アルクェイドは完全にノリノリだった。
「ふっふっふ。人質のエト君を帰して欲しければ勝負を続けるアル」
どうやらそういう設定らしい。
「み、みなさんっ! エト君を助けるために頑張りましょう」
エト君の名前が出た途端に翡翠の目の色も変わる。
「……その勝負ってどうなったらわたしたちの勝ちなんでしょうね」
「さあ……」
俺と先輩の二人だけが置いてけぼりなのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
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続・割烹着を脱いだ悪魔
「勝負のルールアルか? 全員が間違えずに最後まで歌いきればヨロシ」
琥珀さん、いやミスター陳に聞いたところそういうルールになっているらしい。
「それくらいならなんとかなりそうですね」
と先輩は言っているものの。
「ならないような気がするな……」
今の歌のセレクトのように、色々な罠が仕掛けられているに違いない。
「いいからさっさと次をやりなさい、琥珀」
秋葉はもう見るからに不機嫌そうだった。
「ミスター陳アル。では二曲目よろしいアルか? 次の歌を翡翠ちゃんからスタートネ」
「了解しました」
どうやら一度失敗したら次の歌にいかなくてはいけないらしい。
渡された次の紙を見る。
「……」
ああ、なんかもう歌詞を見ただけで駄目っぽい。
「それではスタート!」
琥珀さんが音楽を鳴らす。
イントロ部分。
「頑張りましょう、志貴さま」
「……ああ、うん」
駄目だと思うけどまあやってみよう。
「ナイ」
翡翠。
「ナイ」
俺。
「ナーイ」
また戻って翡翠。
そして次は秋葉だ。
「むーねーが……」
秋葉の方向からものすごいオーラが放たれてくる。
「……なーい」
おおっ、耐えてる! 耐えてるぞ秋葉がっ!
「さすがです秋葉さま!」
翡翠がエールを送る。
「ふ……ふふふ……所詮胸なんて脂肪の塊なんです。そんなものなくったって生きていけるんですから」
なんだか聞いていて涙を誘うような秋葉の言葉である。
「この遠野秋葉に同じ手は二度も通用しませんっ!」
とか言っているものの、やはりかなり無理をしてそうな感じがしてたまらない。
「……強くなってくれよ、秋葉」
兄として妹の成長を切に願ってやった。
ちなみにそんなやり取りをしている間も歌は進んでいる。
「でーもとまらなーいー」
先輩が割とノリノリの雰囲気なのはなかなか意外だった。
「や、やるアルね」
琥珀さんも驚きの表情だった。
これで導入部分は終わりだ。
少し間奏を挟んでメイン部分に移る。
琥珀さんの思惑とは外れ、順調に歌は進んでいった。
そして何度目だかわからないけどアルクェイドの番。
「授業中に手を上げたりして〜」
次にシエル先輩。
「お〜れさまが好〜きだ〜ってぇ〜」
さらに続いて翡翠。
「言えるな〜ら〜ば〜」
そして次は俺の番だ。
「抱〜いてや〜っちゃ〜うぜ〜」
その瞬間、全員が俺のほうを見た。
「え……なに」
「兄さん……今のは……」
「遠野君。やけに感情がこもっていた気がするのですけれど」
「え、いや、そ、そんなことはないけど」
「志貴さま……」
翡翠まで非難の目で俺を見ている。
「な、なんだよ。ただ歌詞を歌っただけだろ? なあアルクェイド」
アルクェイドに意見を求めた。
「志貴、好き」
すると真上にびしっと手を上げてそんなことを言うアルクェイド。
「……な、なんだって?」
「ほら、言ったわよっ。抱いてくれるのよね?」
「え、いや、ちょっと待てっ!」
あくまで歌の歌詞の話であって、俺の意思はまったくないのだ。
「だから……」
「なんてこと言いやがるんですかこのバカ猫がぁー!」
「ふぎゃー!」
説明する間もなくアルクェイドは先輩のドロップキックによって吹っ飛んでいった。
っていうかふぎゃーってなんだふぎゃーって。
「おやおや、仲間割れアルか、ケンカ反対アルよー」
琥珀さんはにこにこ笑っていた。
まさかこの選曲、ここまで予想してのことなんだろうか。
「琥珀さんっ! さっきから歌の選択が間違っています! こんな教育上よからぬ曲は使用してはいけませんっ! 即刻終了してください!」
「そんなー。まだこのあと替え歌の牡丹娼婦レナが待っているというのに」
「ますます駄目ですっ! 今すぐ終わりなさい!」
ああ、なんかシエル先輩がPTAの人みたいに見える。
「ぼたんしょう・ふれなってなんでしょう?」
翡翠が尋ねてきた。
「な、なんだろうね、あはは……知らないほうがいい気がするよ」
よい子のみんなも辞書で調べてはいけません。
「よ〜く〜もやったわねシエル〜!」
俺が頭を抱えていると、アルクェイドが起きあがってずかずかと先輩に歩み寄っていた。
「あなたが不謹慎なことをするからです。授業中に勝手な行動は慎んでください」
「ふーん。じゃあ守らなかったからってドロップキックをかますのはアリなわけ?」
「そ、それは……その」
言葉に詰まる先輩。
当然、普通の授業中の人に攻撃を仕掛けたりしてはいけません。
「あーもう、どっちもどっちだ。大人しく席に座ってくれ」
仕方ないので間に割って入る。
「志貴がそう言うなら……」
ぶつぶつ言いながら席に戻るアルクェイド。
「す、すいません遠野君」
先輩も席へ戻ってくれた。
シエル先輩もアルクェイドが絡むと熱くなっちゃうからなあ。
「仕方ありませんねー。では別の形式にしましょうか」
琥珀さんは残念そうだったけど、そんなことを言うということはまだ別のアイディアがあるということである。
「次はまともなのにしなさいよ」
溜息混じりの秋葉。
「大丈夫です。今度はナイチチとかぺったんことか洗濯板とかそういう単語は一切入っていませんからー」
「そそそそ、そうっ? 気を使わせちゃって悪いわねっ? ほほ、ほほほほほほっ!」
うわあ、秋葉相当無理してるなあ。
「しかし当の琥珀さんも相当ダメージを受けていると思うんですけど」
「え?」
「ほら、目の前にアルクェイドがいるでしょう? だから」
「あー……」
ナイチチぺったんこ洗濯板という言葉がもろに自分にカウンターとなって返ってきてしまうわけである。
だからこそあのテンションなのかもしれない。
「……」
翡翠はなんだかもう死ぬほど恥ずかしくてたまらないといった感じの顔をしていた。
そりゃあまあ、実の姉があのはっちゃけぶりじゃあ無理ないかもしれない。
「エト君……必ず助けてあげるからね……」
そっちかい!
声に出して叫びそうになったのをなんとか耐えた。
いかん、翡翠まで琥珀ワールドにはめられてしまっているようだ。
「では次の準備をいたしますのでー。しばらくお待ち下さいー」
琥珀さんはそう言って部屋から出ていってしまった。
「一体何をするつもりなんでしょう」
「さあ……」
わからないけどまたとんでもないことだったらどうしよう。
「どんなのをやるのかな〜」
ただアルクェイドだけはやたらと楽しそうだった。
アルクェイドのための学校なので、ある意味琥珀さんの行動は正しいのかもしれない。
「けどなあ……」
いくらなんでもはっちゃけすぎだって。
「ふっふっふ。待たせたな諸君。授業を再開しよう」
部屋に戻ってきた琥珀さんは。
「あっ! すごい。それ、教授の格好じゃない」
アルクェイドの言うように、ガクガク動物ランドの教授のコスプレをして戻ってきたのであった。
続く