何度目かの勝負の後のコイン数。
誰もこんな事態になるなんて予想していなかっただろう。
アルクェイド 4
シエル先輩 9
秋葉 4
琥珀さん 11
俺 6
翡翠 38
ダントツで翡翠が勝っているのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その39
「ではカードを切らせていただきます」
ゲームに勝った翡翠はいつもの様子でカードを切っていく。
「むぅ……」
俺は何度かのゲームで翡翠の強さを痛感していた。
「それぞれカードを取ってください」
「わかっていますっ」
秋葉が不機嫌な調子でカードを引きぬく。
「じゃあ俺も……」
俺は翡翠の様子を伺いながらカードを抜いた。
「……」
翡翠はいつも通りである。
「おかしいなあ、もう……」
首を傾げながらカードを引き抜くアルクェイド。
「翡翠さんがここまで手強いなんて……」
シエル先輩も俺と同じく翡翠をかなりの脅威と感じているようだった。
「うう、翡翠ちゃん反抗期……」
琥珀さんは相変わらず嘘泣きをしながらカードを抜いている。
翡翠を除いては琥珀さんが1番コイン数が多かったりするのがさすがである。
「……ではカードオープンです」
全員がカードを頭の上に乗せる。
翡翠が11。
秋葉が10。
アルクェイドが13。
シエル先輩が9。
琥珀さんが8。
全員なかなかの強カードである。
「レイズかコール、ドロップを決めてください」
「コール」
先輩が真っ先に叫ぶ。
「むっ……」
最近の勝負はずっとこうだ。
レイズをする暇を与えないために速攻で誰かがコール。
そうすれば負けても損失は少なくなる。
「降ります」
琥珀さんは真っ先に降りた。
「……卑怯よ琥珀」
秋葉が不満の声を漏らす。
「戦略的撤退ですよー。勝てないと思ったら退く。勝負の鉄則です」
琥珀さんは自分のカードがどうこうではなく、誰かのカードに12〜1があった時点で降りを決めていた。
もし相手のカードが強かったとしてもハッタリで相手を言い負かせれば勝てるのがインディアンポーカーである。
しかし琥珀さんはそういう無謀な勝負はしないのである。
勝算があってこそのみ勝負を仕掛けるのが琥珀さん。
最後まで琥珀さんが残った時の勝率は恐ろしいことに100%だった。
「わたしもやーめた」
アルクェイドも最近は琥珀さんが降りると共に降りていた。
確かに琥珀さんは勝負どころを知っているのでそれに乗るのは悪くない作戦である。
が。
「あーっ! わ、わたし13だったの?」
「……そうだよ、ばかおんな」
自分が強いカードを持っていた場合ものすごく後悔することになる。
琥珀さんが降りたのは自分のせいだったのかーと。
「ひ、卑怯よ琥珀っ!」
アルクェイドがほとんどやつあたりな発言を琥珀さんにぶつける。
「わたしは何もしてないですよー。そんなー」
琥珀さんはどこまでも楽しそうであった。
「秋葉さまはどうなさいますか?」
「……やるわよ。当然でしょう」
秋葉は相変わらず退くということを知らない戦い方である。
時々それでも大勝してしまうので、なんだかんだで今も生き残っていたりするのだ。
「では、志貴さま」
「う」
俺の番になってしまった。
「どうなさいますか?」
「え、えーと……」
ここで翡翠の目を見てはいけない。
見てはいけないのだが。
「志貴さま」
「う、うん」
名前を呼ばれるとどうしても顔を見てしまう。
「どうなさいますか」
「う、うん」
そのポーカーフェイスからは何も読み取ることが出来ない。
これが恐るべき翡翠の強さの秘密その1である。
果たして俺のカードは強いのか弱いのかまったくわからないのだ。
「じゃあ、ええと……レイ……」
「本当にそれで宜しいのですか」
「う」
「志貴さまはそれで本当に宜しいのですか」
「……え、ええと……お、降りる」
その2。淡々とした口調によるプレッシャー。
本人は自覚していないだろうけど、これが本当に手強い。
その声で「本当にそれで宜しいのですか」なんて言われると不安になってしまうのだ。
「かしこまりました」
「……」
それで自分のカードを見たりするとやったら弱いカードで、やっぱり降りてよかったなあと思うことが大半なのだが。
「では、わたしは……」
翡翠はそう言いながら全員の表情を伺っていた。
それぞれがポーカーフェイスをしようとしているので、翡翠のカードが強いという判断はしにくいだろう。
だが。
「……勝負いたします」
翡翠は勝負することを宣言した。
先輩が9、秋葉が10、翡翠が11なので翡翠の勝利となる。
「くっ……また……」
先輩が僅かに顔をしかめた。
「惜しかったようですね」
翡翠は僅かに微笑む。
これが秘密その3。
洞察力である。
翡翠はあれでいて恐ろしく洞察力が高い。
ひょっとしたら琥珀さんよりもその点では優れている気がする。
つまり、自分以外の相手の表情を見て勝負するかしないかを判断するのだ。
俺には微妙な表情の違いなんて読み取れないけど、翡翠は明らかにそれで勝負判断をしている。
恐るべき翡翠。
「……このままでは……」
秋葉が悔しそうな表情をしている。
このままだと間違いなく翡翠が勝つことになるだろう。
というかいつまでこの勝負を続ける気なんだろうか。
いいかげん疲れてきたし腹も減ってきた。
「みんな。あと2、3回で終わりにしよう。もう勝負も見えたようなもんだし」
「何言ってるのよ志貴っ。まだまだこれからなんだからねっ」
強気な発言をするアルクェイド。
「そうですよ遠野君。このまま黙ってやられませんっ」
「メイドに負けるわけにはいけません。遠野当主の名にかけてっ!」
「あはっ。姉を乗り越えるにはまだ早いですからねー」
いつの間にやら翡翠vsそれ以外の構図が出来あがってしまっていた。
「さあ翡翠! 次をやるわよ! 次をっ!」
俺の発言でみんなやる気が倍増したのか、凄い気迫の勝負が続いた。
そして。
「もう次で終わりだ。今度こそ終わり!」
2、3回どころか10回以上勝負をやった後で俺はそう叫んだ。
このまま夜中まで勝負が続きそうな勢いだったからである。
「えー? まだこれからよっ」
「そうです兄さん。あと少しでなんとかなりそうなんですからっ」
「ここで終わらせるのは勿体無いと思いませんかー?」
俺を除いたメンバーはまだ元気そのものだった。
ちなみに現在のコイン数は
アルクェイド 7
シエル先輩 11
秋葉 5
琥珀さん 12
俺 2
翡翠 35
それなりにいい勝負にはなっていたけどやっぱり翡翠優勢には変わりがなかった。
「駄目。もうこれで終わり!」
「……それじゃあ翡翠が勝っちゃうでしょ。嫌よ」
「むぅ」
これじゃあ翡翠のコインがなくなるまで勝負をやりかねない。
「そうですねー。ここはちょっと全員で協力するべきだと思います」
すると琥珀さんがそんなことを言った。
「全員で協力?」
「はい。ちょっとルールを変更しなきゃいけなくなりますが一発で勝負がつきますのでー」
「それで翡翠に勝てるの?」
秋葉が興味深そうな顔をして尋ねる。
「ええ。一応これなら勝てますよ」
にこりと笑う琥珀さん。
「……ふうん。聞かせてもらおうじゃないの」
アルクェイドも目を光らせていた。
「仕方ありませんね。ここは琥珀さんの作戦に乗るとしましょう」
先輩までその気である。
「ではでは作戦会議ですよ。みなさんこちらへ集合してください。あ、翡翠ちゃんと志貴さんは駄目ですよ〜?」
琥珀さんはそう言って部屋の端へと移動し、アルクェイドと秋葉、先輩もそっちへ移動して何やら話し始めた。
「……なんだぁ?」
「さあ……」
残った俺と翡翠で顔を見合わせてしまうのであった。
続く