アルクェイドは余裕の表情でそう言うと、ジュースをひとくち飲んだ。
「……ジュース?」
なんだそれは。
「ア、アルクェイドっ! そ、そのジュースっ! いつの間にっ!」
「ふふふ」
アルクェイドは不敵に笑うのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その41
「……」
翡翠もこれには少し驚いたような表情を見せる。
「ま、まさかアルクェイド。おまえ何かカードにもイカサマをしたのか?」
「そんなことはしてないわ。したくたって、これじゃあね」
そう言ってシエル先輩を指差す。
「遠野君。わたしはアルクェイドの動きをちゃんと見ていました。カードに対するイカサマはこのわたしが許しません」
「むう」
その点に関しては先輩の言葉を信じて間違いないだろう。
いくら勝つためだと言っても先輩がアルクェイドにイカサマを許すわけがない。
「ちなみにジュースに関してはさっき琥珀さんに渡されていました」
「ちょ、シエルさん。ネタばらししちゃ駄目じゃないですかー」
苦笑している琥珀さん。
「……姉さん。アルクェイドさんの素早さでカードをすり替えさせる作戦だったんですか?」
「そそそ、そんなことないですよー。何を言ってるんですか翡翠ちゃんはー」
琥珀さんの目線が泳いでいる。
ものすごい怪しい。
「わたしは純粋にアルクェイドの運に頼るつもりでアルクェイドに賭けましたから。秋葉さんはご自由になさってください」
先輩が秋葉のところにコインを戻す。
「……」
どうやら琥珀さん同盟に内部分裂が起こってしまったようだ。
いくら琥珀さんと言えどもあのメンバーを思い通りに動かすのは無理だったということか。
「……いえ。わかりました。私もアルクェイドさんに賭けましょう」
「えっ?」
それなのに秋葉はアルクェイドに賭けることを宣言した。
「いいんですか?」
「ええ。シエル先輩の言うことにも一理あります。今生きていること自体がこの人の強運を示していると言えますし」
「むー。なによそれ。わたしに実力がないとでも言いたいの?」
「いえいえ、運も実力のうちということですよ」
絶対秋葉はアルクェイドのことをバカにしている。
「では秋葉さまはアルクェイドさんに賭けるということで……姉さん」
翡翠が琥珀さんをやや強い口調で呼んだ。
「う、うう、翡翠ちゃんが怖い……」
「いいかげんイカサマに頼るのは止めてください。正々堂々勝負をするべきです」
「えー、うー。そんなぁ。でもー」
「姉さん」
「わ、わかったよー、もうー……」
琥珀さんは苦笑しながら俺のところへとコインを持ってきた。
「え? 俺に賭けるの?」
正直自信ないんだけど。
「どうしましょうかねー。ここはやっぱり勝率の高い翡翠ちゃんに……」
と翡翠のほうへコインを移動しかけると、
「琥珀。裏切る気?」
「一蓮托生ですよ、琥珀さん」
などと秋葉と先輩に止められてしまった。
「そんなぁ。しくしくしく」
「嘘泣きしてもダメです」
琥珀さんだったらもっと上手い泣きまねだって出来そうなのになんでこう嘘っぽい泣き方しかしないんだろう。
まあこんな状況も実は楽しんでたりするのかもしれないけど。
「ではわたしもアルクェイドさんに賭けますー。……いちまい」
「琥珀」
「わ、わかりました、全部賭けますよー」
というわけでアルクェイドの元になんとコインが35枚。
「……35枚か」
偶然にも翡翠の持っている枚数とまったく同じである。
「ではわたしも35枚賭けさせて頂きます」
さらに翡翠も持ちコインをすべて賭けるという。
「……俺、コイン2枚しかないんだけど」
「まあ負けたらそのコインを全部渡すってことでいいんじゃない?」
「そうですよ。兄さんが商品なわけですし」
俺はモノか。
「じゃあみんなそれでいいわね? 勝負するわよ?」
「……おう」
勝ったやつがコインを全部と俺を手にすることができるわけだ。
「問題ありません。ではカード……オープン!」
翡翠、6。
アルクェイド、8。
「や、やったっ! わたしの勝ちっ!」
両手でバンザイするアルクェイド。
「……」
翡翠はしょげていた。
なんだかちょっと翡翠がかわいそうである。
「よくやりましたねアルクェイド! わたしのために」
一方アルクェイドに向けてにっこりと笑っているシエル先輩。
「ちょっとシエル。わたしのためにって何よ」
「わたしはさっきあなたの願いを聞いてコインを全部賭けさせてあげましたね。ですからあなたもわたしに何かを譲ってしかるべきです。つまり遠野君と過ごす権利を」
「な、何よそのへ理屈! シエルおうぼうー!」
「そうですよ先輩! そんなことを言ったらわたしだってコインを賭けたんですからね!」
秋葉が二人のやりとりに割りこむ。
「何を言ってるんですか秋葉さん。あなたは自分の意思でコインを賭けたんでしょう? わたしはアルクェイドに頼まれて『仕方なく』コインを賭けたんですから」
「な、なんですってっ! 先輩! はめましたね!」
「まあまあまあまあ。皆さん落ち着いて下さいよー」
そこにさらに琥珀さんが入る。
「何よ。あなたまで変なこと言い出すんじゃないでしょうね」
「いえいえ。みなさん何かお忘れじゃないですか? わたしがルールを変えようと提案したことでみなさんの勝利へと繋がったわけです。そこをよく考えて欲しいんですよー」
「ありがとう。感謝してるわ。おわり」
棒読みアルクェイド。
「わーっ! そんなおざなりの言葉じゃなくて! わたしにこそ権利をー」
「琥珀っ! 結局あなたそれが目当てだったのねっ!」
「……はっ! つい本音がっ! い、いえ、今のは気のせい、空耳ですよー」
「いいえ! この耳でしっかりと聞きました!」
ああもう、手に負えたもんじゃない。
「あの、志貴さま」
「あ、うん?」
翡翠が俺を見ている。
「そろそろ教えて差し上げたほうがいいと思うんですが」
「……そうだなぁ」
言うのは勇気がいるけど仕方がない。
「よし」
俺は覚悟を決めた。
「なんですってこのあーぱー吸血鬼っ!」
「黙りなさいよでか尻シエルーっ!」
「あーっ! 静粛にっ! 静粛にっ!」
ぴたっ。
全員の動きが止まる。
「……みんな、大事なことを忘れてないかな?」
「何よ。わたしが勝ったんだからわたしでいいんでしょ?」
「いえ、違います。権利を譲られたわたしが……」
「兄さんっ。こんな自分勝手な人たちよりも私をっ……」
3人同時に詰め寄られるとさすがにプレッシャーである。
「ごほん。……だからさ。みんなの言ってることはアルクェイドが勝った場合のことだろ?」
「勝ったじゃないのよ」
「ああ。翡翠には勝ったな。それは認める」
「兄さん。他に誰がいるっていうんですか?」
「……だから俺だよ、俺。みんな、俺のカード見てないだろ」
「遠野君のカード……?」
ようやっとみんなの視線が俺のカードへと移る。
俺のカードは。
「エ、エース……」
「ああ。エースだ。最強のカードのな」
「じゃ、じゃあ、兄さんが今の勝負の勝者ってことですか?」
「そういうことになる」
「……」
「……」
「……」
よかった、みんな静かになった。
「つまりそれは、遠野君が自分で過ごしたい相手を選べるということですね?」
「え……あ、うん」
「じゃあじゃあ、当然わたしよね?」
「何を言っているんですか! 私です! 私に決まっています!」
「……ふ、見苦しいですね。遠野君が誰を選ぶかなんかわかりきっているのに。ねえ?」
皆さん好き勝手言い放題である。
「……とりあえずさ」
「とりあえず、なに?」
「時計見てみろよ、時計」
「時計がなんだって言うんですか?」
「いいから見てみろ」
「……?」
みんなゲームに熱中しすぎてまるで気づいてなかったのである。
俺が勝っていたこともそうだけど。
いったい今が何時かってことに。
「は、8時半っ?」
「……そうだよ。とっくの昔に晩飯の時間すら過ぎてたんだ」
俺は空腹で今にも倒れそうである。
「……そういえばお腹空きましたね」
思い出したように先輩が呟く。
「うん、だからとりあえずメシにしよう。それで決まりだ」
「そうしましょうか」
秋葉もお腹をさすっていた。
「じゃあ、琥珀さん。メシの用意を……あれ?」
いない。
さっきまでいたはずなんだけど。
どこにも琥珀さんの姿はなかった。
「どこ行ったんだろう?」
「さあ……」
アルクェイドたちも口ゲンカをしていたので琥珀さんがいなくなったのに気づかなかったようだ。
「翡翠、知らない?」
「先ほど外へ出て行かれましたが……」
「外に?」
そりゃなんでまた。
ばたん。
「はーい、皆さんお待たせしましたー」
すると琥珀さんが扉を開いて戻ってきた。
「どこへ行ってたのよ琥珀」
「はい。それはもちろん晩御飯の用意ですよ。もう終わっていますからみなさんリビングへどうぞー」
「え?」
ということは琥珀さんはいなくなった数分の間で晩御飯を作ってしまったということなんだろうか。
「どういうことなんですか、一体……」
くきゅるるるー。
「ん?」
そこに妙に可愛らしいお腹の音が響いた。
音の方向には。
「ひ、翡翠?」
「…………」
翡翠は顔を真っ赤にしている。
「と、とりあえず食べながら聞くってことで。いいかな?」
「はーい」
「そうですね……」
そんなわけで揃ってリビングへと移動するのであった。
続く