまあ別にいいかなーと思ってしまったりするのがアルクェイドの魔力なのかもしれなかった。
「では何で勝負しましょうか……」
とりあえずゲームセンターの中央に移動してきて、対戦できそうなゲームを探すことにした。
「競馬ゲームとかは?」
「賭け事はやりません」
1秒で却下されてしまった。
とするとメダルゲーム全般は駄目らしい。
個人的にはメダルゲームが好きなので残念である。
「じゃあ、ええと……やっぱり無難に格闘ゲームかな?」
「そうね。もうやり方は覚えたから負けないわよ」
相変わらず自信満々なアルクェイド。
「……そこまで言うんだったらさっきのゲームの前作で勝負しましょう。それならわたしに死角はありません」
「いいわよ」
「いいわよってアルクェイド。ほんとにいいのか? さっきのシエル先輩の実力を見ただろ? やり込んでた前作じゃもっと凄いんだぞ?」
「大丈夫だってば。わたしには奥の手があるんだから」
「……遠野君。今度は他の人間が代わりに出来ないように見張っていてくださいよ」
「え、あ、うん」
さすがにあれはちょっと酷いかなと思ったのでそれに対しては同意した。
「えー? なんでよ。立派な戦略じゃない」
「ゲームは1対1でやるのが基本ルールですっ! それ以外認めませんっ!」
きしゃーとアルクェイドを威嚇するシエル先輩。
「ちぇー。ケチ」
アルクェイドには猫に小判だった。
「……アルクェイド。先輩の言ってることのほうが正しいから諦めろ。やるなら自分で頑張るんだ」
「むー。わかったわよ。どうせシエルなんか大した事ないんだから」
どうもアルクェイドは「シエル先輩」というだけで甘く見ているようだ。
俺は先輩だからこそ油断しちゃいけないと思うんだけど。
そのへんが俺とアルクェイドの先輩の認識の違いである。
「早くそれで対戦しましょうよ。どこにあるの?」
「いい度胸です。では、ええと……」
きょろきょろと周りを見渡すシエル先輩。
「……この前は新作の置かれていた位置にあったんですけど、別の位置に移動されたみたいです」
「なるほど」
古い作品だから端っこのほうに移されたのかもな。
「わかった。探してみるよ」
「お願いします」
「わたしはどうするの?」
「大人しくしてろ。いいな」
「うん。わかった」
そんなわけで一旦解散し、前作を探すことにした。
まずは壁際から。
このあたりはパズルとかシューティングが配置されてたりする事が多い。
時々古くて懐かしいゲームが合ったりするので要チェックだ。
「おっ。忍法風林火山だ。懐かしいな」
ゲームのデモ画面で昔出せなかった技などを見ると感慨にふけってしまう。
「……っといけないいけない」
目的はそれじゃないのだ。
「む」
俺はある台の手前で脚を止める。
『は、恥ずかしいです……』
そう、ゲーセンの壁際には脱衣マージャンも結構配置されてるのだ。
画面ではメガネの女教師が艶かしいポーズを取っている。
うーむ、なかなかいいシーンに巡り合わせたようだ。
「何を見てるんですか遠野君」
「……はっ! シシシ、シエル先輩っ?」
気付くとシエル先輩が背後に立っていた。
「い、いやこれはその、たまたま偶然っ!」
「……遠野君はこういうのが好みなんですか?」
「う、いや」
「答えてください」
「いや、その、ええと……まあ嫌いではないです」
メガネの女教師は男の浪漫なのである。
「わかりました。覚えておきますね」
「え? な、なんですかっ?」
「なんでもありませんよ。それより、ゲームが見つかりましたから来てください」
「あ、うん」
なんか意味深な発言があったような気がしたけどうやむやにされてしまった。
まあ深く考えないでおこう。
「どこです?」
「あそこですよ」
先輩が指差した先には人ごみがあった。
そこにアルクェイドも紛れてたりする。
「あのバカ、じっとしてろって言ったのに」
その場所は解散した場所とかなりずれた場所であった。
いわゆるゲームセンターのメインの台が置かれる場所で、巨大モニターで試合の展開が映し出されてたりする。
「いえ。たまたまでしょうけど、アルクェイドが見つけたんですよ。そのゲーム」
「え? じゃあまさかこの人ごみってそのゲームの観戦者?」
確かにモニターを見るとさっきのゲームの前作のようであった。
新作ではいなくなってしまったキャラクターが大活躍している。
「……みたいですね。新作をそっちのけでこっちにギャラリーが集まるなんて驚きです」
「なんでだろう? 何かあったのかな?」
「なんか100連勝くらいしてるのがいるらしいわよ? おまけに女の子なんだって」
そんなことを言いながらアルクェイドが合流してきた。
「へえ……」
なるほどそりゃギャラリーが集まるわけだ。
100連勝ってだけでも凄いのに、それが女の子となると尚更である。
「じゃあそのゲームを対戦するのは無理そうだなあ」
「かもしれませんね……まずはその女の子に勝たなくてはいけませんし」
先輩もさすがに100連勝という言葉にはたじろいでいるようだった。
「……どんな子がやってるんだ?」
そうなるとどうしたってその100連勝の女の子が気になる。
逆さまになって炎のコマーっ! とかやってるんだろうか。
「すいませーん、通してくださーい」
そんなわけでギャラリーの方々の中へと割りこんでみる。
俺ひとりじゃきつい作業だけど、アルクェイドと先輩のおかげか、みんなあっさりと場所を譲ってくれた。
「ふう」
そんなわけでようやく対戦台が見えるところまで来れた。
「……げ」
そして愕然とした。
俺は何故忘れていたんだろう。
そのゲームで100連勝できるような実力を持った女性が知り合いにいるってことを。
「こここ、琥珀さんっ?」
「……え? あ。志貴さんじゃないですかー」
そこには伝説のゲーマー琥珀さんがいるのであった。
続く