「はぁ。降りてこいよアルクェイド。遊んでやるから」

その後、いろんな手を使ってなんとかアルクェイドをなだめ、長い夜が終わった。
 

しかしそれで機嫌が直ったと思ったのは大間違い。
 

翌日に事件は起こるのである。
 
 







「屋根裏部屋の姫君」
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「……ま」

声が聞こえた。

いつも聞く声。

「……しきさま」

これは翡翠の声だ。

「志貴さま。起きてください」
「あー……うーん……」

俺は重い頭を抱えてなんとか起きあがった。

朝の日差しがとてもまぶしい。

「おはようございます、志貴さま」

翡翠が深々と会釈をする。

「ああ……おはよう翡翠」

アルクェイドのせいで昨日も遅くまで起きる羽目になってしまったので、今日は余計に朝が辛かった。

「大丈夫ですか? 志貴さま」

表情にもそれが出てしまったのか、翡翠がそう尋ねてきた。

「……まあ、なんとか」

なんとか顔を作って笑ってみせる。

「そうですか」

そう言うと翡翠は安堵の息を漏らした。

「それで……えーと……アルクェイドは?」

最近は翡翠に起こされる前にアルクェイドに無理やりたたき起こされることが多かった。

だから今日は久々に翡翠に起こされたことになる。

「アルクェイドさまは今朝早くからお出かけになられました」
「こんな朝から?」
「はい。事態は急を要すると、かなり慌てているようでしたが……」
「ふーん……」

どうしたんだろう。アイツ。

「まあどうせすぐ帰ってくるか。翡翠、帰ってきたらよろしく頼むよ」
「かしこまりました」
 

この時はちょっと不思議に思ったけど、さほど気にも止めていなかった。
 
 
 
 

「……そういえば兄さん」

登校中、隣を歩く秋葉がふと思い出したような声を上げる。

「なんだ?」
「昨日、夕食の後宿題があると部屋に篭りきりでしたがきちんと終えられたのですか?」
「ああ、おかげさまでなんとか終わったよ」

このへんはアルクェイド様々である。

「そうなんですか。よかったですね」

ふふっと笑う秋葉。

「秋葉はいつも余裕だけど宿題とか出ないのか?」
「出ていますよ? ですが私は兄さんと違って短時間で終わらせられますから」
「あーあー、秋葉は優等生でいいなぁ」

兄としては情けないところである。

「そのぶん兄さんは雑学に通じているじゃありませんか。そういう知識はわたしにはありませんから」
「……いや、普通のことだって」

秋葉はアルクェイドほどじゃないにしても常識に疎いところがある。

「チャリ……でしたっけ? 自転車のことをそう呼ぶことなんて知りませんでしたよ」
「ははは……」

こういうときに秋葉がお嬢様なんだなあと実感してしまう。

そしてそんな秋葉に向かって「秋葉ちゃん。俺のチャリの後ろに乗って帰る?」などと平然と言える有彦も結構凄いのかもしれない。

「いよーいおふたりさんっ」

そんなことを考えていると自転車に乗ったその男が後ろから声をかけてきた。

「……珍しいな。有彦がこんな早くに出てくるなんて」
「何を言ってるんだい遠野君。僕は優等生なんだぜ?」

有彦が気持ち悪い口調をするので背筋に寒気がした。

「なあ、秋葉ちゃんも遠野に言ってやってくれよ」
「私からはなんとも言えませんね」

くすくすと笑う秋葉。

秋葉は割と有彦の前では猫を被っている。

というか学校ではずっとこれだ。

普段の凶暴さを微塵も想像させることのない、まさにお嬢様な雰囲気を纏うのである。

「ちぇ。どうせ俺は勉強嫌いだよっと」

有彦は器用に両手を離してやれやれとポーズを取ってみせた。

ちなみにコイツが自転車で学校に通うようになったのは前述の「秋葉ちゃん、俺のチャリの後ろに……」をやりたいがためだと思われる。

それも毎度断られているというのにまったく懲りていない。

「はぁ。早く来るってことはなんかあるんだな?」

俺は有彦に聞いた。

自転車に乗る有彦と共に進むので少し足が早くなってしまう。

「おう。遠野。今日の一時間目な。体育なんだよ。体育」

すると有彦は俺にだけ聞こえるような声でそんなことを言った。

「ん? 今日は物理からじゃなかったっけ?」
「バーカ。シエル先輩のだよ。先輩の一時間目が体育」
「……ほう。それで?」
「バカ。わかんねえのか? 先輩がブルマを履いてるんだぜ? そりゃ見に行くしかねえだろっ!」

びしっと親指を立てる有彦。

「……」

俺はその場に停止した。

「どうしたんです? 兄さん」

するとすぐに後ろを歩いていた秋葉が追いついてくる。

「秋葉。有彦は自転車だから先に行くってさ。二人でゆっくり行こうぜ」

俺は秋葉の肩を抱いた。

「ちょ、ちょっと兄さんっ!」

わたわたと慌てる秋葉。

まったく、有彦のセリフを聞かれたら俺まで誤解されてしまうじゃないか。

心臓に悪いので秋葉と一緒に歩くことにした。

いや、そりゃあ先輩のブルマ姿は俺も見てみたいけど。

「はあ。わかったわかった。じゃあ先に行ってるぜ?」

有彦は苦笑していた。

「ちゃんと授業出ろよ、アホ」

一応友人としてそう言っておく。

そろそろ真面目に出ないとコイツは授業日数が危うい気がしてならない。

「心配するなって。数学の時間には出るからよ。さっ。いいアングルの場所探さないとなっ!」

最後にろくでもないことを言って有彦は去っていった。

「いいアングルって……なんです?」
「いや、多分きっと風景画でも描くんじゃないか?」
「へえ。乾先輩ってそんな趣味もあったんですね」
「……ははは」

実はただののぞきであるとは口が裂けても言えそうになかった。
 
 
 
 
 

これも思えばおかしいことだったのである。

有彦がよりにもよって数学の時間に出るなんて言うことが。

有彦はゴリアテも嫌いだし数学はもっと嫌いなのである。

俺はアイツが数学の時間に出ているのを今まで見たことがなかった。

それが今日に限って何故なんだろうと。
 

そこから違和感を感じ始めた。
 
 
 
 
 

「……うーん」

授業中もそのことばかり考えていてちっとも集中できなかった。

別に物理の授業がまるでさっぱりわからないから現実逃避をしているとかそういうわけではない。

ああ、今日もいい天気だ。

「ん?」

そしてふと校庭を眺めると女の子たちがトラックを走っていた。

きっとあれがシエル先輩たちだろう。

先輩、どこにいるかな。

有彦じゃないけどつい姿を探してしまう。

「……」

いた。

いたにはいた……けど。
 

先輩は上下ジャージ姿だったのである。
 

「なんてこった……」

俺は全身の力が抜けていくのを感じた。

一時間目からこのダメージはかなりでかい。

きっと有彦も草葉の陰で泣いているに違いないだろう。

ちなみに草葉の陰というのは死んだ人がいる場所の意味だが、有彦はきっと別の意味で死んでるから問題なしだ。

「……でもなんでジャージなんだろう」

体育をやるときにはジャージを着てもよいことになっている。

しかしそれは寒い時の話で、今日はむしろ暖かいと言っていいような日なのだ。

だがそれも、すぐにわかった。

「なるほどなあ」

女の子は視線を気にするものだ。

特に男子生徒や教員のものを。

やはり体育着姿は恥ずかしいものなんだろう。
 

校庭では体育教師であるゴリアテが女の子たちに指示をしているのであった。
 

続く



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