「ああ、みんな。聞いてくれ」

大きく深呼吸。

慌てることはない。

これで全部大丈夫だ。
 

「俺が今日付き合うのは……」
 

俺は全員の顔をそれぞれ見てから、大声で言った。
 

「俺が今日付き合うのは……有彦なんだっ!」
 

その瞬間、場が凍りつくのであった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その9







「……あ、あれ?」

おかしいな。ここはもうちょっと違う反応があるはずだったのに。

苦笑されながら「それなら仕方ないですね」と。

「と、遠野君……もしやそっちの気があったんですかっ?」
「へっ?」

いきなりシエル先輩が意味不明なことを尋ねてきた。

「し、失礼な! 兄さんはそんな変態じゃありませんっ!」

秋葉は何故か必死の形相で俺を弁護してくれている。

「お、俺、変なこと言った?」

思わず尋ねてしまう。

「明らかに変です! 三人もの女性から誘いを受けて、何故そこで出てくるのが男性の名前なんですかっ?」
「……いや、だから、その、今日は有彦と約束があるから、それを優先したいなーと」

そういうつもりで有彦なんだと言ったのである。

もちろん有彦と約束なんかはしていない。

真っ赤な嘘だ。

とりあえずこの嘘で秋葉と先輩を納得させ、後はアルクェイド、という展開に持っていくつもりだった。

だっていうのに、なんでこんなに驚かれてるんだろう。

「そ、そ、そうなんですか。わたしはてっきり遠野君がやお……ゴホッゲホッ」

先輩はよくわからないことを言いかけて咳き込んでいた。

「そんなわけないでしょう、まったく。……まあ、確かに疑わしいところはありますが」

秋葉もなんだか複雑な納得の仕方をしていた。

「ちょっと志貴。どういうことなのよ」

そして丸っきり納得してないなのがこいつだ。

俺はさっきアルクェイドと休日を過ごすつもりだと言った。

だがここでは、嘘とはいえ有彦と過ごすと言ってしまったのだ。

そりゃあ怒るだろう。

だがこれも計算のうちだ。

アルクェイドが演技でなく本当に怒っているからこそ、その嘘が真実味を帯びてくる。

敵を欺くにはまず味方からというしな。

「そのまんまだよ」

俺は極めて冷静を装いつつ答えた。

だが内心はかなり緊張している。

アルクェイドが余計なことを言いやしないかという不安が消えてくれないからだ。

「今日は有彦と約束があるんだ。みんな、ごめん」

俺は頭を下げた。

「……」
「……」

先輩と秋葉は何も言ってこない。
 

「だってさっきは……」

うわあ、いきなりまずい。

やっぱりアルクェイドは余計なことを言い出してしまった。
 

「お待たせしましたーっ。琥珀さん特製の紅茶が入りましたよーっ」
 

そこへ、あからさまにタイミングを計っていたような琥珀さんが入ってきた。

「すいません。時間がかかってしまいました」

次いで翡翠が現れる。

「琥珀さん……」
「あはっ。どうされたんですか? 皆さん。なんだか難しい顔をされていますねー」

なんていいながら琥珀さんはアルクェイドに近寄っていった。

「どうぞ」

翡翠は琥珀さんの用意した紅茶をそれぞれの前へと置いていく。

「ありがとうございます」

丁寧にお礼を言うシエル先輩。

「遅かったわね」

対称的に不機嫌そうな顔の秋葉。

「申し訳ありません。新しい葉を探すのに手間取りまして……」

と、翡翠が弁論をしている間に琥珀さんは「アルクェイドさん。笑顔が一番、笑顔が一番ですよー」なんて言いながらアルクェイドに何かを握らせていた。

先輩や秋葉の視線は翡翠を見ていたから多分気付かれなかっただろう。

「まあ、お茶の出来はいいから今回は見逃してあげます」

秋葉は紅茶を一口飲んでそんなことを言った。

「あはっ。光栄ですねー」

琥珀さんは秋葉に向かってそんなことを言いながら、後ろ手で俺に向かってブイサインをしていた。

どうやらアルクェイドをなんとかするために一肌脱いでくれたようだ。

「それで兄さん。有彦さんと約束があるというのは本当なんですか?」
「ああ。ほんとだよ。だから有彦を優先したいんだ」

なんて堂々と言いきってしまう自分が少し怖い。

「ならば、電話で乾君に確認しても問題無いですね?」

シエル先輩がそんなことを尋ねてくる。

「う、うん……」

有彦のことだ。うまく話を合わせてくれるに違いない。

「……」

横目で見ると、アルクェイドはこっそり琥珀さんに渡されていた何かを眺めているようだった。

だんだんとその顔が笑顔に変わっていく。

「じゃあ、今から確認しましょ? その乾って人に電話ででも」

そうしてそんな事を言った。

どうやら琥珀さんはうまいことを書いていてくれたようだ。

「そうですね……」

秋葉はしぶしぶといった感じで頷いている。

「本当に約束があったならばわたしたちは諦めなくてはいけませんね」

先輩も苦笑しながらそんな事を言っている。

どうやら作戦はうまくいっているようだ。

後は電話で有彦に全てをゆだねるだけだ。

全てをゆだねなきゃいけないのが有彦って言うのがちょっと不安だけど。
 

まあ、後はなるようになるだろう。
 
 
 
 
 

「んー……有彦のバカなら朝からパチンコ行くとか言ってたような気がするよ。部屋見たけどいないし」
「ま、マジですか……?」

まるでなるようにならなかった。

電話に出たのはイチゴさんで、有彦の行方を尋ねたらそんな答えが返ってきたのだ。

有彦のやつ、いつもなら昼過ぎまで寝てるくせに、こういうときばっかりそうなのである。

ひょっとしてあんまりにも嘘ばっかりついてるから俺に天罰が下ってるのだろうか。

いや、学生がパチンコに行くってのはおかしいから有彦が悪い、悪いに決まってるっ。

なんて有彦を責めてもしょうがない。

その有彦がいてくれなきゃどうしようもないのだ。

まいった。どうすればいいんだろう。

「兄さん。どうしたんです?」
「あ、いや、その……」

有彦は今いないなんて言ったら、即刻俺の嘘がばれてしまう。

「貸して下さい」
「あっ……」

言い訳を考える間もなく秋葉に受話器を取られてしまった。

「もしもし。乾先輩ですか?」

そして数秒で秋葉の顔色が変わる。

当たり前だ。電話の声はイチゴさんなのだから。

「……あなたは……? はい……そうですか……」

受話器の向こうのイチゴさんと秋葉の会話が繰り広げられている。

「ならお聞きしたいんですけど。乾先輩と兄さんが……」

イチゴさんの声はまるっきり聞こえないので俺はかなりどきどきしていた。

いや、覚悟を決めていたと言ってもいい。

「はい? はい。……そうです。ええ……」

イチゴさんは当然、真実を話してしまうだろうから。

「……そうですか。わかりました」

秋葉はそう言って受話器を耳から外した。

答えが出たのだろう。

「兄さん」
「……ああ」

秋葉の声は冷静だった。

これは嵐の前兆ということなのだろうか。
 

「今、乾先輩のお姉さんに確認を取りました。確かに乾先輩は兄さんと約束した、間違い無いと仰っています」
 

「……え?」

俺は自分の耳を疑った。

今、なんて言った?

「い、イチゴさんがそう言ってたの?」
「はい。本人だけではなく他人の証言まであるのでは嘘だとは思えませんね。兄さんを信用します」
「ちょ、ちょっと貸して」
「……どうぞ」

秋葉から受話器を受け取る。

「もしもし? イチゴさん?」
「ん、有間か。どしたん?」
「どしたんってそれはむしろ俺が聞きたいですよ」

イチゴさんは今俺のおかれている状況を知らないはずだ。

なのになぜ、有彦と俺が約束をしているという嘘に付き合ってくれているんだろう。

「ああ。いや、別に大した事じゃないさ。なんとなく昨日の彼女のせいでひと悶着起きたんじゃないかと思ってね。家に逃げてきたいんだろ?」

イチゴさんは実にさっぱりとした口調でそう言った。

「え……その、はい……」

大雑把ではあるが正しかった。

乾家に逃げたいということは間違いない。

とにかく今の状況がまずいのだ。

それに、原因のひとつはアルクェイドでもある。

まさか、昨日デパートでアルクェイドとイチゴさんが出会っていたのがこんなところで生きてくるなんて。

俺は運命の神様とイチゴさんに心から感謝した。

「どうせ今日は暇だしさ。かくまってやるよ。待っててやるから彼女を連れて来な」
「はい……その、なんていうかすいません」
「気にするなって。んじゃな」

そうして受話器を置く音が聞こえた。

「ええと……これで納得できたかな?」

秋葉と先輩に意見を求める。

「今更何も言いません。ですが兄さん。約束があるのでしたらもっと早く言ってください」
「わ、悪かったよ」

秋葉はさすがに文句が多い。

「遠野君。今日は乾君に譲りますけど、いつか食べに来て下さいね」

先輩は見事な引き際だった。

「あ、はい。……痛てっ!」

見るとアルクェイドが俺の左手をつねっている。

「え、ええと、その、機会があったらで……」

仕方なしにそう答えることにした。

「いつでも待っていますからね」

先輩がそんな事を言っている間にはもうアルクェイドは見知らぬ素振りである。

なんだか子供っぽい嫉妬の形がちょっとほほえましかった。
 

「どうやら上手くまとまったみたいですねー」

そうして琥珀さんがぽんと手を叩き、嬉しそうな顔をしている。

「はは……」

今までの展開を一番、というか唯一楽しんでたのはこの人だけだろう。

「では志貴さんは乾さんのお家へお出かけするとして……いかがです? せっかくですしご一緒に仲良くお茶というのは」
 

『結構ですっ』
 

二人の声が綺麗にハモるのであった。
 

続く



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