「でも志貴。それってわたしがダイコンとシエルを見つけてカゴごと奪っちゃえばわたしの勝ちってことでしょ?」
「いや、まあそれはそうだけどさ……」

それはつまり、あの神出鬼没の先輩を見つけ、さらにカゴを奪わなきゃならないという難題なのだ。
 

「……なんて厄介なことを」
 

俺はあらためてアルクェイドの行動に呆れてしまうのであった。
 
 


「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その32
ハーミット・アンバー













「大丈夫よ。志貴。わたしにはいいアイディアがあるわ」

アルクェイドは俺の心情などまるで気付かないようで、やはり余裕の表情をしていた。

「いいアイディアって……なんだよ」

まさか先輩に対抗してこっちも逃げるとかいうんじゃないよな。

「要するにどこにシエルが行くかわかっていればいいんでしょ?」
「……まあ、そうだけど」
「だから大丈夫なのよ。シエルが最後にどこに行くかくらいわかるわ」
「わ、わかるのか?」
「ええ。志貴のほうがわかってると思ってたけど。意外ね」
「……?」

さっぱりわからなかった。

「教えろよアルクェイド。先輩が必ず行くところってどこだ?」
「考えてみなさいよ。簡単でしょ?」
「む……」

しょうがないので自分で考えてみる。

シエル先輩の行きそうな場所。

シエル先輩といえば。

「……まさかカレー売り場か?」

カレーのあるところにシエル先輩あり。

シエル先輩といえばやはりカレーだ。

「……ああ。それも可能性高そうね」

しかしアルクェイドは俺の言葉を聞いて今気付いたような顔をしていた。

ということはカレー売り場じゃないということか。

「どこだ……?」

カレーじゃないとなるともうさっぱりわからない。

「志貴。シエルってイメージに固執しすぎよ。志貴でも琥珀でも多分誰でも行く場所なんだから」
「誰でも行く場所?」

うーん、全然埒があかない。

「なんでもいいけど、行く場所がわかるんだったらさっさとそこに行ったほうがいいんじゃないか?」

こうなったらアルクェイドについていって答えを確認しよう。

「そうね。それじゃあダイコン持って行きましょうか」
 

途中ダイコンを確保し、俺たちはその場所へと向かった。
 
 
 
 
 

「……なるほど」

来て、俺は納得せざるを得なかった。

なるほど、ここにはみんな来るはずだ。

というか来なきゃ出られない。

その場所とは。
 

「2980円になりまーす」
 

レジのおばちゃんが明るい声で値段を告げ、主婦らしき人がお金を払っている。

そう、ここは食品売り場のレジだ。

「シエルがどれだけ時間かかるかはわからないけど、ここでお金を払わなきゃ駄目なんでしょ? だったら絶対ここに来るじゃない」
「……だなあ」

アルクェイドがあんまりにも非常識過ぎるので、そんな当たり前のことさえ失念していた。

「だからここで隠れて待ってれば……ね」

俺たちはレジの見える端の場所でシエル先輩を待っていた。

ここで待っていれば必ずシエル先輩は来る。

「……来たっ!」

アルクェイドが声を上げる。

「ほんとだ」

先輩はカゴ一杯に食材を詰めていた。

何せアルクェイドのものと合わせているからその量は半端じゃない。

「でも変だな。先輩、アルクェイドの食材を元に戻しちゃえば勝利は確実なのに。なんで全部持ってきてるんだ?」

何も律儀にアルクェイドの食材を揃えたままにする必要はないはずなんだけど。

「やりたくても出来なかったんでしょうね。わたし、シエルのメモの上半分を破っておいたから」
「え? おまえ、いつの間に」
「食材をカゴに入れるついでによ。都合よくポケットから上半分がはみ出たからね。拝借したの」

アルクェイドはにこりと笑いながら破れた紙の上半分を俺に見せた。

「普通人間って上から順番に見ていくでしょ? だからシエルのカゴにメモの上半分の食材が入っていることは確実。でもシエルはメモの上半分がないからそれを確認できない」
「なるほど、どれがシエル先輩の食材でどれがアルクェイドのものかわからないってことか」

つまり先輩はメモを取り戻すため小細工ナシでレジに来なきゃいけなかったわけだ。

「そういうことよ。タダでシエルを逃がすわけないじゃないの」
「……なんだよ、まったく」

だったら俺があれこれ心配する必要なかったわけである。

「でも、おまえにしちゃいやにさえてたな」

アルクェイドのくせに妙に用意周到である。

「む。志貴、わたしのことバカだと思ってるでしょ?」
「いやいやそんなことないぞ」

コイツの頭のいいのは知っているつもりだ。

「おまえは天才だよ。それは知ってる」
「それならいいのよ」

俺の言葉を聞いてにこりと笑うアルクェイド。

だけど、昔から言うじゃないか。
 

天才となんとかは紙一重、って。
 
 
 
 
 

「やっほーシエル」

レジで支払いを終えたシエル先輩の前に歩いていったアルクェイドは余裕の表情だった。

「……このイカサマ泥棒猫」

悔しそうに呟く先輩。

それはそうだろう。

アルクェイドから逃げた時点で先輩は勝ちを確信したはずだ。

だけど現実はアルクェイドに一杯食わされたわけである。

「なんとでも言いなさいよ。ほら、お金とメモの切れ端をあげるわ。わたしの食材を貰おうかしら」
「勝手に取ってくださいっ」

アルクェイドからお金とメモを半ば奪い取り、先輩はビニール袋を開いた。

「アルクェイド。この勝負は先に琥珀さんに食材を手渡したほうの勝利です。だから早くビニール袋に全てを詰めたほうが有利っ!」
「あっ!」

言うや否や先輩は片っ端から品物を詰め込んでいく。

いや、メモを見ながら確実に自分の商品だけを選別している。

「これで全部終わりですっ!」

先輩は自分担当の商品をあっという間に袋へと入れてしまった。

「ふーん」

アルクェイドはいやに淡白な反応をしていた。

「な、なんですかアルクェイドっ! その余裕は! わたしはもうこの袋を琥珀さんに渡せば勝利なんですよっ!」
「そ、そうだぞアルクェイド。おまえも急いで袋に詰めろっ!」
「ええ。言われなくても詰めるわよ」

アルクェイドはゆっくりのんびりと袋に食材を詰め始めた。

「そんなスピードで……わたしをバカにしているんですかっ? いいでしょう! わたしはもう琥珀さんに袋を渡してしまいますからね!」

先輩はアルクェイドの行動に多少戸惑いながらもそう言って駆け出した。

「走るのはいいけど……シエル。あなた琥珀がどこにいるのか知っているのかしら?」
「えっ……?」

言われてシエル先輩は周囲を見る。

俺も見まわしてみる。

琥珀さんの姿はどこにもない。

「ど、どこにっ? 琥珀さんはどこへ行ったんですかっ!」
「……あ」

そうか。琥珀さんは魚売り場で魚の選別をしているんだった。

だからレジ付近にいるはずがないのだ。

「わからないでしょうシエル。頑張って探しに行けば?」
「そ、その余裕……! アルクェイド! あなた琥珀さんの居場所を知っていますねっ!」

どうやら先輩は琥珀さんが魚売り場にいたことを知らないようだ。

「さあ。知っているとしたらその場所へ行けばいいだけだから楽よねぇ」
「くうっ……!」

なんてことだ。

あのアルクェイドがシエル先輩を手玉に取っている。

いや、今までの俺の見解がおかしかっただけで、本来のアルクェイドとシエル先輩の力関係はこの状態が正しいのかもしれない。

精神的にも力的にもアルクェイドが勝っているというのか。
 

「あ、お二人ともお買い物終わったんですかー」
「え?」
「あ、あれ?」

そこへ琥珀さんがひょっこりと現れた。

「な、なんで? あなたさっき魚売り場にいたでしょ?」

信じられないといった様子のアルクェイド。

「それはいましたけどー。いつまでもそこにはいませんよ。ほら、お魚は買い終えてますし」

アルクェイドに魚の入った袋を見せる琥珀さん。

「どうやらお二人が買い物を終えたのは同時みたいですね。ですから……引き分けです」

そうしてにっこりとそう言い切った。

「わ、わたしの勝ちだと思ったのに……」

がっくりとうなだれるアルクェイド。

「し、仕方ないですね」

先輩は一時は負けを覚悟していたようなので、この引き分けの判定には安堵したようであった。

「引き分けか……」

つまりアルクェイドの頭の中には「琥珀さんがどこかへ移動する」ことが抜けていたわけである。

まあそのへんはアルクェイドらしいというかなんというか。

「志貴さん志貴さん」
「ん?」

そして琥珀さんが俺に向けて手招きをしている。

「なに?」
「駄目ですよー。真剣勝負なんですからアルクェイドさんにばかり肩入れしては。無効試合にさせていただきましたからね」

そうしてそんなことを耳打ちしてきた。

「えっ? じゃあ引き分けって判定は……わざと?」
「はい。気付かなかったでしょうけど、わたしもすぐ傍の物陰で様子を伺ってたんですよ?」
「そうだったのか……」

俺は溜息をついた。

そして同時にあることに気がついてしまった。
 

「じゃ、じゃあ琥珀さんが出てくるタイミングでどっちが勝つか決められたんじゃ……」
 

シエル先輩が先に来て、その場で出ればシエル先輩の勝利。

シエル先輩が来ても出ないで隠れていて、アルクェイドが来た時に出ればアルクェイドの勝利。

その逆も然りだ。

「あはっ。何のことでしょうか? わたしにはさっぱりですね」

琥珀さんはころころと笑っていた。

――恐ろしい。

これは最初からまともな勝負じゃなかったのである。

琥珀さんの気まぐれで全てが決まるものだったのだ。

「……」
 

俺たちは琥珀さんの掌で躍らされていたのだ。
 

「では、引き分けになってしまったので他の勝負をしましょうかー」
 

俺の感じている恐怖などいざ知らず、琥珀さんは笑顔で次の勝負方法を提案するのであった。
 

続く



あとがき(?)
隠者の琥珀ッ!(何
琥珀さんは策を仕掛けてこその琥珀さんだと思います。
……でも主役であるはずのアルクェイドを食ってくれます(w;
ジョジョっぽいサブタイトルでしたがジョジョは関係ありませんでした。
期待してた方がいたらごめんなさい(^^;


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