「……そう。わざわざ見逃してあげたっていうのに、邪魔するんだ」

そうしてアルクェイドがふらりと立ちあがり、2人を睨みつけた。

「貴方は調子に乗りすぎたんですよ、アルクェイドさん」

普段の笑顔を微塵も見せず。

「わたしたちの日常を――返してください」

普段の静かさを感じさせないような、怒りの表情で。
 

「ただのメイドの分際で……邪魔するなら容赦しないんだから」
 

人形のような琥珀さんと、感情をあらわにした翡翠が――アルクェイドと対峙した。
 
 








「屋根裏部屋の姫君」
3の13















「ふ、2人とも、どうして……ここに」
「昨日、シエルさまに話をしたんです。本日アルクェイドさまを倒すためにと」

翡翠が答える。

「……先輩」

先輩を見た。

シエル先輩は間違っても一般の人を巻き込んだりしない人だ。

その先輩が、何故。

「勘違いなさらないで下さい。わたしたちのほうから協力を申し出たんですよ。志貴さん」
「え?」
「……そうよ、志貴。そいつらは普通の人間じゃないんだもの」

するとアルクェイドがそんなことを言った。

「失礼なことを仰りますね、アルクェイドさん。特殊な能力は所有していますがただの人間ですよ」
「特殊な……能力?」
「感応能力と言って、詳しいことは省きますが、精神、体力ともに強化できる能力です」
 

カキィンっ!
 

再びアルクェイドと先輩がぶつかり合う。
 

「つまり今のシエルさまは元々の数倍以上の力を持っているということです」
「……そんな、無茶苦茶な」

翡翠や琥珀さんにそんな能力があったなんて。

「ふぅん。つまりシエル。あなた、2人の血を吸ったのね?」

2人の間合いが離れたところでアルクェイドが不敵な笑みを浮かべながらそんなことを言った。

「……貴方と互角に戦うためには仕方ありませんから」
「ずいぶんな皮肉ね。真祖であるわたしを倒すためには吸血鬼まがいのことまでしなきゃいけないなんて」

アルクェイドはくすくすと笑っていた。

「黙りなさい」
「でもシエル。それって翡翠や琥珀を倒しちゃえばそれで済むってことでしょ?」

そしてそんな事を言いながらぎろりと血走った目を俺たちへ向ける。

「……」

俺は反射的にポケットに入っている七夜の短刀に手をかけた。

「それは無理なことですよ。今のシエルさんと戦いながらわたしたちにまで気をかけている暇はないでしょうから」
「……どうだか……」

アルクェイドがそう言った瞬間先輩が黒鍵を飛ばした。

「っ……」

それを回避したところに先輩が第七聖典を構えながら突撃していく。

「この……裏切者!」

アルクェイドは琥珀さんにそう叫んで先輩と激突した。

迫り来る第七聖典に拳を叩きつけ、軌道を逸らす。そして先輩へと向けて、反対の手で攻撃を仕掛けるがそこには既に先輩はいない。

「せいっ!」

第七聖典を手放しアルクェイドの真下へと滑りこんだ先輩は上へと向けて蹴り上げる。

「っ!」

両腕を使ってしまったアルクェイドはその蹴りをモロに受けて吹っ飛んだ。
 

「裏切者? 何を仰るんですか。先に約束を破ったのはあなたでしょう」

そこへ琥珀さんが言葉をかける。

「秋葉さまには何もしないと約束したのに。秋葉さまは……あんなになられてしまった」
「秋葉……そうだ。秋葉は大丈夫なのか?」

秋葉はまだ今朝のような歪められた性格のままなのだろうか。

「……かなり悪くなっています。人格が交錯し、体を動かすのもままならない状態に」
「……」

――秋葉。

「わたしは秋葉さまをあんなにしたアルクェイドさんを絶対に許しません。秋葉さまはご自分を偽ることもありましたが――少なくともわたしたちには心を開いてくださりました」

琥珀さんは淡々と言葉を紡いでいく。

今朝の秋葉を見て琥珀さんは、肩を震わせていた。

あの時からそうだったのだ。

怒りに震えていながらも、秋葉の前では笑顔を見せていた。

そして今。

その怒りの感情が爆発している。

顔には出さなくても、琥珀さんの言葉からは怒りの感情がにじみ出ていた。

「秋葉さまを救うためにわたしたちはシエルさまに力をお貸ししたんです」
 

ドゴオオオオオンッ!
 

再び爆裂音が響き渡る。

倒れたアルクェイドに向けて先輩が何か黒い銃のようなものを放っていた。

「……痛っ……」

ごろごろと地面を転がっていくアルクェイド。

「さすがにこのスピードの攻撃は貴方でも防げないようですね」
「う……うるさいわ……ね。ちょっと油断しただけよ」

アルクェイドの腕を、足を、血がしたたっていた。

――あのアルクェイドが、傷ついている。

腹部を押さえ、かなり辛そうである。

「アルクェイドさん。わたしたちとて鬼ではありません。今すぐにでも秋葉さまの暗示を解除してください。そうすれば命まで取ろうとは言いませんから」

琥珀さんが無表情にそんなことを言った。

琥珀さんが無表情なのは無理矢理に怒りの感情を封じ込めて冷静な判断ができるようになのだろう。

「……何よ。秋葉秋葉秋葉って。あなたたち、いつも言ってたじゃないの。志貴も翡翠も琥珀も。妹がもっとおしとやかにしてくれればって。それを叶えてあげたんじゃない!」

苛立った様子で叫ぶアルクェイド。

「だからといって秋葉さまの全てを変えて何になりますか? 秋葉さま自らが自分の意思で変わらなければいけないんです。誰かに強要されたり勝手に変えられたりするものではありません」
「うるさいっ! 黙りなさいよっ!」

アルクェイドが腕を振るうと突風が吹き荒れる。

「うわっ……」
「きゃあっ」

あまりの風に体が飛んだ。

「……っ」

体勢を空中で立て直してなんとか着地する。

「……翡翠、琥珀さんっ!」

アルクェイドのせいで戦闘慣れしてしまった俺と違って2人は受身なんか取れないはずだ。

「遠野君っ、琥珀さんをっ!」

翡翠は先輩が空中で受けとめていた。

「わ、わかった」

慌てて琥珀さんを探す。

琥珀さんは――

「邪魔なのよ、あなた」
「くうっ……」

アルクェイドによって地面に叩きつけられていた。

「こ、琥珀さんっ!」
「アルクェイドっ! 貴方っ!」
「近づかないでよシエル。近づいたらこいつ殺すわよ」
「くっ……」

なんてことだ。

アルクェイドを追い詰めたことで逆に窮地を呼び込んでしまった。

「やっぱりあなたは最初に暗示をかけておくべきだったわね。でもまだ大丈夫。間に合うわ。今からあなたと翡翠に暗示をかけて、志貴やシエルにももっと強力な暗示をかければめでたしめでたし」
「まだ――そんな事を言っているんですかっ!」

シエル先輩が叫ぶ。

「何よ! わたしは間違ってないわ! わたしにはこういう力があるんだから! 使ってなにがいけないっていうのよ!」
「今のアルクェイドさんの思い通りに事が運んだとしても――それは悲劇にしかなりません 気付いているでしょうに」

アルクェイドに抑えつけられた琥珀さんが力なく笑った。

それはまるで自分自身をもあざ笑うかのように。

「うるさいうるさいうるさいっ! わたしは悪くないっ! 間違ってない!」
「……っあっ!」

琥珀さんの体が跳ねた。

「琥珀さんっ!」
「はぁ……はぁ……。これで邪魔者は消えたわ……感応能力も終わり。シエル、もう貴方に勝ち目はないのよ」

アルクェイドはなおも血走った目を先輩へと向ける。

「――いいかげんにしろ」

俺は拳を握り締めた。

「志貴?」

アルクェイドが目線を俺へと向ける。

「……」

俺は無言でメガネを外した。

「嘘……嘘でしょ? 志貴」

目を見開くアルクェイド。

「……」

一歩一歩アルクェイドに近づいていく。

「わ、わたしは――悪くない。わたしはただ、志貴と学校に行きたかった。それだけなんだから」
 

そう。ただそれだけだ。
 

「そうだな……けど」
 

アルクェイドを睨みつける。
 

ぱんっ!

「……っ」

俺はアルクェイドの頬を思いっきり叩いた。

「……いいかげんにしろ。悪ふざけがすぎる」
「……」

アルクェイドが俺を見つめる。

いや。

目線は乱れ、ふらふらとよろめいていた。
 

「志貴が……ぶった」

そうして上の空で呟くアルクェイド。

「お、おい?」

その表情はさっきまでの戦意なんてまるで感じられない。

「志貴が……ぶったぁ……」

アルクェイドの瞳にじわりと涙が浮かび。
 
 

「うわぁーーーー! 志貴がわたしのことぶったぁーーーー!」
 
 

大声を上げて泣き出した。
 

「ア、アルクェイド?」
「うわーん! うわーん!」

まるで癇癪を起こした子供である。

いや、そのものだった。

「……ど、どうしよう」

シエル先輩に意見を求める。

「どうしようと言われましても……」
 

先輩もまったく戦意を削がれてしまったようでただ苦笑しているのであった。
 

続く



感想用フォーム 励みになるので宜しければ感想を送って下さいませ。
名前【HN】

メールアドレス

更新して欲しいSS

好きなキャラ
アルクェイド   秋葉   翡翠   琥珀  シエル    さっちん   レン  その他
感想対象SS【SS名を記入してください】

感想【良い所でも悪い所でもOKです】



続きを読む

戻る