「……」
途端に隣にいたアルクェイドが顔をしかめた。
「あ、あは、あはは……」
近いうちに必ず、とは書いてあったけど。
こんなに早く来なくたっていいんじゃないかなあ。
「……おはようございます、シエル先輩」
俺はもう今日が平和な一日にならないことを確信しながら、挨拶をするのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その5
「こんな朝からずいぶんと精が出るのね、シエル」
いきなりアルクェィドが食って掛かるような態度で俺の前に出てくる。
「……っ? あ、あなたこそなんでいるんですかっ!」
「そんなの貴方には関係無いでしょう?」
「関係あります。貴方は朝っぱらから遠野の家にいるべき物体ではありませんから」
「ぶ、物体……」
先輩も凄い言い方をするなぁ。
「ふん。それは貴方の属する組織での常識でしょう? わたしには関係無いわ」
「いや、普通の常識でも朝早くから遊びに来るってのは迷惑だと思うけど」
さりげなく普段のアルクェイドへの嫌味を言ってみる。
「……ご迷惑でしたか?」
すると先輩がその言葉を受けてしまった。
「あ、いや、その、うん。朝ご飯は食べ終わったし、今はそんなに迷惑な時間じゃないと思うよ」
多分。
「現在10時を過ぎたところです」
翡翠が時間を教えてくれた。
「……うわあ」
かなり微妙だ。
迷惑といえば迷惑な時間だけど、普段はもっと早く起こされてるんだからなんともいえない。
子供の頃なんか休日朝8時くらいから遊んでたからなあ。
「年を取ると朝起きるのが早くなるって言うしね。シエル、あなた更年期なんじゃない?」
ケンカ売りまくりなアルクェィド。
「化物風情の貴方にそんなことは言われたくないですね」
うわあ、一触即発だよ。
「ま、まあまあ。落ち着いて先輩」
「もう。遠野君。なんでこんな輩がいるんですか?」
なだめようとしたら俺に矛先が来てしまった。
「……えーと、それは、その」
さてどうしたもんか。
まさか屋根裏に住ませることになりましたなんて言えない。
「それはわたしが……もごっ?」
慌ててアルクェイドの口を塞ぐ。
「い、いや、そのさっ。こいつはもっと朝早くから遊びに来ててさ。困ったもんだよな、はははっ」
「むーっ! むーっ!」
じたばたするアルクェイド。
「……なるほど。自覚のないバカ猫は困りますね」
やれやれと溜息をつく先輩。
さっきのがアルクェイドへの嫌味だったと気付いたようだ。
「で、なんで口を塞いでるんですか?」
「う」
やっぱ聞きたくなるよなあ。
「いや、その、コイツ、口を開けば悪口ばっかりだからさ。ちょっと大人しくさせようかと思って」
「それは確かですね。どうです? この際口を封じてしまうって言うのは」
爽やかな笑顔で怖いことを言う先輩。
「……ぷはっ! 何するのよ志貴っ!」
気を取られた隙にアルクェイドに逃げられてしまった。
「おまえが余計なことを言うからだ、ばか」
余計なことというのはもちろん自分が屋根裏に住んでいるということである。
「え? わたし何か言った?」
をい。
「ああ、もう……」
どう説明したらいいんだ。
先輩が目の前にいたら「屋根裏部屋のことだ、ばかっ」なんて言えないし。
かと言って「先輩の悪口のことだよ」なんて言ってもアルクェイドはそのまんまの意味で取るだろう。
それじゃあ意味が無い。
シエル先輩に気付かれないでアルクェイドに俺の意思を伝える方法。
「……ぬう」
どうすればいいんだ。
「遠野君。こんなのは放っておけばいいんですよ」
「いや、その……」
そういうわけにもいかないのである。
放っておいたら何を仕出かすかわかったもんじゃない。
「……ん」
そうだ、これなら通じるだろう。
「……」
俺はアルクェイドに向きなおり、右手の人差し指をまっすぐに立てて唇に当てた。
いわゆる「静かにしろっ」という合図である。
もっともこの場合は「屋根裏部屋のことは黙ってろよ」という意味の合図だ。
これなら先輩には「静かにしろ」の意味に見えるだろうし、アルクェイドにもきっと通じる。
「なに? 志貴、指がどうかしたの?」
「……」
俺は力なくうなだれた。
駄目だこいつは。
ほんの少し前まで万能だと思ってたけどとんでもない。
やっぱり全然役立たずである。
「アルクェイドさま、シエルさま。議論は構わないのですが、先ずは屋敷の中へいかがでしょうか?」
そこで翡翠がそんなことを言ってくれた。
「そ、そうだよ。せっかく遊びに来てくれたんだからさ。ケンカしないでさ」
「……むぅ」
「そうですね。すいません、つい熱くなってしまって」
よかった。これで時間が稼げる。
「では、シエルさまどうぞこちらへ」
「わかりました」
先輩がまず翡翠に案内されていく。
「むー……」
アルクェイドもそれについて行こうとする。
「ちょっと待てアルクェイド」
「ん、なに?」
今のうちだ。
アルクェイドに屋根裏のことは話してはいけないと念を押しておこう。
「おまえなあ。わかってるのか? 屋根裏にいるってのは言っちゃ駄目だってこと」
「え? なんで?」
「なんでって……あのなぁ」
コイツは本当にさっき教科書を丸暗記したやつと同一人物なのだろうか。
「むー。バカにしないでよ。妹に話すなってことはわかるわよ? 追い出されちゃうもん。なんでシエルに話しちゃ駄目かってこと」
「だって……それ聞いたら先輩怒るだろ?」
うん、絶対間違いなく怒る。
「いいじゃないの。はっきりするでしょ。志貴が誰のものかってこと」
「……」
俺はモノですか。
「いや、まずいって。そんなことになったら先輩と顔合わせられないじゃないか」
それこそ真にシャレにならない。
まだ学生生活は長いのだ。
「いいじゃない。会わなきゃ」
「無理だって。学校だってあるんだ。それに先輩には色々世話になってる」
「むー」
ものすごく不満そうな顔をするアルクェイド。
しょうがない、奥の手を使うか。
「そんなワガママ言うんだったら今すぐ出て行け」
そう言うと途端にアルクェイドの顔が変わった。
なんていうか、凄く悲しそうな顔になってしまう。
正直かなり心苦しい感じだ。
「……いじわる」
そして俯き加減でそんなことを言ってくる。
そういう仕草は反則である。
「あー、うー……」
いったい俺にどうしろって言うんだ。
「頼むから我慢してくれよ。何でもするからさ」
必死で頼みこむ。
「……じゃあ」
折れてくれたようだ。
「じゃあ、なんだ?」
なるべく簡単なお願いなら嬉しいけど。
「キス、して?」
俺は思わず卒倒しそうになるのであった。
続く