離れるアルクェイド。
「それをさっきから悩んでるんだって……」
つまり、いかにしてアルクェイドを選んだかを説明しなきゃいけないのだ。
屋根裏部屋のことを抜きで、しかもアルクェイドが恋人であるということも秘密(ばれたら殺されそうだし)にしてである。
できれば円満に、なおかつ自然な流れで。
そんなこと、可能なのだろうか。
「あはっ。何やらお困りのようですねー」
そこへ妙に楽しそうな声が響いた。
こんな状況を楽しめる人はひとりしかいない。
「琥珀さん……」
遠野家随一の策士の登場であった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その7
「姉さん。何故ここに?」
翡翠が尋ねる。
「うん。部屋で待っていたんだけど、秋葉さまがいつまでたっても戻って来なかったから。何かあったんじゃないかなーって。そしたら案の定」
そう答え、俺に向かってにっこりと笑う。
「お困りのようですね?」
「まあ……うん」
「この部屋の中にシエルと秋葉がいるのよ」
「なるほど」
アルクェイドの一言で琥珀さんは全てを悟ってしまったようだった。
「それは非常に難しい問題ですね……うーん」
しかしさすがの琥珀さんもこの危機的状況にいいアイディアは出てこないようである。
「いや、いいんだ、琥珀さん。なんとか俺が頑張ってみるよ」
「え? でも……」
「前にも言っただろ? 出来る限り俺たちの力だけでなんとかするって」
「そう、ですかー……」
琥珀さんはとても残念そうな顔をした。
「いや、琥珀さんがいてくれてるだけでも心強いよ。ほんとに。感謝してる」
「あはっ、そうですか?」
「そうだって。なあ?」
アルクェイドと翡翠に賛同を求める。
「まあ、そうなんじゃない?」
アルクェイドは滅茶苦茶アバウトだった。
「やはり志貴さまは女性の扱いが上手くなられたと思います」
翡翠は翡翠で全然関係無いことを言ってくるし。
「……はっ。危ない危ない。わたしとしたことが志貴さんスマイルに騙されてしまうところでした」
ぱたぱた顔を扇いでいる琥珀さん。
気のせいか、顔も少し赤い。
「志貴さんスマイルに騙されるってそんな……」
苦笑するしかなかった。
「だって志貴さん。自覚は無いでしょうけど、志貴さんの笑顔は破壊力抜群なんですよ?」
「そ、そうなの?」
「はい。このわたしが言うんだから間違いありません」
そりゃ琥珀さんはいつも笑顔だからなあ。
その琥珀さんに認められるという事は、俺の笑顔はそんなに凄いものなのだろうか。
「うん。志貴の笑顔っていいわよね」
アルクェイドもしきりと頷いている。
「はい。見るととても気持ちが安らぎます」
翡翠までそんなことを言い出した。
「ちょっと待ってよ。俺、ただ笑ってるだけなんだよ?」
「そこがいいんですよ」
「うん。自然体の持つ輝きって感じよね」
「夏の向日葵のような笑顔です」
「……」
なんだか誉められすぎて気持ちが悪かった。
「……待てよ?」
笑顔か。
「よし、それだ!」
「それ?」
「ああ。上手くいくかわからないけど、とにかくやってみるよ」
秋葉と先輩のコンビに立ち向かうにはそれを駆使するかなさそうであった。
「秋葉さま。シエルさま。アルクェイドさまをお連れしました」
まず先だって翡翠がドアを開け、中へと入る。
「来ましたか……」
秋葉の声からは感情は読み取れない。
とりあえずは様子見だ。
アルクェイドを先に中へと入らせる。
俺は待機だ。
「……ずいぶんと遅かったですね、バカ猫」
先輩は怖い目つきでアルクェイドを睨んでいる。
「別に貴方と話をする気なんかないもの。わたしが用のあるのは志貴だけ」
「それはそれは。でも、それはわたしとて同じです。時間の無駄ですね」
「ふん」
そう言ってアルクェイドはドアを閉めた。
しかし、ちゃんと閉めたのではなく、僅かに隙間を空けてあるのだ。
翡翠がドアの前に立っているので中からは俺がいることは気付かれない。
翡翠に隠れて中の様子を伺うのだ。
「なんだか昼メロの修羅場みたいですねー」
琥珀さんは俺の隣で楽しそうだった。
「……静かにしてて。集中しなきゃ」
後は、タイミングを掴んで俺が中へと入るだけである。
「翡翠。兄さんはどうしたの?」
秋葉の声。
「志貴さまは、皆さんに会うのにこのままの格好では恥ずかしいからと着替えにいきました」
当然これはでまかせだ。
俺はここにいるんだから。
しかし俺の着ていた服を覚えている人なんかいないだろう。
そもそもどの服もほとんど似通っている。
着替えてきた、と主張すれば通るだろう。
一応念のために腕まくりをしたりして、誤魔化してあるのだ。
「そうですか」
少しむっとした感じのする秋葉の声。
怒り度でいったら10%くらいだろう。
「……」
まだ入るのには早い。
「いつ入られるんです?」
琥珀さんが尋ねてくる。
「怒りが頂点に達する直前が狙い目なんだよ。そこで俺が笑顔で入るんだ」
「なるほどー。志貴さまの笑顔で全てを0にする作戦ですか」
「ああ、0とはいかなくても、矛先を反らせることは出来ると思う」
「……そんなに上手くいきますかね?」
「う」
そう言われるとちょっと不安だけど。
「だ、大丈夫だよ。琥珀さん、俺の笑顔は破壊力抜群なんでしょ?」
「それはそうなんですけど……タイミングを誤らないでくださいね。爆発してからでは手遅れですよ?」
「うう……」
やばいなあ、すごい責任重大じゃないか。
「……なんですって?」
「!」
アルクェイドの低い声が聞こえた。
この声は、機嫌が悪い時の声だ。
「二度も言わせるんですか? あなたは今すぐ帰るべきだと言ったんです」
「なんで妹にそんなことを言われなきゃいけないのかしら?」
「私は遠野の当主です。当主として、兄さんの私生活に宜しくない影響を与える輩を迎え入れるつもりはありませんので」
「知らないわよそんなの。志貴はひとりの人間なんだから。あなたなんて関係無いの」
アルクェイドが珍しくまともなことを言っている。
「いえ、秋葉さんは関係有ります。秋葉さんは遠野君の身内であり当主。つまり、この家では一番偉い人間だと言えます。その人間があなたを迎え入れないと言っているんですから、それは遠野君の意思動向ではなく、絶対のものなんです」
「……シエル。あなた、妹の味方をする気?」
「そういうわけではありませんよ。ただ客観的な立場から意見を述べているだけです」
そう言いつつ先輩は明らかに秋葉の味方をしている。
やはりアルクェイドをまず追い出そうという計画なんだろう。
「いちいちめんどくさいわね……」
カタカタとドアが揺れる。
屋敷の中だというのに冷たい風が頬をよぎった。
「……いきなりまずいな」
アルクェイドがかなりいらつきはじめているようだ。
あいつは嫌いなやつはとことん嫌いだから、容赦をしないのである。
「あのー。もう止めたほうがいいんじゃないですかね?」
「だね……」
このままじゃ、笑顔でも止まってくれなさそうだ。
「……よしっ、行ってくるっ」
俺は意を決して、扉を開けるのであった。
続く