「わ、わたしは――悪くない。わたしはただ、志貴と学校に行きたかった。それだけなんだから」
 

そう。ただそれだけだ。
 

「そうだな……けど」
 

アルクェイドを睨みつける。
 

ぱんっ!

「……っ」

俺はアルクェイドの頬を思いっきり叩いた。

「……いいかげんにしろ。悪ふざけがすぎる」
「……」

アルクェイドが俺を見つめる。

いや。

目線は乱れ、ふらふらとよろめいていた。
 

「志貴が……ぶった」

そうして上の空で呟くアルクェイド。

「お、おい?」

その表情はさっきまでの戦意なんてまるで感じられない。

「志貴が……ぶったぁ……」

アルクェイドの瞳にじわりと涙が浮かび。
 
 

「うわぁーーーー! 志貴がわたしのことぶったぁーーーー!」
 
 

大声を上げて泣き出した。
 

「ア、アルクェイド?」
「うわーん! うわーん!」

まるで癇癪を起こした子供である。

いや、そのものだった。

「……ど、どうしよう」

シエル先輩に意見を求める。

「どうしようと言われましても……」
 

先輩もまったく戦意を削がれてしまったようでただ苦笑しているのであった。
 
 









「屋根裏部屋の姫君」
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「……どうだった?」

茶道室へと入ってきた翡翠に尋ねる。

「はい。泣き疲れてしまったようで、眠られています」
「そっか」

翡翠は保健室へとアルクェイドを連れて行き戻ってきたところだ。

今は三時間目の授業中ということもあり廊下には人1人歩いていなかった。

しばらく様子を見てからアルクェイドを連れて遠野家へと戻ろう。

この際授業をサボってしまうのは仕方がない。
 

「しかしなんで泣き出したりしたんだろうな、あいつ」

アルクェイドのことを思い出す。

メガネを外したのはアルクェイドに対する脅しのつもりだった。

頬を叩いたのもあいつを正気に返すためだ。

だが、頬を叩いただけだというのにアルクェイドは子供のように大泣きしてしまった。
 

「志貴さんにぶたれたことがとてもショックだったんですよ」

俺の呟きに対して琥珀さんがそんな事を言う。

「俺に?」
「はい。アルクェイドさんは志貴さんだけは自分の味方だと信じていたんでしょう。けど、その志貴さんにぶたれてしまった」
「だ、だって。あれは明らかにアルクェイドが悪かっただろう? 自分のわがままでみんなを巻き込んでさ」

いくらなんでもあれはやりすぎだった。

「ええ。志貴さんの行動はあれで正しかったと思います」

にこりと笑う琥珀さん。

「……これで、アルクェイドさまが元に戻ってくれればいいのですが」

翡翠がやや不安げな表情で呟く。

「うん……そうだな。秋葉たちへの洗脳も解いてもらわないといけないし」
「その点についてはもう安心だと思いますよ」

そこへシエル先輩が戻ってきた。

先輩は生徒や先生たちの様子を調べに行っていたのである。

「安心……ってことは?」
「みんなアルク先生なんて人のことはさっぱり忘れています。魚住先生などはどうして体育館にいるんだと不思議そうでしたけど」
「そ、そうか。元通りなのか」
「ええ」

それなら秋葉も元気になっているかもしれない。

「アルクェイドさんが暗示を解いてくれたんですね」
「はい。ショックで解けてしまったのかもしれませんが、とにかく結果オーライです」

にこりと微笑んでくれるシエル先輩。

「そうか……よかった」

心からそう思える。

「それで。今回アルクェイドがああなってしまった原因をわたしなりに考察してみました」
「興味ありますね。普段のアルクェイドさんと今日のアルクェイドさんは違いすぎてましたから」
「……ああ」

それは俺も気になっていた。

あいつに何があったっていうんだろう。

「つまり、今のアルクェイドは反抗期なんだと思うんですよ」
「反抗期?」
「反抗期というと……子供が親の言うことを聞かなかったり、自分勝手なことをしたがるあれですか?」
「はい」
「……」

確かに。

アルクェイドは俺の言うことなんか全く聞かず、自分勝手に暗示をかけて教師になりすましていた。

「アルクェイドは自我が目覚めてからそう時間が経っていません。そして元々アルクェイドには欲求というものは必要最低限のものしかありませんでした。しかし自我が目覚めて以来アルクェイドには様々な欲求が生まれた」
「志貴さまと遊びたい、志貴さまと過ごしたいという欲求ですね」

翡翠が俺を見る。

それはなんともいえない表情だ。

「はい。アルクェイドの欲求はほぼ全て実現していました。そうですよね? 遠野君」
「え、ああ。うん、多分」

あいつが何をやりたいこれをしたいというのに俺は渋々ながらも付き合っていたし、楽しんでもいた。

「小さい子供の場合ですが、親は出来る限り子供の欲求を叶えようとします。あれが欲しいと言えば買ってあげるしあれが嫌と言えばやらなくてもいい。そして小さい子供は自分の願いがなんでも叶うと勘違いしてしまうんですよ」
「……ああ」

ほとんど記憶にないけれど、確かに子供の頃はなんでも叶っていた気がする。

それは遠野の家が金持ちだからということもあったかもしれないけれど、大抵の家でも少なくとも1〜2歳の間は子供になんでもしてあげるんじゃないだろうか。

ところがだんだん成長していくにつれて色々とうまくいかなくなってくる。

そうして悟るのだ。

世の中は自分の思い通りにばかりはいかないってことを。

「アルクェイドは自我が目覚めて以来自分の思うように動いてきて、それを実現させてきた。つまりアルクェイドも自分がやりたいと思ったことは必ず実現できると勘違いしてしまったんです」
「なるほど。なんでも叶うと思っていたのに志貴さんはアルクェイドさんが学校に来ては駄目だと言った。そこで問題が生じたわけですね?」

琥珀さんが納得したような顔で尋ねた。

「恐らくそうだと思います。遠野君は甘いですから駄目だ駄目だと言っても最後はイエスと言ってしまいますし」
「そうですよねー。志貴さんは押しに弱いです」

なんだかさりげなく俺を攻められてる気がする。

「ところがその遠野君も学校に関してはノーの一点張り。アルクェイドにはそれが面白くなかった」
「そこで強行手段に出た……っていうのか」
「ええ。暴走してしまったんでしょう」

そう。アルクェイドにはまだ自分の思い通りにならないこともある、という意識が無かったのだ。

だから強引に自分の思い通りになるように事を運んでしまい、今回の騒動が起きた。

「……この場合、皮肉なのはアルクェイドさまにそれを実現出来るだけの能力があったことですね」
「翡翠?」
「例えどんなに強く願っても実現できなければ、それは出来ないことなんだと理解できます。ところがなまじそれが出来てしまったから気付かなかった……なんて」

俯く翡翠。

「翡翠ちゃん。なんでも思い通りになるっていうのはそんなにいいことじゃないんだよ。それが悲しい出来事を呼んでしまうこともあるんだから」
「……」

それは今回のアルクェイドのことなのか、それとも。

「力のあるものは望む望まないに関わらずそれを持った時点でそれの使い方を選択しなければならない、と何かにありましたね」

先輩が呟く。

「ただ、アルクェイドさんは頭がいいですから。知識の中ではわかっていたはずなんですよ。今回やったような無理矢理なやりかたはいけないことだと」

すると琥珀さんがそんなことを言った。

「それは言えてますね。アルクェイドは空想具現化もほとんど使いませんでしたし、どこかでそういう意識はあったんでしょう」

先輩もそれに対して頷く。

「それなら……どうしてあんなことを?」
「だって、それを貫かなければ今までの自分を全否定してしまうことになるじゃないですか。間違っていることなんて認めてしまったら自分の意地を貫くことなんて出来ません」
「そうですねー……間違ってると思ったら止めればいいだけなのに、難しいんですよね」

琥珀さんは一瞬空っぽの表情を浮かべていた。

「ならば、こういうのはどうでしょうか」

しばらく二人の話を聞いていた翡翠が口を開く。

「……こういうの?」
「つまり知識ではなく自分の意思でこれは間違っている、と判断出来るようになればいいのですよね」
「そうですけど……何かいいアイディアがあるんですか?」

シエル先輩が尋ねる。

「はい。知識ではなく体験としてそういうことを学ぶためにも学校という存在はあるんだと思います」
「……でもアルクェイドが学校に来たらまた問題が起きそうだしさ」

正直、今のアルクェイドが学校という環境に馴染めるとも思えない。

「だから、わたしたちで学校を作ればいいんだと思います」
「え?」
「どういうことですか……? 翡翠さん」
「……わかりやすく言うとするならば」

翡翠はちょっと照れくさそうな顔して、こんなことを言うのであった。
 

「わたしたちで学校ごっこをして、アルクェイドさんにいい悪いを教えてあげればいいと思うんですよ」
 

続く



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