先輩が尋ねる。
「他には何もありませんよ。特に」
「とぼけないでください。これだけの準備をしておいて、それだけというわけがありません。何か目論見があったからこそわたしたちをここに集めたんじゃないんですか?」
「……」
今やみんなの箸は完全に止まって先輩と琥珀さんのやりとりに注目していた。
「そうですね。まあ、強いて言うならもう終わっているといいますか」
そしてそんな中、琥珀さんはくすりと笑いながらそんなことを言うのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その43
「もう……終わって?」
疑惑の表情を琥珀さんへ向ける先輩。
「ま、まさか琥珀っ! あなたこのラーメンに毒をっ?」
すると秋葉がそんなことを叫んだ。
「はは、そんなまさか」
推理小説やマンガじゃあるまいし。
「あ、それは面白かったかもしれないですねー」
さりげに物騒なことを言う琥珀さん。
「毒物は入っていないと思いますよ。秋葉さんはともかく、わたしたちを殺しても特にメリットはありませんから」
「そうですそうです。それに殺すんだったらもっと証拠が出ない方法でやりますよー」
なんだかスプラッタな話である。
少なくとも食事中にする話じゃない。
「わたしは毒なんて効かないけどねー」
アルクェイドだけは能天気にラーメンをすすっていた。
「なんで私だけは殺すメリットがあるんですか……」
不服そうな秋葉。
「そりゃそうだろ。おまえは遠野の頭首なんだし、琥珀さんに色々酷い事してるし」
保険金でも賭けて受取人になればいいわけである。
まあそういう犯罪はほぼ間違いなくばれちゃうけど。
「……頭首だから殺すは認めますが、私は琥珀に酷いことなんてしていません」
「えー?」
信じられないといった声をあげる琥珀さん。
「琥珀っ!」
「あはっ。冗談。冗談ですよ秋葉さまー。とにかく毒は入ってません。安心安全ハナマル100%ですから」
そうして茶化すように笑う。
「……ハナマルまでつけられたら信用するしかないですね」
それで納得してしまう秋葉。
その基準はまったくもって謎である。
「姉さん。何が終わっているっていうんですか?」
翡翠が尋ねた。
「既に終わっている。わかりませんか? わたしたちは今まで何をしてきたか」
琥珀さんはそんなことを言う。
「終わってって……ただトランプをしただけじゃないの。あれに何の意味があったのよ」
アルクェイドは箸で琥珀さんを差していた。
これは非情によろしくない作法なので良い子は真似してはいけない。
「はい。トランプをやりましたね。そこが重要なところです」
「トランプが重要なの?」
「いえ、トランプは重要でないんですがー」
琥珀さんの言葉は要領を得ない。
「では……一体なんなんですか?」
首を傾げながらシエル先輩が尋ねた。
「んー。まだお気づきではありませんか? あの勝負はそもそも何を賭けていたんです?」
質問を質問で返す琥珀さん。
「そんなものは決まってます。今日誰が兄さんと一緒に過ごすか」
すぐに秋葉が答える。
「ええ。では考えてください。今日、みなさんは何をしました?」
「……だから、トランプで勝負をしたんでしょ」
少し苛立った様子のアルクェイド。
「ええそうです。志貴さんと一緒に、ですよね?」
琥珀さんはそう答えた。
「あ」
なるほどそういうことか。
琥珀さんの言いたいことがわかってきた。
「皆さんの望みはひとつだったはずです。志貴さんと一緒に今日という日を過ごしたいと」
「それは……そうだけど」
「しかし志貴さんはひとりしかいませんから、全員の願いを叶えるには一緒に遊ばない限りは不可能です」
「……まさか」
そう、琥珀さんの狙いは。
「つまり、みんな一緒に俺と遊べるように仕組んだってことなんだな」
俺がそう言うと琥珀さんはいつもより嬉しそうな顔で笑った。
「そういうことです。みなさん既に望みが叶っちゃったってことですよ」
「……してやられたっていうわけ?」
アルクェイドは目を丸くしていた。
「元々志貴さんはみんなで楽しく遊べればいいなと仰っていました。ですが、普通のやり方ではみなさんが仲良く遊ぶなんてことは不可能です」
その通りである。
普通にみんな仲良くしましょうだなんて言ったって聞いてくれるわけがない。
「なるほど。それで、表面上は遠野君を賭けて争いましょうという看板を掲げながらゲームをやっていたというわけですか」
先輩はやれやれと言いながらも笑っていた。
確かに表向きは俺を賭けて争っていた。
しかしみんな一緒に楽しみながらゲームをやっていたとも言える。
実際、いつものぶつかり合いのように鬼気迫るものもなくほのぼのした展開であった。
つまり全員が琥珀さんの策略にはまっていたことになる。
だけどまあ、これは策略っていうか、みんなで遊ぶにはそうするしか仕方なかったとも言えるのだ。
「だからあんなにイカサマがばれやすいようにしていたんですね」
翡翠が琥珀さんにそんなことを言う。
「はい。わたしはそういうキャラですから、やっぱり何か企んでいるふりをしなきゃ怪しまれますしね」
「むう……」
秋葉は複雑な表情であった。
確かに俺と一緒に過ごすという願いは叶ったのだが、なんとも納得できていないような。
「ご不満ですか? 秋葉さま」
「いえ、その……」
気まずそうに目線を逸らせる。
「いいじゃないの。わたしは楽しかったよ?」
するとアルクェイドがそんなことを言った。
「……アルクェイドさん」
「それとも妹は楽しくなかった?」
それを聞いた秋葉は、はっと気付いたような顔をして、それから笑った。
「いえ……確かに楽しかったですね。時間の経つのを忘れるくらいに」
「でしょ?」
「あはっ。そう言って頂けると幸いですー」
琥珀さんもころころと笑っている。
「万事解決ですね」
翡翠も嬉しそうであった。
「では晩御飯を食べ終わったらまた何かやりましょうか? 遠野君を賭けて」
そして先輩がそんなことを言う。
「そうですね。是非やりましょう。兄さんを賭けて」
秋葉も乗り気である。
「それがいいわね。そうしましょうよ。志貴は賞品で」
こいつは俺がいればなんでもいいようだ。
「……っていうかあくまで俺は賞品なのか」
そこは変わってないらしい。
「そうですよー。やはり白熱した勝負をするには商品がないとー」
琥珀さんはやっぱり笑っていた。
「志貴さま、どうなさいますか?」
控えめに翡翠が尋ねてくる。
しかしそれはもう、是非俺に商品になってくださいと言わんばかりの顔で。
「はぁ。しょうがないな。まったく」
俺もなんだかんだで楽しんでいるのだ。
それにみんなで遊ぶというのも滅多にないことだ。
「じゃあみんなで人生ゲームでもやるか――」
そうして団欒した楽しい夜が過ぎていくのであった。
続く