煮え切らない態度を取る秋葉に、俺は極めつけの一言を発することにした。
「それとも、アルクェイドですら出来るようなことが、秋葉には出来ないのかな」
「バ、バカにしないでくださいっ! それくらい私だって……」
予想通りの反応が返ってくる。
「じゃあ、やるんだな」
「……や、やります。やりますともっ!」
「よーし」
遠野志貴のささやかな逆襲……もとい、遠野秋葉はじめてのおつかい計画始動である。
「屋根裏部屋の姫君」
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そんなわけで。
「志貴、今日はどこに行こっか?」
「そうだな……映画はこの前見たし、ゲーセンにもいったし、カラオケにでも行くか」
「カラオケって歌を歌うところよね? どんな歌歌うの?」
「まあ、なんでもいいけど。演歌とか面白いかもな」
「兄さんっ! アルクェイドさんっ! 少し静かにして頂けませんかっ!」
俺がアルクェイドとそんな会話を続けていたら、やや前を歩いていた秋葉が苛立った様子でそう叫んできた。
「いけませんよ秋葉さま。志貴さんとアルクェイドさんはただの通行人AさんとBさんなんですから。話しかけるのは厳禁です」
にこにこ笑いながらそんなことを言うのはもちろん琥珀さんである。
「……っ」
琥珀さんの言葉に顔をしかめる秋葉。
「だいたいなんで兄さんたちはついてきているんですかっ!」
「それは偶然だぞ秋葉。たまたま俺たちの行きたい方向が同じなだけだ。なあ?」
「ねー」
もちろんこれは大きな嘘である。
秋葉に買い物をさせると言ったはいいものの、やはり一応は心配なのでこうやってついてきているわけだ。
ただ、こっそり尾行していって見つかったらそれはそれでまた厄介な事になる。
だったら最初から堂々とついていってしまおうというわけであった。
「じゃ、じゃあ琥珀はなんなの……?」
「秋葉さま。この琥珀は秋葉さまの事が本当に心配なんです。だからわざわざこうやって透明人間のふりをしてまでもついてきていると言いますのに。それがご不満ですか?」
なんで翡翠ではなく琥珀さんが一緒にいるかというと、俺たちが部屋で秋葉を買い物に行かせよう、という話を成立させた瞬間に琥珀さんが現れたからである。
どうも裏でこっそり話を聞いていたらしい。
そして琥珀さんがついてきた建前はそれなのであるが。
「そ、それは……その」
琥珀さんの言葉にたじろぐ秋葉。
「秋葉さまは何も気になさらず買い物をしてくださればいいんです。ええ、秋葉さまはわたしごときがいなくても買い物くらい立派に出来る事を証明してくださいっ!」
とまあ、口調やノリからしてわかるけど、琥珀さんのスタンスは「こんな面白そうなこと放って置けるわけないじゃないですか」なわけである。
まあ俺も半分くらいそういう心境なので琥珀さんを責める事は出来ない。
同じ穴のムジナである。
ちなみに翡翠には当然そういう趣味はないのでおるすばんだ。
ああ、なんだか俺も汚れてきてしまったかもなあ。
「志貴〜。あそこのコンビニでポテト買ってよ〜。なんか美味しそうだよ?」
「ダーメ。あそこのは高いんだから。他のトコにしろよ」
「えー。他のところの不味いじゃない。ここのが美味しいのに」
アルクェイドはもう完全に秋葉を無視している。
むしろ俺といちゃつくのを秋葉に見せつけてやろうというつもりらしい。
当社比108%くらい(普段からそうだからあんまり変わらない)で俺にあれやこれやとおねだりをしてきていた。
「うるさいですよあなたたちはっ! まったく……」
秋葉は再び俺たちを怒鳴り、コンビニを通過していく。
「また通りすぎちゃいましたねー」
「……ああ」
これで3つ目くらいのコンビニであるが、秋葉はまったく目もくれずに歩いているのだ。
そう、お嬢様である秋葉はコンビニで電池くらい簡単に買えるってことを知らないのである。
じゃあその秋葉が電池をどこまで買いに行くのか、ということはなかなか興味深いことだと思う。
「なあ。琥珀さんは秋葉がどこに行くと思う?」
そんなわけでまず琥珀さんに意見を聞いてみた。
「そうですねー。無難にデパートの家電売り場ではないでしょうか」
「なるほど。そこならいかにも電池がありそうだもんな」
むしろ他の製品がありすぎて電池が見つけ辛い可能性もあるが。
だいたいレジの付近にあるということさえ知っていれば簡単に購入できるだろう。
だがもちろん秋葉はそんなことを知るわけがない。
「アルクェイドはどう思う?」
次にアルクェイド。
「わたし? そうねぇ……おもちゃ売り場かな」
「それもありだな」
電池で動くおもちゃっていうのは結構ある。
秋葉は行かないだろうが、アルクェイドらしい思いつきだとは言えた。
「志貴はどこだと思うの?」
今度はアルクェイドが俺に尋ねてきた。
「そうだなぁ……」
もっと何か、予想だにしないような場所だったら面白いんだけど。
「そうだな。警察に行ってどこに電池が売っているかを聞くってのはどうだ?」
「それはあり得ませんよー。秋葉さまはプライドの固まりなんですから。わたしたちならともかく、見知らぬ方にそんな恥をさらすような真似は決していたしません」
琥珀さんは大仰に首を振って否定して見せた。
「それもそうか……いや、一本取られたな」
「そうよそうよ。妹なんて胸ないくせにプライドだけは大きいんだから」
アルクェイドの一言でぴたりと秋葉の足が止まる。
「……どこの誰だか知らない通行人の方々。全て丸聞こえなのですが」
妙に落ち着いた感じの秋葉の口調。
だが背中からはものすごいオーラが発せられている。
少し調子に乗りすぎてしまったらしい。
「あ、アルクェイド。少し静かにしていよう。うん」
やはりどうしても秋葉にプレッシャーをかけられると屈してしまう。
「ちぇー。でも、全部聞こえてたって言うなら他の場所で買うのよね。きっと」
そんな秋葉にやたらと挑発的なセリフを言うアルクェイド。
「当然です。この私がそのようなありきたりな場所でものを買うわけがないじゃないですか」
秋葉もそんなところでムキにならなくたっていいだろうに。
「秋葉さま……」
琥珀さんも少し困った顔をしていた。
これじゃあアルクェイドのワガママぶりと大差ない感じである。
「もう、放って置いてください。私一人で大丈夫なんですからっ!」
そう言ってペースを上げ、ずかずかと歩いていく秋葉。
「あ……おい……」
「志貴さん。仕方ありません。ここはちょっと様子を見ましょう」
後を追おうとしたけれど、琥珀さんに静止されてしまった。
「そうよ志貴。妹なんて放って置いて別のところに行きましょうよ」
「そういうわけにもいかないだろ。俺が秋葉に行けって言ったんだからさ」
大分頭に血が上ってるようだし、かなり心配である。
「ちぇー。志貴ってば妹には甘いんだから」
アルクェイドはむくれていた。
「……そうか?」
甘いとか甘くないとかじゃなくて、秋葉にいいように使われているような気がするんだけど、俺。
「さぁ、秋葉さまに見つからないように後を追いますよー」
そして琥珀さんが本領を発揮し始めてるのは気のせいなんだろうか。
「う、うん……」
俺はこの先ろくでもない事が起きそうな予感がびんびんするのであった。
続く