「あのー。もう止めたほうがいいんじゃないですかね?」
「だね……」

このままじゃ、笑顔でも止まってくれなさそうだ。
 

「……よしっ、行ってくるっ」
 

俺は意を決して、扉を開けるのであった。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その8





「わ、悪い、遅くなってっ」
「……」

アルクェイドがぎろりと俺を睨む。

うわあ、滅茶苦茶怖い。

だけどここでたじろいではいけないのだ。

「ずいぶんと遅かったですね。兄さん」

まず秋葉が口を開いた。

「ご、ごめん。ふ、服がなかなか見つからなくってさ」

ここを笑顔でいったら神経を逆なでしてしまうだろう。

おとなしく謝っておく。

「服? 変えてないじゃない」
「……う」

アルクェイドめ、余計なことを。

「そんなことはどうでもいいでしょう?」

するとシエル先輩がそんな事を言った。

「……」

睨み合う二人。

お互いに牽制しあっている感じだ。

「ま、まあまあ……」

俺、ほんとにこのメンバーをなんとかできるんだろうか。

「さて、兄さん。まずはそこへお座り下さい」
「あ、うん」

秋葉が指した席はちょうど秋葉の向かい側の席であった。

「アルクェイドさんもお座り下さい。こちらへ」
「妹に命令される筋合い無いわよ」
「アルクェイド。それくらいいいだろ」
「……むぅ。わかったわよ」

さっきから立ちっぱなしだったアルクェイドも椅子に座る。

左側の席だ。

右側には先輩が座っているので、ちょうど四角形のテーブルを囲う形となった。

「姉さんにお茶を煎れさせますか?」

そこで翡翠が秋葉に尋ねた。

「結構よ。すぐ終わるわ」
「あらあら。遠野の当主たる秋葉さんは客人にお茶も出さないんですか?」
「……すぐ琥珀に言いなさい」
「かしこまりました」

翡翠は会釈をして部屋の外へと出ていった。

「わざわざどうも」
「いえいえ、こちらこそ失言でした」

にこやかに笑う秋葉とシエル先輩。

だけど俺は二人から発せられるプレッシャーで気が気じゃなかった。

どうやら俺の出現によって二人の同盟は破棄されたようである。

「ねえ志貴。こんな胸のない妹とでかしりシエルなんて放っておいて遊びに行こうよ」
「ば、ばかっ!」

アルクェイドのやつ、言うにことかいてなんてことを。

「……なんですって?」

がたんと音を立てて秋葉が立ちあがる。

「アルクェイド。あなた、死にたいようですね……」

シエル先輩もさっきの数倍怖い顔をしていた。

ああ、また二人の意思が結束してしまったじゃないか。

「ま、まあまあまあまあ。アルクェイドの言うことなんか気にしないでよ。秋葉も先輩も、どっちもすごい魅力的なんだからさっ」

ここで必殺志貴さんスマイルを使う。

琥珀さんのいうことが正しいならば効果はあるはずだ。

「……どっちも魅力的と言う言葉は少し引っかかりますけど」
「確かにこんな人外の言葉に耳を傾ける必要はありませんね」

とりあえず二人は席についてくれた。

ああ、よかった。

一応俺の笑顔は効果があるらしい。

「何よ。志貴、二人の味方するの?」

今度はこっちが機嫌を悪くしてしまった。

「ああ、もう……」

おまえはさっきキスしてやったんだからちょっと我慢してろ。

心の中でそう叫ぶ。

「ごほん」

すると秋葉が大きく咳払いをした。

全員の視線が秋葉へ移る。

「それで兄さん」
「ん」

どうやら場を改めるための咳払いだったらしい。

「ここに今、三名の女性がいます」
「うん。そうだな」

アルクェイドにシエル先輩、秋葉。

「それぞれがそれぞれの用事で今日は兄さんと過ごしたいと思っています。ですから、みんなで仲良くというのは不可能なんです」
「そ、そうですか……」

やっぱりその選択肢は不可能だったわけである。

「シエルの用事ってなんなの?」

アルクェイドがシエル先輩に尋ねた。

「ええ。今日はわたしの家でちょっと自慢の手料理を食べて頂こうかと思いまして。まあ、料理の出来ない誰かさんには出来ない芸当ですね」

ぴき、と秋葉の顔が強張る。

「それはそれは……ですがシエル先輩。カレーばかりでは栄養のバランスは悪いですし、スパイスの使いすぎで頭が悪くなるんじゃありませんか?」
「ご安心を。確かにわたしはカレーが好きですけど、それ以外だって作れちゃうんですから」
「え、先輩、他のもの作れるの?」

俺は驚いて尋ねてしまった。

「……遠野君。わたしを何だと思ってるんですか?」

苦笑ぎみのシエル先輩。

「い、いやあ、その、ははは……」

今まで先輩の家に行ってカレーと名のつくもの以外が出てきた事ってないからなあ。

「とにかく。カレー以外も作れるんです。あなたに心配される必要はありません」
「む、むう……」

反論できなくなってしまった秋葉。

「妹はどういう用事があるの? 別に毎日家で一緒なんだから、今更用事も何も無いでしょ?」

そんな秋葉に再びアルクェイドが尋ねた。

アルクェイドも今は屋根裏部屋に住んでいるから、そういう意味では秋葉と互角かそれ以上である。

そんな余裕があるからできる質問だろう。

「私は……その。兄さんに新しい服を選んでいただこうかと思いまして」
「服? おまえ、この前も買いに行ったじゃないか」

確か先先週くらいだったろうか。

秋葉の洋服選びに突き合わされ、あまつさえ以前の有彦のように荷物運びをやらされたのだ。

あれは思い出しただけでも憂鬱な日だ。

「そ、それは……その。き、今日は逆ですっ。兄さんが服を買うんですっ」
「え? 俺が?」

どういう風の吹きまわしだろう。

思わず窓の外を眺めてしまう。

――よかった。まだいい天気だ。

「明日は雨かもしれないわね」

安心しているとアルクェイドが余計なことを言ってしまった。

「う、うるさいですね。兄さんはあんまり服を持ってないですから、服を買って差し上げるんですっ。問題ありますっ?」
「ふーん……」

一応アルクェイドは納得したようだ。

「そういうあなたこそどうなんですかっ!」

逆に秋葉がアルクェイドに尋ねる。

「んー? わたしは志貴と一緒だったらなんでもいいよ?」

アルクェイドはあっけらかんに言った。

「ふん……そんな程度で兄さんがなびくと思ってるんですか?」

見下したような視線をアルクェイドに送る秋葉。

「いいでしょう秋葉さん。それがそれの言い分なんですから」

先輩も余裕綽々だった。

「さあ遠野君。今日は誰と休日を過ごす気なんです?」
「……ん」

いよいよ決定しなくてはならない。

「ええと」

もちろん選ぶのはアルクェイドだ。

だけど今の流れからいって、アルクェイドを選んだら絶対理由を尋ねられるだろう。

「……」

えーと、うまい理由。

「さあ、兄さん」
「え、ええと……」

しまった。

肝心なことを忘れていた。

俺は笑顔さえあればなんとかなると思って、それ以外は何も考えてなかったのだ。

「……」

どうしよう。

アルクェィドのやつがもっとまともなことを言ってくれればよかったのに。

だが今更アルクェイドを責めてもしょうがない。

「え、ええと」

背中を冷たい汗が流れる。
 

だけど、人間いざってなればいい考えが浮かぶものだ。
 

俺は誰もが納得してくれる、とっておきの言葉を思いついた。

「そうだ……」
「決めたんですか?」
「みんな一緒なんてのは認めませんからね?」

秋葉と先輩がばちばちとプレッシャーをかけてくる。

だけどもう怖くない。

「ああ、みんな。聞いてくれ」

大きく深呼吸。

慌てることはない。

これで全部大丈夫だ。
 

「俺が今日付き合うのは……」
 

俺は全員の顔をそれぞれ見てから、大声で言った。
 

「俺が今日付き合うのは……有彦なんだっ!」
 

その瞬間、場が凍りつくのであった。
 

続く



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