こめかみにしわを寄せたアルク先生。
その手は俺がさっきいたあたりに伸ばされていた。
つまりアルク先生がシエル先輩に攻撃を仕掛けたのだ。
「昨日消しておくべきだったかしらね……」
そう言いながらメガネを外すアルク先生。
「あ……アルクェイドっ!」
その瞬間、アルク先生がアルクェイドになった。
そう、やはりアルク先生はアルクェイドだったのである。
「屋根裏部屋の姫君」
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「アルクェイド」
「……」
俺たちは校庭に佇んでいた。
生徒は誰一人校庭に俺たちがいることに気づいてないだろう。
シエル先輩の結界で、校庭は別空間と化していた。
「……」
先輩は自分自身の体に特殊な力を持っていると思われる模様を刻んでいっている。
そして先輩が完全戦闘態勢になるまでの時間が俺に用意されたアルクェイドを説得できる時間なのだ。
「おい、聞いてるのかアルクェイドっ!」
「うるさいわね。何よ」
俺を睨みつけるアルクェイド。
その顔はかなり殺気立っている。
「アルクェイド。今なら引き返せる。バカなことは止めるんだ」
「それを言うならシエルのほうでしょ。あっちからケンカをふっかけてきたんだから」
「それはおまえが悪いからだ。おまえが先生なんかになりすますから」
「……それは志貴がわたしが学校に来ることを認めなかったからでしょ。わたしは悪くないわ」
「う」
そう言われると弱い。
だけどここで食い下がってはいけないのだ。
「だからってやりすぎだろ。秋葉は倒れちまうし、他にもおかしくなってる人が出てきてるんだ。今すぐ魅了の目とかいうのを解いてくれ」
「イヤ」
「アルクェイドっ!」
「……どうせシエルとはいずれケリをつけるつもりだったしね。ちょうどいいのよ」
「わかってるのか? 先輩はおまえを殺すつもりなんだぞ?」
「そうみたいね。どうやら完全武装で来るみたいだし」
だがアルクェイドはそう言っておきながらくすりと冷たい笑みを浮かべた。
「だけどその程度じゃわたしには殺せないわ。昨日だってちょっと傷は負ったけど、結局シエルの完全敗北だったんだから」
「……」
「わたしを殺せる人間なんて志貴くらいよ。それとも志貴はわたしを殺すつもりなのかしら」
「そんなこと、できるわけないだろ」
「そうよね。志貴、優しいもんね」
「……」
何も言い返せなかった。
例えアルクェイドがどんなに悪いことをやっているとしても、今の俺はアルクェイドを殺すことなんか出来ない。
それは既にアルクェイドに感情を抱いてしまっているからだ。
出会ってから今までの様々な感情。
「安心してよ。シエル相手じゃわたしが死ぬなんて絶対にないから。死ぬとしたら……シエルのほうよ」
「……アルクェイド」
だけど今のアルクェイドは見たこともない残酷な表情を浮かべていた。
どうしちまったっていうんだ、ほんとに。
「交渉決裂のようですね」
静かな声が響く。
「……先輩」
「実を言うとですね。遠野君は最後の希望だったんですよ。遠野君が説得して、アルクェイドが引いてくれればそれでいい。わたしもそんな願いを抱いていました」
「ま、待ってくれよ。先輩。まだ時間はかかるかもしれないけど、絶対説得してやるから」
「遠野君の気持ちはありがたいんですけどね。……アルクェイドが許してくれそうにありませんし」
瞬間、にこりと笑った先輩の姿が消えた。
先輩がいた空間にはアルクェイドが立っている。
「戯言はもういいでしょう? さっさとケリをつけましょうよ」
「……ね。もう、駄目なんです」
シエル先輩は数メートル離れた場所へと着地。
――どちらの動きも俺には全く見えなかった。
「遠野君、危ないですから離れていてくださいね」
「志貴の心配なんかすることないのよ。巻きこむまでもなく終わるんだから」
言葉を聞き終わるまも黒鍵が大気を切り裂く。
アルクェイドはそれを回避する気配もなく直進し――肩に黒鍵が突き刺さる。
だがアルクェイドの突進は止まらない。
「牽制なんて真似せずにその第七聖典を使ったらどうなの?」
「――言われなくても!」
カキィンッ!
アルクェイドの爪と先輩の持つその第七聖典の切っ先がぶつかり合う。
「加速しなければその武器も単なる重りね。動作が鈍いんじゃない?」
必死の形相の先輩と違い、アルクェイドは余裕の表情だ。
単純な腕力というものだけでも先輩とアルクェイドには差がありすぎる。
「しかし間合いを詰めれば当てやすくなりますのでね」
先輩が第七聖典の切っ先をずらした。
その途端かくんとアルクェイドがバランスを崩す。
アルクェイドの迫ってくる力の方向を変えたのだ。
「死になさい」
――そこへ放たれる第七聖典の切っ先。
閃光が目の前を覆った。
「アルクェイドっ!」
噴煙と共に舞う紙吹雪。
「っ……くっ……!」
だがそこから聞こえる苦痛の声はアルクェイドのものではなくシエル先輩のものだった。
「なるほど、確かに接近すれば攻撃は当てやすいわね……」
先輩を嘲笑うようなアルクェイドの声。
「……っ」
先輩の右手をぽたりぽたりと先輩の手を血が伝う。
「あれは……」
アルクェイドは手に黒鍵を握っていた。
おそらく態勢を崩しながらも一瞬でそれを引きぬき、先輩の手に向けて突いたのだ。
そうして第七聖典の軌道がずれ、アルクェイドは無傷となる。
「こんなんじゃわたしを殺すなんて夢の夢よ、シエル。泣いて謝れば許してあげるけど?」
「……この程度は予定通りです。あなたを殺すのに無傷で済むとは思っていませんから」
右手に包帯を巻き再び第七聖典を構える先輩。
「またそれなの? ワンパターンね」
「ええ、あなたにまともなダメージを与えられるのはこれか切り札ありませんからね。……ですが」
先輩はちらりと校門のほうへと目を向けた。
「?」
思わずそちらへ目を向けてしまう。
「なっ……」
いつからそこにいたんだろうか。
ドゴオオオオオンッ!
瞬時に響く耳が痛くなるほどの爆裂音。
音の方向を見た瞬間にはもうアルクェイドは爆風と共に吹き飛ばされていた。
「――今日は特別でしてね。2名ほどゲストを呼んであるんですよ」
カシャンと第七聖典が金属音を立てる。
アルクェイドに第七聖典が直撃したのだ。
「……ゲストってそんな……」
2人は歩いてくる。
ひとりは感情をまるで持たない人形のように淡々と。
ひとりはわなわなと肩を震わせて。
「事情もよくご存知でしたようですからね。心よく……とはいきませんが協力していただきました」
「……そう。わざわざ見逃してあげたっていうのに、邪魔するんだ」
そうしてアルクェイドがふらりと立ちあがり、2人を睨みつけた。
「貴方は調子に乗りすぎたんですよ、アルクェイドさん」
普段の笑顔を微塵も見せず。
「わたしたちの日常を――返してください」
普段の静かさを感じさせないような、怒りの表情で。
「ただのメイドの分際で……邪魔するなら容赦しないんだから」
人形のような琥珀さんと、感情をあらわにした翡翠が――アルクェイドと対峙した。
続く