そして琥珀さんは自分から気持ちに決着をつけてくれた。
「……頑張らなきゃな」
俺にも課題が出来た。
それは、俺自身の成長と他のみんなへの決着である。
「屋根裏部屋の姫君」
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割烹着を脱いだ悪魔
「志貴さま、おはようございます」
「んー」
翡翠の声に起きることを促される。
まだ眠い。
「あと五分ー」
そんなことを言って寝返りを打つ。
「志貴。起きなさいよ。今日は日曜日なのよ?」
翡翠とは別の声。
そう、アルクェイドの声だ。
日曜日。
日曜日ってなんかあったっけ。
「志貴さま、今日はアルクェイドさんの初めての学校なのですが」
もう一度翡翠の声。
「……あ、そうか」
それで頭がはっきりした。
「そうか、今日は学校だもんな……」
体を起こす。
「そうよ。学校なんだから」
アルクェイドはにっこりと笑っている。
「……」
琥珀さんに告白されてからあっという間に日が過ぎていってしまった。
そしてなんだか琥珀さんの部屋に遊びに行ったりするのもためらってしまい、あまり琥珀さんと会話をしていなかった。
俺自身成長しよう、と一念発起したのはいいもの、その数日での俺の動向は大して変われていない。
このアルクェイドの学校で俺も共に成長していきたいものだ。
「先生は姉さんですから何が起こるかわかりませんが」
「そうよね。気を引き締めて授業を受けなきゃ」
「琥珀さんが先生か……」
本当に何をするのか読めないところが怖い。
ただアルクェイドのことを子供だと判断したのだからきっとそれは。
「はーい、みなさんおはようございまーす。みんな大好き琥珀お姉さんですよー」
スリット抜群のチャイナドレスを着た琥珀さんがえらいはっちゃけていた。
どれくらいはっちゃけているかというと、登場時に「アチョー!」とか言いながらドアを蹴って(さすがに破るのは無理だったようだ)入ってきたくらいである。
まあアルクェイドは大喜びしていたけど。
「……こ、琥珀さん妙にテンション高いですね」
横にいるシエル先輩が俺にそう言ってくる。
「あ、ああ、うん」
なんだろうあのテンションの高さは。
「シエルさーん? 授業中に話をしてはいけませんよー」
「あ、え、そ、その、すいません」
琥珀さんにたしなめられ謝るシエル先輩。
なんだか珍しい構図だ。
「やーい怒られた」
そこに茶々をいれるアルクェイド。
「くっ……」
先輩は悔しそうだった。
「それで琥珀。授業って何をするのかしら?」
いつもよりテンションの高い琥珀さんを見ても秋葉は冷静である。
さすがは遠野家頭首。
「はい。今日はおうたの勉強と体操をしようと思いますー」
「お、おうた?」
意表を突かれたのか、さすがに表情を変える秋葉。
「はい。歌を歌うんですよー。みんなで歌う歌です。協力することが学べますので」
「なるほど、それはいいかもしれませんね」
先輩は頷いていた。
「……」
きっと琥珀さんはガクガク動物ランドを見てこういう授業をやろうと思ったに違いない。
「で、その歌とはどのような歌を歌うんです?」
「あ、はい。ちゃんと用意してきましたから。前の席の人、後ろに回してくださいねー」
琥珀さんが一番前のふたりに紙を渡していく。
ちなみに席順は右側が前から順にアルクェイド、シエル先輩、秋葉。
左側が翡翠、俺、琥珀さんの順だ。
琥珀さんは今回先生なので俺の後ろには誰もいない。
「どうぞ」
「あ、うん」
紙を受け取る。
「音楽はこのCDから流れますので、みなさんは席順で一区切りずつ歌ってください」
「一区切りってなに?」
「ええ、例えば『吉田、佐藤、田中ー』という歌でしたら『吉田』の部分をアルクェイドさん、『佐藤』のところをシエルさん、『田中』のところを秋葉さまが歌うんです」
なんだろうそのわけのわからない歌は。
「なるほど、よくわかりました」
しかも秋葉は納得していた。
「俺たちはどうするの?」
琥珀さんに尋ねる。
「あ、はい」
琥珀さんと目線が合う。
「……」
やはりどうしても意識してしまった。
「秋葉さまのあとに翡翠ちゃん、そして志貴さんに歌ってもらいます」
しかし琥珀さんはいつも通りににっこりと笑いながらそんなことを言った。
「そうか。わかった」
琥珀さんがそういう態度を取ってくれているのに俺ばかりが変に気にしているのも悪い。
俺も出来る限りいつも通りの態度を取れるようにしなくては。
「ただ、ここで注意があります。志貴さんが歌った後は順番が逆になります」
「え? なんで?」
「順番通りに歌うんじゃ簡単ですから。志貴さんまで行ったらまた翡翠ちゃん、秋葉さま、シエルさん、アルクェイドさん、志貴さまと行きまた逆転します」
「む、難しいわね」
アルクェイドが口をへの字に曲げている。
「だからこそ間違えて歌ってしまう可能性が大きいんじゃないですか。もちろん間違えた人はペナルティですよ。頑張って下さいねー」
なんだか授業というよりバラエティ番組の勢いだった。
「いいから早く始めなさいな。もっとも私が間違えることはあり得ないですけどね」
秋葉は自身満々である。
「わっかりましたー。ではミスター陳のロイヤルペナルティーゲーム、スタート!」
琥珀さんは意気揚々とスイッチを入れ、音楽がなり始めた。
「お……」
イントロでなんの歌だかわかる。
まずはアルクェイドのパートだ。
「ぴょこん」
次にシエル先輩。
「ぴたん」
そして秋葉。
「ぺったん……琥珀ーっ!」
がたんと椅子から立ちあがる秋葉。
「あーっ。秋葉さまペナルティーアルよー?」
何故だか琥珀さんはエセ中国人口調だった。
もしかしたらそういうキャラもガクガク動物ランドにいるのかもしれない。
「なんですかこの歌はっ! なんなんですかこの歌詞はっ!」
秋葉は非常に激怒している。
よほど自分の歌うところの歌詞が気に食わなかったらしい。
「なんだと言われましても困るアル。有名なカエルの歌ネ。カエルが跳ねる様子現わしてる。ぴょこん、ぴたん、ぺったんこと」
「ぬ、ぬううう……」
拳を握り締める秋葉。
そういえば席順を決めたのは琥珀さんだ。
琥珀さん、最初っからそのパートを秋葉に歌わせるためにこの席順にしたんだろうなぁ。
「あっはっはっはっはっはっは妹おっかしーい」
アルクェイドは大爆笑していた。
「な、なんですかアルクェイドさんっ! なにがおかしいんですかっ!」
「べっつにー」
とぼけるような仕草をするアルクェイド。
「あ、アルクェイド。し、失礼ですよ、もう……」
とか言っている先輩も笑い顔である。
「とにかく秋葉さまは歌詞を間違えたからペナルティーアル。このお茶を飲むヨロシ」
「そんな! 納得できません!」
琥珀さんに因縁をつける秋葉。
「秋葉。間違えたのは事実だろ。諦めて罰ゲームを受けろ」
「に、兄さん」
「そうよ妹ー。往生際が悪いー」
「わ、わかりましたよ! 飲みます! 飲めばいいんでしょうっ!」
秋葉は琥珀さんからティーカップを取り上げごくりと一口で飲み干した。
「う」
そしてその手からティーカップが落ちる。
「あ、秋葉っ?」
ま、まさかティーカップに毒がっ?
「こ、琥珀、あなた、これ……」
辛そうな顔を琥珀さんに向ける秋葉。
「フフフ。このお茶はただのお茶ではないアルね。そこにいる翡翠ちゃんが調合したお茶アルよ」
毒ではなかったらしい。
「……ひ、翡翠が調合だって?」
だけど今の言葉は聞き捨てならなかった。
「遠野君? どういうことなんですか?」
「ああ、翡翠はなんていうか、その。味覚が特別なんだ。だから普通の人がその食事とかを食べたりすると……」
「死ぬほどまずいのね」
言い辛いことをさらりと言ってのけるアルクェイド。
「申し訳有りません」
翡翠はかなりうなだれていた。
「ひ、翡翠は気にしなくていいわ……琥珀、あなたとんでもないことを考えたわね……」
ふらつきながらも席に座る秋葉。
「フッフッフ。今のワタシはミスター陳。ガクガク動物ランドを恐怖に陥れる悪の女アルよ。それくらい当然ネ」
やはりそのミスター陳とやらはガクガク動物ランドのキャラクターらしい。
だがなんというか、久々に割烹着を脱いだ悪魔が大活躍といった感じがしてたまらない。
「ミ、ミスター陳。なんて酷い事をっ……」
アルクェイドは完全にノリノリだった。
「ふっふっふ。人質のエト君を帰して欲しければ勝負を続けるアル」
どうやらそういう設定らしい。
「み、みなさんっ! エト君を助けるために頑張りましょう」
エト君の名前が出た途端に翡翠の目の色も変わる。
「……その勝負ってどうなったらわたしたちの勝ちなんでしょうね」
「さあ……」
俺と先輩の二人だけが置いてけぼりなのであった。
続く