琥珀さんに尋ねる。
「この後はみんなの歌とか他色々あって最後の体操ですね」
やはりその王道パターンは変化してないらしい。
「どうですか? 面白かったですかー?」
そしてにこにこと笑いながら琥珀さんがアルクェイドに尋ねる。
「……ははは」
俺の正直な感想としては今一つなんだけど。
「すっごーい! すっごいすっごい面白かった!」
予想通りというかなんというか、我が姫君は子供のようにすっごーいを連発して喜んでいたのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
3の20
「ふう……」
俺は階段の踊り場から階下を眺めていた。
ガクガク動物ランドの後なつかしの子供がパジャマに着替えるコーナーや歌の時間などがあったんだけど、見る気にならなかったので部屋から出てきたのだ。
あのままあそこにいたら最後に全員で体操をやりかねない勢いだったからというのもある。
まあ翡翠の体操シーンという稀有なものを見れなくなったのは残念だがプライドのほうが勝ってしまったのである。
惜しいことをしたかもなぁ。
「あら、兄さん」
黄昏ていると下から秋葉の声がした。
「なんだ? どうしたんだ秋葉」
秋葉の部屋は2階にあるので1階を歩いている姿っていうのは割と珍しかった。
「ただの散歩ですよ。兄さんこそ、どうしたんですか?」
「いや、まあなんとなく疲れたなって思ってただけだ」
「そうなんですか」
くすくすと笑う秋葉。
「な、なんだよ。俺が疲れてるのっておかしいか?」
「いえ、そういうわけではないんですけれど、兄さんっていつも疲れているなと思いまして」
「まぁ、そうかもな」
それもこれもアルクェイドやらなんやらのトラブルが原因なのであるが。
「そういう秋葉こそ大丈夫なのか? まだ病みあがりなんだから無理しちゃ駄目だぞ」
アルクェイドは暗示を解いてくれたけど、まだ肉体の疲労は抜けてないだろうし。
「平気ですよ。だいぶ眠ってしまったようでしたし。少しくらい体を動かさなくてはかえって体によくありません」
「うーん」
まあ俺も長年病人をやっているだけあってそういう気持ちはなんとなくわかる。
元気になった自分を確認したいという意味で動きたくなるのだ。
「あまり無理はしないでくれよ」
「それはいつも私が兄さんに言っている事ですよ」
お互い顔を見合わせてしまう。
そして二人して笑った。
「確かにそうだな。ははは。俺もこれから気をつけるよ」
「ええ、私も気をつけますから」
「……ああ、うん。だけど元気になってくれて本当によかった」
改めてそう思う。
「あまり覚えていないのですけど、私の症状ってそんなに酷かったんですか?」
「え、いや、まぁ、その、なんていうか」
人格が変わってました、なんて言えないし。
「こ、琥珀さんに一服盛られたような感じ?」
重病っぽい雰囲気を演出しようとしたらそんな言葉になってしまった。
「……深刻な状態だったんですね」
しかも俺の言葉に秋葉はマジな反応をしていた。
「い、いや、でも琥珀さんは何もしてないぞ? むしろ秋葉が治ってくれるように頑張ってくれたんだから」
「兄さんではないんですからそれくらいわかりますよ。琥珀は本当に私を心配してくれていました。ありがたいと思っています」
前の言葉が引っかかるけど秋葉にしては珍しく感謝の意を示していた。
「……あれで『これでお給料UP間違いなしですねー』なんて言わなければなお良かったんですけど」
秋葉は溜息をついていた。
「琥珀さん、そんなこと言ったのか?」
「ええ」
「うーん。でもそれって琥珀さんなりの照れ隠しだったんじゃないかな。秋葉だってそういうことあるだろ?」
俺がそう言うと秋葉はきょとんとしていた。
「な、なんだよ。どうかしたのか?」
「いえ、その……兄さんがそんな鋭い意見を言うなんて思ってもみなかったものですから」
一体普段の俺ってどんな評価をされてるんだろうか。
かなり泣けてくる。
「しかしなるほど、あれが琥珀なりの照れ隠しだったとしたら……」
考え込む仕草をする秋葉。
そしてなんともいえない表情をした。
それはもう、喜びと戸惑いが混ざったようなそんな表情だ。
「に、兄さん、その、わ、私はどうしたらいいのでしょう?」
「……いや、そんなこと言われてもなぁ」
俺にはなんとも言えない。
「秋葉も琥珀さんに感謝してみればいいじゃないか。きっと喜ぶぞ」
「いえ、琥珀のことだからきっと『あ、秋葉さまっ? また具合が悪くなられたのですかっ』くらい言いかねません」
それは多いにありうる。
「でもそれも照れ隠しだと思えば可愛いものなのかもしれませんね」
「いやー」
それは素で驚いてる可能性も考えられなくもないけど。
まあそういうことにしておこう。
「感謝しているといえば兄さんにも感謝していますよ」
「え? 俺に?」
そりゃなんでまた。
「今回アルクェイドさまが改心しようというきっかけになったのは兄さんなんでしょう?」
「あー、まあ、うん」
俺がアルクェイドを叩いたら改心してくれたわけで、あながち間違ってはいない。
「あの人が常識を身につけてくれれば兄さんも私も落ち着けるでしょうし」
「そうだなぁ」
まあそうなるまでかなり時間がかかりそうだけど。
「なんとか頑張ってみるさ。秋葉も協力してくれて本当に助かる」
「これも兄さんから悪い虫を追い払うためです」
「……はは」
それはまた手厳しい。
でも今ならなんとなくわかる。
その言いかたも、秋葉の照れ隠しなんだろうなと。
本当に嫌いだったら協力なんてするはずがないのだ。
「ま、これから大変だと思うけどお互い頑張ろうぜ」
「ええ、もちろんですとも」
秋葉はさわやかな笑顔で笑ってくれるのであった。
「琥珀さーん」
しばらく時間も過ぎたのでもういいかなと思い琥珀さんの部屋に戻ってきてみた。
「では次のニュースをお届けいたします。先日押し入りがあったよしなが銀行の頭取が……」
テレビのチャンネルは俺のいない間に変わっていたらしく、ニュースをやっていた。
「……むー」
アルクェイドは画面を見ながらあからさまにつまらなそうな顔をしている。
それどころか既に飽きてしまったようできょろきょろしていた。
「あ、志貴」
そこで俺と目が合う。
「志貴さんおかえりなさいー」
「おかえりなさいませ、志貴さま」
翡翠と琥珀さんも俺のほうをみて挨拶してくれる。
「あ、うん。ただいま。チャンネル変えたんだね」
「はい、そうなんですがー」
琥珀さんは苦笑していた。
「どうしたの?」
「いえ、先ほどからアルクェイドさんが……」
「アルクェイドが?」
「ねえ志貴つまんないよー。他のチャンネルにしてって言ってるのに変えてくれないんだもん」
アルクェイドは俺の袖を引っ張って駄々をこねてきた。
「でも、これもテストの一部なんでしょ?」
「もちろんですよ。まあでもだいたいわかったからいいんですけどねー」
琥珀さんはそう言ってチャンネルを変える。
「はっはっは! 見なさいアリドドさん! まるで花火のようですよ!」
「て、てめえよくもハゲチャビンのことをー!」
変えたチャンネルではアニメがやっていた。
「わーいっ」
その途端にまたアルクェイドは画面に夢中になってしまう。
「……なるほど、俺にもわかった気がする」
「でしょう?」
「ああ、つまり……」
アルクェイドは着ぐるみが活躍する子供向けの番組やアニメが好きで、ニュースはつまらなくて全く興味を持たない。
それはもうまるっきり100%。
「子供の行動パターンだな」
「ですね」
ここにアルクェイドの精神年齢が完全に子供であることが証明されてしまったのであった。
続く