音の方向には。
「ひ、翡翠?」
「…………」
翡翠は顔を真っ赤にしている。
「と、とりあえず食べながら聞くってことで。いいかな?」
「はーい」
「そうですね……」
そんなわけで揃ってリビングへと移動するのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その42
「こ、これは……」
ない。
なんにもない。
いや、テーブルや椅子はあるけど、食べ物なんかどこにもなかった。
「ちょっと琥珀。何もないじゃないの」
「そうあせらないでくださいな。用意は出来ております。持ってきますから席についてお待ち下さい」
「手伝いましょうか?」
「うん。お願い翡翠ちゃん。ではまたー」
翡翠と琥珀さんはそう言って部屋を出ていった。
「むー」
そうして真っ先にアルクェイドが椅子へと座る。
「おまえ、メシとか関係ないんじゃなかったのか?」
俺も続いて隣に。
「志貴のと美味しいのは別よ。食べる価値が十分にあるわ」
「アルクェイド。今遠野君のとか言いましたけど、遠野君の手料理を食べたことがあるんですか?」
「あれー? シエルはないんだー」
先輩の質問に対してにやにやと笑うアルクェイド。
「ちょ、遠野君っ? どういうことなんです?」
「い、いや、それはその、なりゆきで仕方なくというやつで」
「ひ、ひどい。わたしとは遊びだったのねっ」
ああもう、コイツも一体ドコからそういうセリフを仕入れてくるんだろう。
「兄さんの手料理……」
秋葉は秋葉で何やら考え込んでいた。
「……ふ」
なんか次の休みには俺が晩飯を作ることになりそうである。
「はーい、お待ちどうさまです」
そこへ琥珀さんたちが戻ってきた。
あんな短時間で何を作ったっていうんだろう。
「あっ、ラーメンじゃない」
「ラーメン?」
見るとお馴染み中華どんぶりに沸いた湯気。
ナルトにチャーシュー、ねぎメンマ。
なるほど、ラーメンのようだ。
ここで昼もラーメンを食べてしまったとか野暮なことを言ってはいけない。
腹が減ってるからもうなんでもいいのだ。
「はい。全員に配り終わりました。では」
『いっただきまーす』
さすがにみんな空腹を思い出したらしく、いただきますを言った途端に無口になった。
ラーメンを食べながら会話をするのはなかなか難しいというのもあるけど。
「……これは鳥スープですね」
しばらくして先輩が呟いた。
「はい。鳥スープですよー。7時間ほど煮こんであります」
いつもなら琥珀さんと翡翠は別に食事を取るのだが、今日は一緒に食事をしている。
なかなか珍しい光景であった。
「……って、7時間も煮こんでたの?」
「はい。お昼ごろから準備を始めて、それからずっとですからー」
「なるほど。だからすぐにラーメンが出てきたわけか」
メンをゆでるだけならすぐである。
スープもある程度の時間を煮こんであれば問題ない。
「長時間煮こんでますからいいダシが取れてますよ」
琥珀さんの言う通り、透明なスープの中にも深いコクが感じられる。
「ところで琥珀。わたしたちが買った食材って何だったのよ?」
思い出したようにアルクェイドが尋ねる。
「あれは明日のぶんですよー。どうも申し訳ありません」
「ふーん。じゃあ明日はお魚ね」
嬉しそうに笑うアルクェイド。
猫っぽいだけあって魚が好きらしい。
「なに? 琥珀、アルクェイドさんに買い物を手伝わせたんですか?」
秋葉が二人のやり取りを聞いてそんなことを言った。
「ええ。偶然の出会いでしたが、ものはついでということでー」
「……一体どうやってこの人を動かしたのかしら」
それは俺をエサにしたわけである。
「それは姉さんですから」
「なるほど」
翡翠の一言であっさり納得する秋葉。
「二人ともひどいですよー」
琥珀さんは苦笑していた。
「それで兄さん」
秋葉が俺のほうへと顔を向ける。
「ん、なんだ?」
「結局誰を選ぶんですか?」
「う」
いきなり本題に入ってしまった。
「今回は有彦なんて言わないわよね? 志貴」
にこりと笑うアルクェイド。
「私ですよね? 兄さん」
不敵に笑う秋葉。
「……志貴さま」
伏目がちに俺を見つめる翡翠。
「……」
そしてシエル先輩は何故か琥珀さんを見ていた。
「……なんですか? シエルさん」
視線に気付いたのか、琥珀さんがそんなことを尋ねる。
「遠野君が誰を選ぶかの前に、聞いておきたいことがあります」
「はぁ。なんでしょうかー」
琥珀さんは箸を下へと置いた。
「では琥珀さん。今日の勝負は長引こうがすぐ終わろうが食事の準備はすぐ出来たんですね?」
「はい。まあ長引くだろうなーとは思ってましたけど、短くても問題はなかったですよ」
「ええ。最後の作戦でさっさと終わらせることが出来ますからね」
一瞬先輩の言葉で全員の箸が止まる。
「勝負を終わらせるには大量のコインを賭けてしまうのがいちばんですから。誰が勝ってもそれは同じなのでわたしは何一つイカサマをしてないですよ? 志貴さんが勝ったのは実力です」
「そうですか。……イカサマはしてませんか」
再び箸が動き出した。
なるほど、最後のあれは勝負を早く終わらせるためのものだったのか。
同盟が分解しようが結束しようが構わなかったわけだ。
「もうひとつ聞きたいんですが」
「はいはい、なんですか?」
「このラーメンのスープは昼から用意していたんですよね?」
「ええ、そうですよ?」
「ということは、最初からこうなるようにスープの準備をしていたわけなんですか」
またみんなの箸が止まる。
「まさかー。わたしは神様じゃありませんしそんなことは出来ませんよー。まあ、なんとなくこうなるかなとは思ってましたが」
「……それでもこうなるんじゃないかって予想してたんですか」
先輩は信じられないといった顔をしていた。
俺もかなり驚いている。
「ええ。朝早く秋葉さまたちがもめてしまいましたからね。これで一日が平穏に終わるはずがありません。またひと悶着あるだろうなって」
「じゃ、じゃあじゃあゲームセンターにいたのも計算ずく?」
アルクェイドが尋ねた。
「あはっ。デートの定番は映画です。そして近くにゲームセンターがあればついでに寄ってみようかなという気になるものです。そこでわたしは得意のゲームで人目を集めてました。なんだろうと志貴さんが来てくれれば完璧です。見事に志貴さんはわたしを見つけてくださいました」
「ちょっと琥珀。デートってなんですか。兄さんは有彦さんと遊んでいたんじゃないんですか?」
「え、い、いえ、それはそのー、有彦さんとデートってことで。あはは」
ネタばらしをはじめて調子に乗ってしまったのか、秋葉には俺とアルクェイドがデートしてたことが内緒のことをつい忘れてしまったようだ。
「来なかったら来なかったで別の作戦もありましたし。とにかくわたしは志貴さんを見つけ、アルクェイドさんとシエルさんも見つけました」
「何故そんなことをする必要があったんですか?」
「それは遠野家に来てもらうためですよー。ラーメンはもう人数分用意しちゃってますから来てくれないと困っちゃいます」
「……」
琥珀さんはそれだけのためにみんなを集めたんだろうか。
いや、そんなわけがない。
「他に何かあるんでしょう、琥珀さん?」
先輩が尋ねる。
「他には何もありませんよ。特に」
「とぼけないでください。これだけの準備をしておいて、それだけというわけがありません。何か目論見があったからこそわたしたちをここに集めたんじゃないんですか?」
「……」
今やみんなの箸は完全に止まって先輩と琥珀さんのやりとりに注目していた。
「そうですね。まあ、強いて言うならもう終わっているといいますか」
そしてそんな中、琥珀さんはくすりと笑いながらそんなことを言うのであった。
続く