「……でもなんでジャージなんだろう」

体育をやるときにはジャージを着てもよいことになっている。

しかしそれは寒い時の話で、今日はむしろ暖かいと言っていいような日なのだ。

だがそれも、すぐにわかった。

「なるほどなあ」

女の子は視線を気にするものだ。

特に男子生徒や教員のものを。

やはり体育着姿は恥ずかしいものなんだろう。
 

校庭では体育教師であるゴリアテが女の子たちに指示をしているのであった。
 
 






「屋根裏部屋の姫君」
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「はぁ……」

一時間目の休み時間。

この世の終わりのようなの顔をした有彦が教室へと入ってきた。

「有彦」
「チクショウ……俺の青春を返せ……」

のぞきにかける青春というのもなんだかイヤな気もするけど。

「気持ちはわかるよ、有彦」

男としてその気持ちは痛いほどわかってしまうのでそっと肩を叩いてやった。

「……だってよ。いくらなんでもありえねえよ。昨日はちゃんとブルマだったんだぜっ?」

未だに納得できてないような有彦。

っていうかコイツ昨日も姿が見えないと思ってたらそんなことをやってやがったのか。

「きっとおまえが覗いてるのに気付いてジャージを着たんだよ」
「いや、そんなことはねえ。俺が見てるのに気付いたら手を振ってくれるような人がシエル先輩なんだっ!」
「……そうか?」
「ああ。その後呼び出されて怒られちまうんだけどなっ」

そう言ってさわやかな笑みを浮かべる有彦。

「おまえ、もっとその力を世のために使えよ」

俺は溜息混じりにそう言った。

「いーんだよ。若者は己のために生きろだっ!」

わけのわからない格言を作り出す有彦。

「さいですか」

ある意味こいつのバカさ加減が羨ましくもあった。

「……あー、それにしても納得いかねえなあ」

まだ有彦はブツブツ言っている。

「どうでもいいだろ。先輩も今日はたまたまジャージを着たい気分だったんだよ」
「いや、絶対理由があるに決まってる。なんかジャージを着なきゃいけないような事情が」

どうでもいいと言いながらも俺も引っかかっていた。

それは何で先輩がジャージを着ていたことかの理由がわかってるのに出てこないような感じなのである。

あー、うーん、ほら、えーと、あれだ。そのー、なんていうか……。

って感じ。

「どんな事情だよ?」

だからつい有彦に尋ねてしまった。

「ああ。例えば……そう。ジャージは持ってきたけど体育着を忘れたとか。……お? すると肌に直接ジャージか? それはいいなっ!」
「アホ」

コイツに聞いた俺がバカだった。

「……ああっ。そう考えるとジャージもいいなっ? そうだろ遠野っ」
「あーもうおまえはあっちに行ってろっ!」

有彦をしっしと追い払う。

そこでチャイムが鳴った。

「ほら、戻れ戻れ」
「ちぇー。わかったよ。席で寝てることにする」

どうやら教室に戻ってきてもマトモに授業を受ける気はないらしい。
 

「どうせ数学の宿題もやってないんだろ? ゴリアテに怒られるぞ?」
 

最後の慈悲として有彦の後姿にそう言ってやった。

「……はぁ? 何言ってるんだ遠野」

すると有彦は首を傾げてそんなことを言った。

「俺、なんか変なこと言ったか?」
「言った言った。なんで数学でゴリアテが出て来るんだよ。ゴリアテは体育教師だろ?」
「……そうだっけ?」
「そうだよ。アイツが体育教師以外に何が出来るってんだよ」
「……むぅ」

確かにゴリアテほど体育教師に向いてるやつはいないだろう。

「あれ、でも確か……昨日数学の宿題を出したのはゴリアテじゃ……なかったっけ?」

だんだんと自分の記憶に自信が無くなってきてしまった。

「俺は出てないから知らねえよ。自習のカントクか何かだったんじゃないか?」
「……そうだったかな……」

言われてみるとそんな気がしてきた。

「そうだって。おまえ、寝ぼけてるんじゃないか?」
「……いや、でも、だけど。あれ……?」

おかしい。

やっぱり何かおかしい気がする。

「じゃ、じゃあさ。有彦。数学教えてるのってさ……誰だっけ?」

どうしても俺の頭の中には数学を教えている教師の姿が出てこなかった。

イメージしようとすると急に頭の中に霧が出てくるような、そんな感じだ。

「遠野、ついにボケたか?」
「ボケでもなんでもいいから教えてくれよ。頼む」
「……わーったよ。まったく、オマエもあんな先生を忘れるなんて信じられねえな……」

頭を掻いて有彦は言った。

「数学の先生はな」
「あー、みんな席につけー。授業を始めるぞ。ほら乾。何やってるんだ。早く座れ!」
「……う」

しかし有彦の言葉はちょうど入ってきた先生の言葉で止められてしまう。

「へいへい、今座りますよっと」

そうして重要な部分を言わずに席へと戻ってしまう有彦。

「……」

しょうがない。次の時間の休み時間に聞けばいいか。
 
 
 
 
 

「……やっぱり変だ」

授業中。

何度確認しても違和感が拭えなかった。

ゴリアテは絶対に体育教師じゃなかったと思う。

何故なら俺はゴリアテに体育を教わった記憶が無いからだ。

ゴリアテにはもっと他の授業を教わっていたような。

「……うーん」

考えたら頭が痛くなってきた。

「……やっぱ俺がボケてるだけか……?」

有彦の言う通り、俺がボケているだけでゴリアテは体育教師だったかもしれない。

そういえばゴリアテに腕立て伏せやらなんやらをやらされたことがあったような気もしてきた。

ああ、きっとそうだ。

俺の記憶違いだろう。

「うーん……」

前にもこんなことがあった気がする。

知りもしない人のことを何故か知っていたり、見たことも無い光景を回想できたり。

世間ではこういうのをデジャウというらしい。
 

「……先輩?」
 

何故か俺はそこで先輩のことが頭に浮かんだ。

先輩なら……こういうことに詳しいだろうか。

「よし」

休み時間に先輩に聞いてみようか。

なんか頭が変なんです、と。

「……ほんとにヘンなヤツだな」

自分で自分の考えに苦笑するのであった。
 
 
 
 
 
 

「遠野君っ!」

そして次の休み時間になった瞬間。

何故か先輩のほうからこっちに押しかけてきた。

「せせせ、先輩っ。どうしたんですかっ?」

ヒューヒューと野次をいれる男友達をのけて教室の外へと出る。

「……はぁ、はぁ」

先輩はかなりあせっている様子である。
 

「遠野君っ! あのバカ学校に来てやがりませんかっ!」
 

そして先輩は俺の肩を掴むとそんなことを言うのであった。
 
 

続く



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