そう言ってにこりと笑う琥珀さん。
なんていうか「にやり」という言葉がとても合う笑い方である。
どうやらまたも何やら企んでいるらしい。
「こ、ここで出来るものじゃないの?」
「はい。まあちょっと色々ありまして。とにかくついて来てくださいな」
「……ああ。わかった」
俺は不安を抱えながらも琥珀さんの言うがままに移動していくのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その30
「うーん、これも美味しそうですねー。どうしましょうかー」
俺たちはデパートの地下一階、食品売り場に来ていた。
そして琥珀さんは魚売り場でエビや魚を物色していたりする。
「あ、あのう、琥珀さん?」
俺は琥珀さんに声をかけた。
「はい。なんでしょうか?」
「ここで一体何をするつもりなの?」
琥珀さんはアルクェイドとシエル先輩が雌雄を決するいい勝負方法があるという。
その勝負のためには場所を移動しなきゃいけないらしくて、琥珀さんの後についてきたのはいいのだが。
「何って、晩御飯の材料の買出しですよ?」
「え、ええっ! そんな。話が違うよ!」
何故だか来たのはこんな場所なのである。
こんな場所でどう勝負をするっていうんだ。
「そうよ。あなた、どういうつもりなの?」
アルクェイドも大変ご立腹であった。
「お二人とも、お話は最後まで聞いてくださいな。勝負や賭け事というのはどんなことでも出来ることなんですよ?」
「え?」
「どういうこと?」
「はい。これからアルクェイドさんとシエルさんにメモをお渡しします。お金もお渡しますのでそこに書いてあるものを買って来てください。先に全てのものを買って来たほうが勝者です」
「……なるほど。そういうことですか」
シエル先輩は納得したように頷いていた。
「琥珀さんの買い物の手間を省きつつ、わたしたちの勝負の決着もつく。一石二鳥な作戦なんですね」
「あはっ。シエルさんは物分りがよくて助かりますねー」
琥珀さんはにこにこと笑顔。
「む。それはわたしのことをバカにしてるの?」
「いえいえ。そんなことはありませんよ。ではもう半周しましょうか」
「半周?」
俺たちはさっきからふらふらと食品売り場を歩いていた。
ひとつも商品を手に取らないのでおかしいなーとは思っていたのだが。
「ええ。入り口からこの魚売り場まで、売り場を半周しました。残り後半周しますので、どこに何があるかを覚えておいたほうが有利だと思いますよ?」
「……不覚でした。前の半周はほとんど見ていません」
してやられたといわんばかりに呟く先輩。
「所詮はシエルね。わたしは前半分もだいたい覚えてたわよ?」
えへんと胸を張るアルクェイド。
「抜け目ないですね。ですが、勝負方法がわかった以上不覚はありません」
「あはっ。お二人ともやる気満々ですね。頑張って下さいな」
「……ははは」
なんだかすっかり琥珀さんのペースなのであった。
「えーと、それでは今日の晩御飯は……」
場所は再び食品売り場の入り口。
琥珀さんはそんなことを呟きながらメモを取っていく。
「今から決めるの?」
「ええ。材料の新鮮さとかをさっき確かめてましたので。材料を見てからでないと料理は決められませんよー」
「そういうもんかなぁ」
「そういうものです。はい。二人ぶん出来ましたー」
琥珀さんはメモを4つに畳んで俺に渡してくれた。
「さあアルクェイドさんシエルさん。志貴さんの手からお好きなほうをお取り下さい」
「……なんで俺からなの?」
「それはもちろん志貴さんを賭けての勝負だからです」
「まあ、別にいいけどさ」
2つのメモをそれぞれ右手と左手に握った。
「ほら、先輩。アルクェイド。好きなの取ってよ」
「琥珀さん。中身は公平に出来ているんですか?」
「はい。商品の位置と値段、量と全てにおいて公平です。間違いありません」
「わかりました。ではわたしはこちらを……」
先輩が左手のほうのメモを取ろうとする。
「もーらったっ!」
「あっ……」
ところが左手のメモは横から手を出してきたアルクェイドにかっぱらわれてしまった。
「ふふふ。これでわたしの勝ちね。さあシエル。とっとと帰りなさい」
「……あのなあアルクェイド。今までの話聞いてないのか? メモを早く取ったもん勝ちじゃない。そのメモに書いてある商品を買い揃えて始めて勝者なんだよ」
「えー? 聞いてないわよそんなの」
はぁ。まったくもってこいつは。
「とにかくそうなんだよ。わかったらメモ見てさっさと行け!」
「わかったわよ。持って来ればいいのね?」
「違う。ちゃんととレジでお金払ってからだ!」
「もう、面倒ね……」
ぶつぶつ言いながらもアルクェイドは売り場のほうへと走り出して行った。
「全くアルクェイドにも困ったものですね……」
溜息をつきながら右側のメモを取るシエル先輩。
「すいません、ほんとに」
何故か謝ってしまう俺。
「いえいえ。遠野君が気にすることではありませんよ。では」
先輩もメモをさらっと流し読んで走っていった。
「はぁ……」
さて、二人が帰ってくるまで待ってなきゃいけないのか。
「では志貴さん。行きましょうか?」
「え? 行くってどこに?」
尋ねると琥珀さんはにこやかな笑顔でこう言うのだった。
「もちろん、今晩のおかずを選ぶためですよ」
「まったく驚かせないでよ、琥珀さん」
「あはっ。言い方が悪かったですかねー」
俺たちは魚売り場へと来ていた。
一番琥珀さんが熱心に見入っていた場所だ。
「やっぱりこういうナマモノは自分の目で選ばないと安心出来ませんからね。シエルさんはともかく、アルクェイドさんではちょっと不安ですし」
「まあアイツは食の欲求ないからなあ」
食べられればそれでオッケーだし、別に食べられなくてもいいのだ。
「でも、それじゃあ琥珀さんの手間は結局省けなかったんじゃない?」
「いえいえ。お二人には今晩のメインにしようかと思っているお魚以外が書いてあるメモを渡しましたから。ちゃんとお役に立ってもらっていますよ」
「あ、あはは……」
そのへんはちゃっかりしているようだ。
「ねえ志貴ー。ダイコンどこにあるのー?」
「ん? ……わあっ!」
振りかえると両手にたくさんの食品を持ったアルクェイドが立っていた。
「ばかっ、おまえ、買い物カゴ入り口にあっただろ? それに入れるんだよっ」
「そんなの知るわけないでしょ。それよりダイコンよ、ダイコン」
「……ああもう。琥珀さん。コイツ手助けしていいですか?」
見ていられないので俺はアルクェイドを手助けすることにした。
「それはルール違反ですから駄目ですよー。でもカゴを持ってきてあげるのはオッケーです。落として割られたりしたら大変ですし」
「わかった。行ってくる。来いっアルクェイド!」
「え? あ、うん」
俺とアルクェイドはカゴを取りに行くために駆け出した。
しかし。
「そう簡単にはいかせませんよ!」
「げっ!」
目の前に買い物篭をぶらさげたシエル先輩が立ちはだかるのであった。
続く