「戦いでアルクェイドにも深手を負わせました。いくら真祖だろうと一日そこいらで治る傷ではありません。だからアルク先生にその傷があれば」
「……アルクェイドだっていうのか」
「ええ」
「……」

言葉が出ない。

「……それで。もし、アルク先生がアルクェイドとわかったならば」
「ならば?」

先輩は覚悟を決めたような顔をしていた。

それは本当に、悲壮な覚悟を。
 

「たとえ刺し違えたとしてもわたしはアルクェイドを殺します」
 
 








「屋根裏部屋の姫君」
3の11
















「時間が来るまでお話でもしましょうか」
「時間?」

俺と先輩は茶室へ来ていた。

とてもじゃないけど授業に出るなんて心境じゃない。

「ええ。2時間目が数学ですから。アルク先生とご対面です」
「……」

先輩は笑顔だというのに悲しそうである。

「先輩。止めようよ。アルクェイドは俺がなんとかするから。それでいいだろ?」

アルクェイドと先輩が本気で戦うってのも嫌だし、先輩にそんな顔をされているのは尚辛い。

「そういうわけにはいきませんよ。遠野君は一般人なんですから。巻きこむわけにはいけません」
「だ、だから。アルクェイドだって説得すれば……」
「……説得すれば言うことを聞くだろうと?」
「ああ」
「そうは思えませんね」
「な、なんでっ?」
「普段のアルクェイドならばわたしだってそこまでしませんよ」

そう言って腕を捲くる。

そこにはさっきも見せられた深い傷痕がある。

「実を言うとですね。アルクェイドにこんな傷をつけられたのは初めてなんです」
「……初めて?」
「ええ。わたしが傷を再生できた時ですら、です」

今の先輩にはそんな再生能力は無い。

それはアルクェイドも知っている。

そのシエル先輩にアルクェイドは初めて傷をつけたという。

「そう……なのか」

あいつがそんなことを。

「1度目のわたしは妨害にすらなりませんでした。あっさりと気絶させられ、それで終わりです」
「止めもささずに?」
「ええ。帰っただけなんですよ」
「……」
「何度目の戦いで第七聖典によってわたしがアルクェイドに深手を負わせました。……その時ですらアルクェイドはわたしを気絶させただけ」

先輩は力無く笑った。

「かつてのアルクェイドにとっての最優先事項は他の真祖を駆逐することでしたから。わたしなんて興味の対象ですらなかったんでしょうね。人を殺したらまた面倒なことになりますし。だから殺さなかった」
「……」
「それから遠野君に出会った後のアルクェイドにいきなり話しかけられたんです。『しつっこいわねあんた』って。びっくりしましたよ。言葉を話せるなんて思ってませんでしたから」
「……先輩、やめようよ、もう」

シエル先輩の頬を涙が伝っていた。

「わたしは……正直アルクェイドを殺したくはありません」

そしてぽつりと呟く。

「だったら、だったら止めればいいじゃないか。そんな無理しなくたって!」
「……」

沈黙する先輩。

そのまま無言でと窓の傍へと立った。

「……秋葉さんは元気ですか?」

窓の外を見たまま先輩がそんな事を言う。

「え?」
「秋葉さん。元気ですか?」
「急に……何を」
「元気ではないでしょう」

くるりと振りかえるシエル先輩。

「あ……ああ」

先輩の言う通り秋葉はおかしかった。

体調も悪化しているし、人格は明らかに変わっている。

「暗示というのはですね。信じていないものや別の情報を持っている人間には効きにくいんですよ。アルクェイドの魅了の瞳とてそれは変わりません」
「……」

それは催眠術の話なんかでよく聞くことがある。

信じてない人にはまるで効果がないと。

「だからアルクェイドのことを知っている人間。秋葉さんなんかに暗示をかけるときは相当に強力なものをかけなくてはいけないんですよ。そしてその暗示が強力なほど拒絶反応も酷くなります」
「拒絶反応?」
「潜在意識では本来の自分の行動と今の自分の行動が違うことを理解しているんです。だからそこがストレスになる。それは身体にすら影響してきます」
「それで突然体調が悪くなったりするっていうのか……」

やはりあれもアルクェイドのせいだったのか。

「はい。昨日の秋葉さんの態度を見るに、人格まで影響されていませんでしたか?」
「……あ、ああ。人格もおかしくなってた」
「そうですか。では告げましょう。秋葉さんは数日中に精神が崩壊すると」
「なっ……」
「真祖や吸血鬼の魅了はそもそも吸血衝動を行いやすくするためのものですから。相手の精神のことなんか知ったことではないんです。ただ血を吸えればそれでいい」

爪が食いこむほど拳を握り締めるシエル先輩。

ぽたりと血が畳に零れ落ちた。

「もうひとつですね。暗示にかかりにくい人間と共にかかりやすい人間もいるんですよ。昨日、1人の先生が途中で早退したそうですが」
「それは……多分国語の先生だよ」

4時間目、国語の先生は最後まで現れなかったのだ。

「そうですか。その人は自分がなんでこんなところにいるのかすらわからなくなっていたそうです。恐らく暗示の効き過ぎが原因でしょうね」
「そんな……無関係な人まで」
「ええ。もう巻きこんでいるということですよ。今後、同じ症状を起こす人が現れる可能性もある」
「……」

言葉にならなかった。

まさかそんな深刻な事態になっていただなんて。

「……このままいけばわたしもおかしくなってしまうかもしれない。そうしたらアルクェイドを止められる人間はいなくなる。だから今止めなくてはいけない」
「わかったよ。先輩」
「遠野君?」
「アルクェイドのやつがとんでもないことをしていることはわかった。だけど、あいつ絶対そんな事わからないでやってると思うんだ。だから、最初に俺に説得させてくれ」

それでもまだ信じたかった。

アイツがそんなだいそれたことをするなんて信じられない。

きっといつもの悪戯の延長線で、ちょっと調子に乗りすぎただけなんだ。

「わかりました。まずは遠野君に譲りましょう。ですがそれでも駄目だったならば、覚悟はいいですね?」
「……」

それはアルクェイドを殺してもいいですね、という意味だ。

そんなことを簡単に。

「……簡単にイエスとは言えない」
「答えはどちらでも構いませんが……邪魔はしないでください」
「……」

先輩はやはり本気だ。

本気でアルクェイドを殺そうとしている。

なんとしてでもその前にアルクェイドを説得しなくちゃいけない。
 
 
 
 
 
 

「さて……時間ですかね」

そう言って先輩は立ちあがる。

ただ沈黙のまま時間だけが過ぎてしまった。

アルクェイドを上手く説得出来る言葉は何も思いついていない。

「遠野君、行きますよ」

そう言って先輩は俺に何かを手渡してきた。

「……これは?」
「遺書です。もうわたしは死んだらそれっきりですからね。こうして話すのも最後かもしれませんし。何かあったら遠野君だけでも逃げてください。弔い合戦なんて考えちゃ駄目ですよ?」
「せんぱ……」

涙が込み上げてくる。

先輩ともう二度と会えないなんて、そんなこと考えたくない。

「……いらない、こんなの。俺がアルクェイドを説得して終わるんだから」

俺はそれをびりびりに破った。

「困りますね遠野君。……これじゃわたし、絶対死ねないじゃないですか」
「死なせない」
「期待……してますよ?」

そう言ってシエル先輩は少しだけ笑ってくれた。
 
 
 
 
 
 

「アルク先生」

廊下でアルク先生に声をかける。

不思議と生徒の姿は無い。

「わざわざ人払いしてくれたんですか? アルクェイド」

シエル先輩が挑発的なセリフを吐く。

「あら、何の話かしら」

くすりと笑うアルク先生。

やはり俺にはアルクェイドと別人にしか見えない。

「あ、アルクェイド。もう誤魔化さなくたっていいんだ。おまえはアルクェイドだろう? 琥珀さんに聞いた。もう知ってるんだよ」

それでも俺はそう言った。

そう言えばアルクェイドのほうから自滅してくれるかもしれないからだ。

「琥珀? 誰なのそれ? わたしは知らないわ」
「アルクェイドっ!」
「遠野君。まだるっこしいことは止めにしましょう。手っ取り早く本人だと確認すべきです。……アルク先生? 申し訳無いんですが、左腕を見せて欲しいんですが」
「左腕?」

アルク先生が左腕を上げる。

アルクェイドと同じ袖が長いものなので肌は全く見えない。

「ええ。それをちょっとまくっていただければ」
「……まくればいいのね?」

アルク先生はそれを聞いて笑ったように見えた。

そうしてそのままアルク先生の腕が現れる。

「あ……」
 

傷は――無かった。
 

「そ、そんなっ?」

驚愕の声を上げる先輩。

「どう? これで満足かしら?」

一方で不敵に笑うアルク先生。

「……」

先輩は昨日アルクェイドに深い傷をつけたという。

その傷がもう完治してしまったのだろうか。

だが、真祖の治癒力を考えたらそれはありうることなのだ。

なんせアルクェィドは俺に17分割されても蘇ったのだから。
 

「……ふ、ふふふ。そうですね。わたしが貴方をなめていたようです。ならば、もっとわかりやすい方法を取りましょう」

先輩はそう言って笑うと俺のほうへと向き直った。

「な、何?」
「キスしましょう。遠野君」
「え」
「キスです。いいですよね? さあ」
「え、いや、ちょっと……」

先輩は有無を言わさず顔を近づけてくる。

先輩の唇が、間近に。

「う……」

目が逸らせない。
 

ぶんっ!
 

次の瞬間、俺の目の前を何か別のもの通過していた。

「う……わあっ」

俺はその風圧で倒れてしまう。

先輩はくるくると回転して着地していた。

「……やはり、これは我慢できなかったようですね。アルクェイド」

そう言って不敵に笑う先輩。

「調子に乗りすぎなのよ……シエル」

こめかみにしわを寄せたアルク先生。

その手は俺がさっきいたあたりに伸ばされていた。

つまりアルク先生がシエル先輩に攻撃を仕掛けたのだ。

「昨日消しておくべきだったかしらね……」

そう言いながらメガネを外すアルク先生。

「あ……アルクェイドっ!」

その瞬間、アルク先生がアルクェイドになった。
 

そう、やはりアルク先生はアルクェイドだったのである。
 
 

続く



あとがき
まずは前回のアンケートの集計の結果を発表します。
そのままでGOが26、リテイクが5。
リテイクの意見があまり少なかったのは嬉しかったですね。

しかしシリアスはやっぱり苦手ー(汗
シリアスをやっていてもギャグをやりたくなるのは悪い癖です(死
しばらくはシリアスですが必ずほのぼのに戻りますのでお付き合い下さいませ。
次回、バトルの予感(?



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