間違いなく秋葉は学校にいたときより変になってしまっている。
ひょっとしたらアルクェイドのやったことは時間が経つと効果が増すものなのかもしれない。
俺のことだけならまだいいけど、秋葉や先輩まで巻きこんだのはちょっと腹が立った。
二人は完全な被害者なのだ。
あのバカ、帰ってきたらしかってやろう。
だが、しかし。
「……もう日が変わるな」
いくら待ってもアルクェイドは帰ってこないのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
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「志貴さま、起床のお時間です」
「……」
翡翠の声で目が覚める。
「……もう、そんな時間か」
結局俺はアルクェイドを待ったまま眠ってしまったようだ。
「アルクェイドは……見てないよね」
「はい。何かご用事が出来たのではないでしょうか」
「そっか」
あいつも色々と小細工をやってるから後ろめたいのかもしれない。
「わかった。ありがとう。着替えて下に行くから。秋葉はどう?」
「秋葉さまは昨日のままのようです」
「……そうか」
そうなると俺もそれなりに気合を入れなくては。
なんせ今の秋葉はハイパーお嬢様状態なのである。
「ごきげんよう、お兄様」
いきなりごきげんようと来ましたぜ、旦那。
「ご、ごきげんよう秋葉」
たじろぐ俺を見て琥珀さんがくすくすと笑っている。
「お兄様、もう少し早く起きなくては優雅な朝食の時間は過ごせないですわよ?」
今度はですわよと来た。
「わ、わかってるよ。今度から気をつける」
「それから制服のボタンが止まっていません。きちんと一番上まで止めてくださいませ」
「……う、うん」
仕方なく一番上まで止める。
琥珀さんは声は出してないけどかなり肩が震えていたりした。
「琥珀、スプーンを」
「あ、はい。どうぞー」
瞬時に元に戻れるあたりが流石である。
「はぁ」
今日の朝ご飯はエレガント代表のクロワッサンとコーンスープだ。
とりあえずスープを口に運ぶ。
「お兄様。なんですか。そんな音を立てて、はしたない」
「……うう」
いつもの秋葉より厳しい。
っていうかはしたないなんて言葉、現実で初めて聞いたぞ俺は。
「まいったなあ、まったく……」
こんな秋葉と一緒じゃ普段よりも気が滅入ってしまう。
「……」
ただ琥珀さんだけはいつもよりも数倍楽しそうに笑っていたのであった。
「あなたを犯人です」
「……わかってる。必ず言っておくから」
学校でアルクェイドさんを見つけたら絶対に言ってくださいねと翡翠に強くお願いをされて屋敷を出る。
「行ってらっしゃいませー」
琥珀さんはやっぱりいつもよりニ割増くらいの笑顔で見送ってくれた。
「……」
秋葉はお嬢様らしくしゃなりしゃなりと足を進めていく。
正直相当に鈍足である。
合わせて歩くのがキツイ。
「あ、秋葉。もう少し早く歩かないと遅刻しちゃうんじゃないかな」
「……すいませんお兄様。これでも精一杯歩いているんですが……」
くらりと秋葉がよろめいた。
「おっと」
慌てて秋葉を支える。
「す、すいません兄……様」
「大丈夫か? 秋葉?」
俺ならともかく、秋葉がふらつくなんて。
「へ、平気です。すいません」
「……そうか」
平気だとは言っていても秋葉はどこか顔色が悪かった。
「いよーい、お二人さん朝から仲がいいねえ」
そこへ自転車に乗った有彦が現れる。
俺が秋葉を抱きしめているように見えたので茶々を入れたのだろう。
「……どうした? おい」
だが秋葉の顔色を見て真面目な態度に変わる。
「秋葉がちょっと具合悪いみたいなんだ。どうする? 家に引き返すか?」
「そのようなわけには……」
そう言って歩き出そうとするがやはり足取りがおぼつかない。
「有彦、悪いけど秋葉を後ろに乗せて家まで連れて行って欲しい」
「了解」
有彦が秋葉を引きとめる。
「秋葉ちゃん。無理はいけねえ。コイツにも何度も言ってるけど、周りの人間も心配するんだからな。自分と周りと両方のことを考えるんならココは帰って休んだほうがいい」
「……ですが」
秋葉が俺のほうを見る。
「休んだほうがいい。授業が始まってから帰るんじゃ大変だしさ。秋葉は頭がいいんだから一日くらい休んでも大丈夫だよ」
「……わかりました。ここはお二方の言葉通りにします」
「そうしてくれるとありがたい。じゃあ頼むぞ有彦」
「おう」
自転車の後ろに乗るのもおぼつかない秋葉をなんとか乗せてやり、有彦たちは高速で屋敷のほうへと飛んでいった。
「……」
秋葉のやつ、大丈夫だろうか。
「遠野君」
校門にシエル先輩が立っていた。
「お話、宜しいですか?」
「……ああ」
それはものすごく真剣な目であった。
「ここならいいですかね」
昼食の時間は人で賑わう中庭も早朝は静かだった。
「……何の話?」
「アルク先生を思い出してください」
「……アルク先生」
俺はアルクェイドと別人だと思っているのだが、どうやらアルク先生はアルクェイドと同一人物らしい。
「わたしはあの先生をただの先生だと思っています。……いえ、多分そう思うようにアルクェイドに仕組まれているんでしょう。あれはアルクェイドのはずです」
「こ、琥珀さんがそう言ってたけど……」
「……そうですか。やはりアルクェイドに何かされているようですね」
先輩は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「昨日のわたしはおかしかったですか?」
「う……うん。ちょっとおかしかったかもしれない」
それはアルクェイドに暗示をかけられたせいなんだろう。
「だけど先輩も暗示をかけられてるんだったらどうしてそれを?」
「いえ、わたしの使い魔がどうもおかしいと言い出しまして」
「つ、使い魔ですか」
妙にファンタジーな印象を受ける言葉である。
「はい。それが言うにはですね。『体育教師は別の人だった。魚住先生も数学教師だったはず』と」
「ゴリ……魚住先生が?」
そういえば俺も確かあの人が違う授業の先生だったと思っていた気がする。
ゴリアテは数学教師だっただろうか。
「……っ!」
考えようとすると頭痛がする。
「あまり深く考えないで下さい。多分そのあたりの記憶を制御されてますので。わたしは訓練されているからまだマシですけど遠野君は辛いはずです」
「……悪い」
大人しく先輩の話だけを聞いていることにした。
「だから今日わたしはアルク先生がアルクェイドなのか確認しなくてはいけません」
「うん……メガネを外してもらえばそれがわかると思うけど」
「いえ。その程度でばれる暗示をやるとは思いませんから。もっと確実な証拠を用意してあります」
「……確実な証拠?」
「ええ。これを見てください」
先輩は腕を捲り上げた。
そこにある深い傷痕。
「せ、先輩っ?」
「昨日ですね。アルクェイドと戦ったんです。本気で」
「そ、そんなっ? どうして?」
「当然でしょう。わかっているんですか遠野君? わたしですら欺ける暗示を学校の生徒教員全員へかけているんですよ? それがどんなに恐ろしいことかを」
「……恐ろしいって……そりゃやりすぎだとは思ってるけど」
「アルクェイドは吸血鬼です。誰にも気付かれないまま生徒教員全ての血を吸うことが出来ると言うことですよ」
「そ、そんなことアルクェイドがするわけ……」
「この際アルクェイドの意思は関係有りません。そのような状況を作り出したことが既にあれを抹殺しなければいけない理由になってしまうんです」
「……」
先輩は大きく深呼吸をした。
「戦いでアルクェイドにも深手を負わせました。いくら真祖だろうと一日そこいらで治る傷ではありません。だからアルク先生にその傷があれば」
「……アルクェイドだっていうのか」
「ええ」
「……」
言葉が出ない。
「……それで。もし、アルク先生がアルクェイドとわかったならば」
「ならば?」
先輩は覚悟を決めたような顔をしていた。
それは本当に、悲壮な覚悟を。
「たとえ刺し違えたとしてもわたしはアルクェイドを殺します」
続く