アルクェイドに必要なのは集団での経験だ。

そのための場所に学校を作った。

だけどもうひとつくらい必要だろう。
 

そのためには、俺の犠牲のひとつやふたつくらい。
 
 
 
 
 

「それでどういうことなのかしっかり説明いただけるんですよね?」
「えー、あー、うー」

昼食の席にアルクェイドを連れてきた俺に対して、我が妹は鬼のような形相で出迎えてくれるのであった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
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「だ、だからさ、秋葉。アルクェイドがもうちょっと節度ある行動を取れるようになるには、もっと集団生活での経験が必要だと思うんだよ」
「それは理解できますが、何故わざわざ食事の時間なんです」

俺を睨みつづける秋葉。

だがこの恐怖に屈してはいけない。

俺だっていつまでも秋葉に頭が上がらないままじゃ駄目なんだ。

「い、いや、食事のマナーとかをアルクェイドに教えてやって欲しいと思ってさ」

しかし頼むことは割と情けないことのような気もしなくもない。

「……マナーですか」

俺の言葉を聞いた秋葉はなんだか小姑みたいな笑い方をした。

「いいでしょう。マナーを教えるのですね? ですが、私はものすごく厳しいですよ?」
「あー、あ、うん。き、期待してる」

やっぱり秋葉にさらなる協力を依頼するのは無謀だったかもしれなかった。
 
 
 
 
 

「兄さん。それは違うとさっきも言ったでしょう」
「う」

そんなわけで何故か俺まで一緒になってマナーのお勉強をしていたりする。

「志貴ってば駄目ねー。ぜんぜんヘタクソなんだから」

俺と違って余裕綽々のアルクェイド。

「う、うるさいな、俺はこういうのに慣れてないんだよ」

迂闊だった。

アルクェイドはなんにしても知識だけはやたらとあるのだ。

食事のマナーなんてもう知識がなきゃどうにもならないものなので、完全に俺は不利なのであった。

「志貴さん、スープは音を立てずに飲みましょうねー」
「わ、わかってるよ……」

やや離れたところで翡翠と琥珀さんが俺たちのことを見ている。

なんだか見世物にされてる気分だ。

「まったく、アルクェイドさんの前に兄さんがマナーを学ばなければいけないようですね」
「うう……」

くそう、まったくヤブヘビになってしまったじゃないか。

「あーもう。やめやめ。マナーはもういい。やめよう」
「あはっ。志貴さん、もう挫折ですか?」
「そもそもマナーを教えて欲しいと言ったのは兄さんでしょう?」

二人になじられてしまった。

「だ、だからそれはアルクェイドにであって、俺は別に教わらなくたっていいんだよ」
「そうは言ってもアルクェイドさんにもう教える事なんてなさそうですし」
「むぅ」

アルクェイドは俺の事なんててんで助ける気もないようで、美味しそうにデザートのプリンを食べていた。

「……ってプリン?」

俺はまだスープの時点で手間取っているというのに。

「志貴さんがよっぽどニブチンだということですねー」
「マジで?」
「ち、違います。アルクェイドさまが先にデザートを食べてしまっているだけで……」

琥珀さんの言葉を信用しかけた俺に翡翠が慌てて説明をしてくれる。

「こら、アルクェイド。駄目じゃないか。先にデザートを食べちゃ」

横に座っているアルクェイドを叱る。

「ふーんだ。わたしよりマナーの出来てない志貴に言われたくないわね」
「ぐ」

至極もっともな意見である。

だがアルクェイドにそんなことを言われるのはかなり悔しい。

「アルクェイドさん。兄さんよりマナーが多少出来ているからといって先にデザートを食べていいという道理はまかり通りません。即刻食べるのをお止めなさい」

俺に代わって秋葉がアルクェイドをたしなめてくれる。

「ふーんだ。もう食べちゃったもんね」
「……くっ」

秋葉は悔しそうだった。

「ほら、志貴も早く食べちゃいなさいよ。遊びに行こっ?」
「はいはい、わかってるよ」

マナーを無視して食事のスピードを上げる。

「ちょっと兄さん。この後アルクェイドさんとどこか行く予定なのですか?」
「多分、そうなると思うけど」
「認めません」

一秒で却下されてしまった。

「なんでよ。妹に志貴の行動をあれこれ指図できる権利なんてないでしょ?」
「そ、それは……そうですけど」

言葉に詰まる秋葉。

いいぞアルクェイド。もっと言ってやれ。

「あはっ。アルクェイドさんの言い分はもっともですが、アルクェイドさんにはお仕事をしてもらいますからねー」

すると琥珀さんがそんなことを言った。

「仕事? なんで?」
「はい。ただでご飯を食べられるほど世の中は甘くありません。労働でしっかり返して下さいな」
「ああ……」

確かにそれは世の中の道理である。

「そ、そうですっ。皿洗いでも庭掃除でもなんでも、家に貢献してから遊びにいきなさいっ!」

琥珀さんの言葉に乗じる秋葉。

「そうだな……それもいいかもしれない」

それも社会勉強の一環である。

「むー。わかったわよ。それをすれば志貴と遊んでもいいのね?」
「ええ、もちろんです。その間に志貴さまはごゆっくり秋葉さまとマナーを学習してくださいな」
「うえっ、マジで?」
「志貴さま、頑張って下さい」

いや、そんなこと言われてもなあ。

「はいはい、ではアルクェイドさんこちらへお越し下さい。色々仕事はありますので〜」
「わかったわよ。志貴、また後でね」
「失礼いたします、志貴さま、秋葉さま」

アルクェイドは翡翠と琥珀さんと共にどこかへ行ってしまった。

「さて……マンツーマンです。たっぷりと指導できそうですね」

俺に向けてさわやかな笑みを浮かべる秋葉。

「お、お手柔らかに……」

俺は鬼妹が少しでも優しい指導をしてくれる事を切に願うのであった。
 
 
 
 
 

「……やれやれ、やっと終わってくれた」

俺は溜息をつきながら玄関を開けた。

ただの食事だというのに一時間もかかってしまったじゃないか。

いや、一時間で終わった事ですら奇跡といえるかもしれない。

「秋葉のやつ、厳しすぎなんだよな……」

いつか兄としての威厳を秋葉に見せてやりたいものである。

だけど多分もう一度同じ事をやれと言われたら俺は力尽きてしまうだろう。

「……」

そんなことを考えたらますます気が重くなってしまった。

「と、とにかく」

とにかくこれで遊びに行けるわけだ。

うさばらしの意味も込めて、今日は思いっきり遊んでしまおう。

「……さて」

アルクェイドのやつはどこへいるのやら。
 

「あかりをつけましょ爆弾に〜。どかんと一発はげあたま〜」
 

なんだか聞いてるだけでやる気がなくなるような替え歌が聞こえてきた。

この声は琥珀さんだ。

少し歩いていくと、楽しそうに箒を動かしている琥珀さんがいた。

「琥珀さん」
「あ、志貴さん。お出かけですか? レレレのレ」

頭に人差し指を当ててそれっぽいポーズを取る琥珀さん。

「うん。おでかけなのだ」

そんなわけでつい俺までそんな口調になってしまった。

「お、おでかけなんだけど。うん。アルクェイドはどこにいるか知らない?」

咳払いをして琥珀さんに尋ねる。

「アルクェイドさんですか? 今はえーと……あのへんにいらっしゃるんじゃないですかね?」

琥珀さんが指を指した方向には大きな木が生えている。

そして。

「……なにやってるんだ? あいつ」
 

アルクェイドはその木のてっぺんあたりに掴まっているのであった。
 

続く



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