「待ってください」

そこへ翡翠が声をかけた。

「な、なに? どうしたの翡翠ちゃん」

そう尋ねる琥珀さんの声はどことなくあせっているように聞こえた。

「ずっと黙っていましたが……もう我慢できません!」
「ひ、翡翠ちゃん!」

珍しく声を張り上げる翡翠。

そしてそんな翡翠を見てさらにあせった様子の琥珀さん。

「……うーん」
 

ちっとも勝負が先に進まないのであった。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その35











「皆さん聞いて下さい。姉さんは既にインチキをしています」
「わーっ、な、なにを言ってるのかなー翡翠ちゃんはっ!」
「琥珀。あなたは黙ってなさい。翡翠。続けて」

琥珀さんを睨みつける秋葉。

「う、ううっ……翡翠ちゃんが裏切るなんて」

琥珀さんはさすがに狼狽しているようだった。

「姉さんの用意したこのカード。このカードを使う時点で既に姉さんの罠にはめられていたんです」

翡翠は1枚のカードをめくる。

「このカードの裏の模様はごく普通の模様に見えますが」

続けてもう1枚のカード。

「……何も変わらないじゃない」

それを見て顔をしかめるアルクェイド。

「どこを見ているんですかあなたは。……なるほど。右上の模様が少し異なってますね」

先輩の言う通り、右上の記号が僅かに違うものになっていた。

「このトランプは手品用のトランプなんです。記号の法則性さえ覚えていればカードは全てわかるようになっています」
「あ、ああっ! だからあの時の7並べもババ抜きも琥珀が勝ったのねっ!」

してやられたといった感じの秋葉。

「いえ、普段はこのトランプは使いませんから」
「……そ、そうなの」

要するに素で秋葉はトランプに弱いのだ。

わかりやすく言うと、秋葉がババを持っている状態でババを掴んだら顔がにやけ、他のカードを取るとがっかりする。

だから普段の勝負というか遊びでは琥珀さんもほとんどイカサマをする必要がなかったわけだ。

「姉さんはいざというときのためにこのトランプを用意しておいたんです。自分が勝つために」
「なるほど……ずいぶんと卑劣な真似をするのね、琥珀」

冷ややかなアルクェイドの視線。

「イ、イカサマはばれなきゃ正当な手段なんですよっ」

琥珀さんの言い訳はかなり苦しかった。

「まあまあ。トランプ自体にイカサマがあることを最初に調べなかったわたしたちも悪いんですよ」

ひらひらと手のひらを上下させる先輩。

さすがに人間ができている。

「……ただし、これ以上イカサマをするようでしたら覚悟をしてもらいますけど」

シュタッ。

何の変哲もないはずのトランプがテーブルに突き刺さった。

「あ、あはっ。そそそ、そうですねー。もうイカサマはやめますよー。はい」

うーん、やっぱり本気モードのシエル先輩は恐ろしい。

「翡翠」
「かしこまりました」

翡翠が席を立ち琥珀さんも立たせる。

「姉さん」
「な、なに? 翡翠ちゃん」
「失礼します」
「え、ちょ、ちょっと、きゃーっ!」

何を思ったのか、秋葉の命令で翡翠は琥珀さんの体のそこらじゅうを触り始めた。

「ああ、いやっ、そんな、そ、そこは駄目っ!」
「……」

なんだか妙に恥ずかしくなってしまうのは俺だけなんだろうか。

「ふ」

秋葉や先輩、アルクェイドは平然としたものである。

女の子同志のコミュニケーションって怖いなあ。

「……これで全部です」
「ご苦労様」
「う、ううー」

床に力なく腰掛ける琥珀さん。

「ぜ、全部ってなに?」
「床を見てみなさいよ、志貴」
「……あ」

アルクェイドに言われて床を見ると、あれやこれやとイカサマに使われそうな道具が散乱していた。

「これでもう姉さんはイカサマは出来ません」
「翡翠ちゃん酷い……わたしから卑怯を取ったら何が残るって言うのっ?」
「……」
「ああっ、そこで優秀な頭脳とか言って欲しかったのにっ」

なんだか琥珀さんと翡翠のやり取りは漫才のようである。

「琥珀さん。勝負は正々堂々とやろうよ。イカサマして勝ったってつまんないだろ?」

琥珀さんのところまで歩いていき手を差し伸べる。

「うう、志貴さん……」

がし。

やわらかな琥珀さんの手。

「兄さんっ! そんな琥珀なんてどうでもいいから勝負ですっ!」

しかし秋葉の怒声に驚いて俺は手を離してしまった。

「わ、わかってるよ……」

なんだか秋葉の機嫌がますます悪くなってしまった気がする。

「そうよそうよ。志貴ってば琥珀にばっかり優しいんだから」
「そんなことないって」
「琥珀さんは男性のツボを心得てますからね……わたしも見習わなくては」
「……」

その通りだ。

琥珀さんはこうしたら男が喜ぶぞーという行動を意識的にやってのけている。

それくらい俺だってわかってるつもりなのだ。

頭ではわかっていても騙されてしまう。

悲しい男のサガである。
 

「新しいトランプを用意しました。今日初めて開くカードです。カードにイカサマは出来ません」

溜息混じりに席に戻って座ると新しいカードが開かれていた。

「今度はちゃんとイカサマがないか確認しなくちゃね」

秋葉と先輩、アルクェイドがカードを確認していく。

「うう……」

琥珀さんは大人しかった。

「イカサマはないようですね。これなら安全です」
「……」

ここまできて俺はひとつのことを考えていた。

それは、このメンバーで普通のポーカーをするのはあまりいい考えじゃないということである。

カードを配る人間や切り方で差が出てしまう。

もっと単純に駆け引きだけを特化させたゲームで勝負をつけるべきだ。
 

「みんな。普通のポーカーじゃなくて、インディアンポーカーで決着をつけるってのはどうだ?」
 

だから俺はそう提案をした。

「インディアンポーカー?」

アルクェイドが目を丸くしている。

「聞いたことありませんね……」

先輩も首を傾げていた。

「兄さん。どういうゲームなんですか?」
「ああ。簡単なゲームなんだよ。カードを引いて大きい数だったやつが勝ち。それだけだ」
「……それじゃ完全に運じゃないの。つまんないわよ」

ぶーたれるアルクェイド。

「いや、違うんだ。自分はその引いたカードの数字を見ちゃいけない。こうやって……」

カードを引いて数字をみないまま頭の上へと移動させる。

「これなら俺は自分の数字がわからないだろ? だけど他のみんなは俺の数字がわかる。みんなはそれぞれの数字と表情を見て、勝負にのるか降りるかを選択するんだ」
「へえ」
「なるほど。本来のポーカーよりもポーカーフェイスが要求されそうなゲームですね」
「ああ。……ちょっと待って。ルールを書くから」

翡翠が紙とペンを用意してくれたので簡単にルールを書いた。

地方とかによってルールは違うけど俺の知っているルールはこんなもんである。



*インディアンポーカー*

各ゲームの最初にカードを引く。この時点で自動的にチップ1枚が賭けなくてはいけない。
1ゲーム終了以後は勝ったやつが「親」になる。
カードを引いた後は最初に「子」のほうが行動しなければいけない。

行動には次の3種類がある。

レイズ:
相手の賭け金に、さらにチップを上乗せする。
1回のレイズの上限は5枚。1回のゲームで各プレイヤーは2回までしかレイズできない。
    
コール:
相手の賭け金に合わせて勝負する、という意志表示。
両者が続けてコールしたら勝敗判定に入る。
一旦コールしたら、そのゲームでは以後レイズはできない。

ドロップ:
今の賭け金を捨てて勝負を降りる。

Aが最強で2が最弱だが、Aは2に負ける。
同じ数字であればスペードが最強で、以後ハート、ダイヤ、クラブの順になる。
ジョーカーはなし。


「ちょっと。これって賭け事じゃないですかっ!」

先輩が叫ぶ。

紙にルールを書いている間に気付いたらしい。

「……いや、普通のポーカーもそうだったし」
「そそ、それはそう……ですけど」
「あらあら。シエルは降りるの? 残念ね」
「や、やりますっ!」

アルクェイドの挑発によりやっぱり先輩も参加することになった。

「じゃあまあとりあえず最初ってことで親は俺で……いいね?」
「構いません」
「兄さんならば」
「イカサマは出来なさそうですが駆け引きなら負けませんよー」

いつの間にやら琥珀さんも復活していた。

「教会のルールに背いていいのかしら?」
「これはわたし個人としての勝負です。教会は関係ありません」

あいからわずいがみ合う先輩とアルクェイド。
 

「じゃあ改めて……オープン・ザ・ゲームだ」
 

ようやっと勝負の開始である。
 

続く



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