「……そっか」

すると俯いてしまうアルクェイド。

「ダメか?」

やっぱりダメなのだろうか。

「ううん」

そう言って顔を上げたアルクェイドは。
 

「――いいな。それ。きっと凄く楽しいよ」
 

これでもかってくらいの満面の笑顔で笑っていたのであった。
 
 








「屋根裏部屋の姫君」
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「ただいま」

遠野家に全員で戻ってきた。

「おかえりなさいませ、志貴さま」

一緒に玄関に入ってきた翡翠がぺこりと頭を下げる。

なんだか変な感じだ。

「秋葉さんは部屋にいるんですよね?」
「ええ。部屋で眠られていると思います」

全員で帰ってきたのは秋葉の様子を確認するためである。

「暗示はもう解いたから大丈夫だと思うけど」

アルクェイドは叩かれたショックというわけではなく自分の意思で暗示を解いてくれていたらしい。

「でも、確認しないと安心できないですから……」

琥珀さんは少しあせった顔をしていた。

無理もない。秋葉を一番心配していたのは琥珀さんなのだ。

「早く行こう」

やや駆け足で階段を昇っていく。
 
 
 
 
 

「秋葉さま、起きていらっしゃいますか?」

秋葉の部屋の前で琥珀さんが声をかけた。

「……」

返事はない。

「中に入ってみましょう」
「はい」

先輩の言葉を聞いて琥珀さんがドアを開ける。

「妹の部屋ってやけに豪華よね」

アルクェイドがきょろきょろと周りを見ながら呟く。

まあ確かに、秋葉の部屋はマンガにしか出てこないようなお嬢様な雰囲気がある。

だからこそアルクェイドは秋葉を暗示によって余計にお嬢様にしてしまったんだろう。
 

「……よかった。寝顔が大分落ち着かれています」

秋葉の寝ているベットの傍に立つ琥珀さんがそんなことを言った。

「ほ、ほんとかっ?」

駆け寄ろうとすると先輩に静止された。

「遠野君は来ちゃダメですよ。女の子の寝顔を見るなんて失礼です」
「う……」

くそう、俺だって兄として秋葉のことを心配していたのに。

「わたしたちが家を出る直前の秋葉さまはとても辛そうでしたから」
「……」

アルクェイドはなんともいえない表情をしていた。

「本当に心配しましたよ……」

琥珀さんはの声は本当に嬉しそうである。

「……姉さん」

翡翠が琥珀さんへと近づく。
 

「ん……」
 

すると秋葉の声が聞こえた。

「秋葉さま?」

どうやら秋葉が目を覚ましたようだ。

「なによ……こは……く」

気だるそうに体を起こす秋葉。

すると目が合ってしまう。

「やあ、秋葉」

片手を上げて爽やかに挨拶してみる。

「なっ……に、兄さんっ! なんで私の部屋にいるんですかっ!」

顔を真っ赤にして叫ぶ秋葉。

「兄さん? 今兄さんって言ったな?」
「当たり前です。兄さんが兄さん以外のなんだって言うんですっ」

そう。秋葉は俺のことを兄さんと呼ぶ。

断じてお兄様なんて呼び方じゃない。

「秋葉さん。わたしはわかりますか?」

先輩が尋ねる。

「せ、先輩までっ? ……ってアルクェイドさんっ! あなたまでどうしているんですかっ!」

先輩と共にアルクェイドの姿を認識したのかさらに叫ぶ秋葉。

「秋葉さまのことを心配して集まられたのです」

いつもながら平静な表情の翡翠がそう秋葉に言った。

「私を? なんでまた?」

秋葉はきょとんとしている。

「秋葉さまは登校中に体調を崩されて乾さまに連れて帰ってこられたのです」
「……そう、でしたっけ?」
「はい」
「……」

首を傾げる秋葉。

「そういえば昨日から記憶が曖昧だわ……」

そしてそんなことを呟く。

「ああ。でも元気になったみたいだな。本当に元通りだ」

口調も雰囲気もすっかり元の秋葉だ。

「元通り?」
「ええ。すっかり元通りの秋葉さまですよ。ささやかな胸と根性悪の秋葉さまです」

うわ、琥珀さん、なんてことを。

「琥珀っ!」

案の定秋葉は怒声を琥珀さんに浴びせた。

が。

「……どうした……の?」

次の瞬間、秋葉は信じられないというような顔をしていた。

「あはっ……よかったです……本当に……」
「な、何よ。どうしたのよ、琥珀?」

琥珀さんの後姿が震えていた。

声も涙声である。

あの琥珀さんが――泣いているのだ。
 

「……みなさま、しばらく2人きりにさせてあげてください」

翡翠が小さな声でそう言った。

俺は無言で頷き、1歩1歩入り口へと下がっていく。

「……」

だが先輩と翡翠が移動していく中、アルクェイドだけは立ち止まっていた。

「何やってるんだよ、こら」
「……あ、うん」

やや呆けているアルクェイドを引っ張っていき俺は部屋を後にするのであった。
 
 
 
 
 
 

「姉さんは秋葉さまのことを本当に心配しておられたのですよ」

客間に移動して席につくと翡翠がそんなことを言った。

「そうでしょうね。物心ついたころから秋葉さんを世話している琥珀さん。ほとんど母親のような心境だったのではないでしょうか」
「……」

だからこそ琥珀さんはあそこまで感情を露にしていた。

「そしてアルクェイドさまにも姉さんは特別な感情を抱いていました」
「え?」
「琥珀さんが?」
「……」

一番驚いているのはアルクェイドである。

「姉さんは感情を隠し、偽りすぎる。そしてアルクェイドさまは感情に素直過ぎる。まったく対称的ではありますがそれは感情のバランスが取れていないという意味で似通っていたんです」
「……」

確かに普段は笑顔で笑ってくれているけど、琥珀さんはどこか自分の感情を隠しているところもあった。

「だからこそ今回のアルクェイドさまの一件、初めは協力的でしたし、アルクェイドさまのやりすぎた行動には激怒していました」
「なるほど……ある意味では自分の暴走を見ている形に見えたんでしょうね」

シエル先輩はそんな事を言って頷いていた。

「どういうこと?」
「はい。琥珀さんも非常に頭のいい人間ですから。今回のような騒動は琥珀さんが引き起こした可能性だってあり得たんですよ」
「……恥ずかしながらその通りです」

先輩の言葉を聞いて頭を下げる翡翠。

「あ、いえ、そんな。あくまで可能性の話であって。わたしが起こした可能性だってあったんですから」

慌てる先輩。

「いえ……それを知っていながら何もしなかったわたしとて落ち度はあったんです。だから……もうあんな事は起こらないようにするために学校の提案をいたしました」
「学校の提案は琥珀さんのためでもあったっていうの?」
「はい。姉さんがもっと自分の感情に素直になってくれれば、と思いまして」
「……」

翡翠も琥珀さんも学校という場所に通っていなかった身だ。

学校というのは勉強だけを教わるだけの場所じゃない。

最も重要なのは友達と楽しく過ごしたり、協力したりケンカしたり、そういう集団での経験をするための場所なのだ。

そして感情の表現の仕方も知っていく。

「これは是が非でもわたしたちの学校を盛り上げていかなきゃいけませんね」

先輩がガッツポーズを取っていた。

「そうだな、うん」

もうひとつ、学校というのは思い出を作る場所でもあるのだ。

みんなで思い出作りが出来るんだったらこれほど嬉しいことはない。
 

「……わたし」
 

ふと、黙っていたアルクェイドが小さな声で呟いた。

「アルクェイド?」

その表情は青ざめ、小さく震えている。

「わたし、志貴に――大切な人に怒られた時、すっごく辛かった」

思い出すようにそんなことを言うアルクェイド。

「……ああ、俺も辛かったよ」

アルクェイドを叩いた時は、俺はアルクェイドを殺さなきゃいけないのかという判断までしなきゃいけなかった。

あんな思いは二度としたくない。

「妹は琥珀の大切な人よね。――わたしはその妹にひどいこと、した」

俯くアルクェイド。

「ごめん……ごめんね、志貴。わたし、志貴にも翡翠にも琥珀にも妹にも……みんなにひどいことしてた」

そしてその瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ち始めた。

「……アルクェイド」

アルクェイドにも、秋葉が元気になって泣いている琥珀さんを見たことや、俺たちの話を聞いたことで罪の意識が浮かんできたのだろう。

自分の勝手な行動で、どれだけの人を傷つけてきたか理解したのだ。

「だけどそれはもう過ぎたことなんだ。これからどうしたらいいのか……それを考えてくれ」

過ぎた事はもう取り返せない。

それは仕方のない事だ。

「これから……」

だけどこれからやりなおす事は出来る。

「俺に悪いことしたって思ったからアルクェイドは俺に謝ってくれた。じゃあ琥珀さんや秋葉にもどうしたらいいか、わかるな?」
「……あやまる」
「そうだ。それでいいんだ。だからもう泣くな」
「……」

ぐしぐしと涙を拭うアルクェイド。

「翡翠も……シエルも……ごめんなさい」

そして翡翠と先輩に向かって深々と頭を下げた。

「な、なんだかくすぐったいですね……」

先輩は少し恥ずかしそうだった。

「いえ、こちらこそ……」

翡翠もアルクェイドに向けて頭を下げる。

「そう。それでいいんだ」

俺はアルクェイドの頭を撫でてやった。

「や、やめてよ志貴」

アルクェイドは顔を赤らめて俺の手をどけた。

「……はは」

ちょっと子供扱いしすぎたか。

「じゃ、少し経ったら秋葉の部屋に行くか」
「うん」
 

頷くアルクェイドを見て、俺はきっとみんなの学校は上手くいくという確信を抱いたのであった。
 

続く



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