咳払いをして琥珀さんに尋ねる。
「アルクェイドさんですか? 今はえーと……あのへんにいらっしゃるんじゃないですかね?」
琥珀さんが指を指した方向には大きな木が生えている。
そして。
「……なにやってるんだ? あいつ」
アルクェイドはその木のてっぺんあたりに掴まっているのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
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「ええ、ちょっと木の手入れをしてもらっているんですよ」
「手入れ?」
「はい。よく職人さんがハサミでチョッキンチョッキンってやってるじゃないですか。あれをやって頂いているんです」
「へえ……」
「最初は箒で庭を掃いてもらうだけのつもりだったんですけど。アルクェイドさんの能力が本当に凄くて」
「……あいつ、どんなことやった?」
とんでもないことをやらかしてなきゃいいけど。
「はい。木に登って風で枝や葉っぱをぴゅーっと一気に飛ばしていまいました。時間もまったくかかりませんし。もう庭のほとんどの木が綺麗になりましたよ〜」
「そ、そうなんだ」
そういえば周囲の木々が見栄えがよくなっている気がする。
「志貴さん、アルクェイドさんがこんないい能力を持ってるって知っていたんだったら早く言ってくださいよー」
「いやー、その、ははは……」
アルクェイドの非常識な能力をあっさり受け入れてしまう辺り、さすがは琥珀さんである。
「庭の雑草刈りもあっという間に終わりましたし、アルクェイド様々ですね」
「なんだかなぁ……」
真祖の姫君が植木屋さん家業だなんて、ちょっとぱっとしない。
けどまあ、アルクェイドが自分のため以外に力を使うってことはいいことなんだろう。
「おーい、アルクェイドー」
アルクェイドに向かって手を振る。
「あ、志貴」
それで俺に気付いたアルクェイドは上から飛び降りてきた。
空中で三回転して着地。
「お疲れ様。もうマナーの勉強は終わったのかしら?」
「ああ。なんとかな。まったく、とんだやぶへびだったよ」
俺は苦笑した。
「志貴さま教育計画になってしまいましたからね〜」
「勘弁して欲しいって。まったく」
「ご飯なんて手早く楽しく食べれればいいのよ。マナーなんてめんどくさいわ」
「いや、ほんと実にまったくその通りだ」
もう食事のマナー云々について言うのは止めよう。
「アルクェイドも結構仕事をやったみたいだな? どうだった?」
「うん。割と面白かったわよ? たまにはこういう暇つぶしもいいわね」
割とアルクェイドは上機嫌だった。
こいつにとってはなんでも楽しめることなんだろう。
「そうか。よかったな」
そこのところはアルクェイドが羨ましかったりする。
「うん」
アルクェイドはにっこりと笑った。
「で、もう遊びにいってもいいかな? 琥珀さん」
「ええ。秋葉さまが了解したのなら問題ないと思いますけど」
「ほんと?」
さらに嬉しそうな表情を浮かべるアルクェイド。
「じゃあ行こっ。志貴」
「あ、うん」
俺は手を引っ張られ、てくてくと歩いていく。
「今度機会があったらお皿洗いのほうもお願いしますね〜?」
「ええ。考えておくわ」
「ははは……」
どうやらアルクェイドは完全に便利屋家業にされてしまったようであった。
「ん?」
「志貴さま……アルクェイドさま」
屋敷の門のところで翡翠とばったり遭遇した。
「出かけるの?」
「ええ。ちょっと買い物に」
翡翠が買い物に行くなんてなかなか珍しい。
「へえ……っていうかその格好で行くの?」
「はい」
翡翠はまったくいつも通りのメイド姿である。
「こ、琥珀さんに頼んだほうがよくない?」
「わたしでは……不服ですか?」
「い、いや。そういうわけじゃないんだけど。その、メイドさんが街中を歩いていたらみんな驚くと思うんだよ」
俺がそう言うと翡翠はなんともいえない表情をした。
「秋葉さまが早急に単三の電池が必要だというので、急がねばならないのですが……」
「単三電池? 電池くらい俺が買ってくるって」
「しかし」
「いいっていいて。ほらほら」
俺が手を出すと翡翠は渋々といった感じでお金を渡してくれた。
「ちょっとちょっと志貴。わたしはどうなるの?」
「ん……いや、すぐ終わるから我慢してくれ」
「むーっ。電池なんていいじゃないの。だいたい、妹が電池欲しいっていうなら妹が買いに行くべきなのよね。絶対おかしいわよ」
アルクェイドはたいそうご立腹だった。
「いや、そうなんだけどさあ……」
秋葉はお嬢様なので、そんなめんどくさいことはやらないのだ。
もしかすると自分ひとりで何かを買ったことなんてないんじゃないだろうか。
だいたいお付の琥珀さんにお金を払わせたりして。
「……アルクェイドも問題だけど秋葉も問題だよなあ」
どうしてこう俺の周りには世間離れしたやつが多いんだろう。
マナー云々よりも俺はこっちのほうが大事なことだと思う。
「よし。俺は決めたぞ」
俺は決意をした。
「何を決めたのよ」
「ああ。だから秋葉に電池を買いに行かせるんだ」
アルクェイドに成長してもらうとともに、秋葉にも変化してもらおうじゃないか。
「なんですって?」
「だから、おまえが電池を買いに行くんだよ」
アルクェイド、翡翠と共に俺は秋葉の部屋に来ていた。
「どうしてわたしがそんなことをしなくてはいけないんですか」
俺の言葉を不満そうな顔で返す秋葉。
「おまえが電池を欲しいと思ったんだから、自分で買いに行くのが正しいだろう? 普通は」
「しかし私は遠野の頭首なんですよ?」
「頭首でもなんでもだ。買い物の経験なんてあったって悪かないだろ?」
「そうよそうよ。わたしだってひとりで買い物したことくらいあるのよ? 妹はないの?」
アルクェイドが野次を飛ばす。
「くっ……」
秋葉はたじろいでいた。
どうやら本当にひとりで買い物に行ったことがないらしい。
まあずっと琥珀さんや翡翠任せの生活だったからなあ、秋葉は。
「だったら、これも経験だと思ってさ。やってみろよ」
「ですが……」
煮え切らない態度を取る秋葉に、俺は極めつけの一言を発することにした。
「それとも、アルクェイドですら出来るようなことが、秋葉には出来ないのかな」
「バ、バカにしないでくださいっ! それくらい私だって……」
予想通りの反応が返ってくる。
「じゃあ、やるんだな」
「……や、やります。やりますともっ!」
「よーし」
遠野志貴のささやかな逆襲……もとい、遠野秋葉はじめてのおつかい計画始動である。
続く