アルクェイドはむくれていた。
「……そうか?」
甘いとか甘くないとかじゃなくて、秋葉にいいように使われているような気がするんだけど、俺。
「さぁ、秋葉さまに見つからないように後を追いますよー」
そして琥珀さんが本領を発揮し始めてるのは気のせいなんだろうか。
「う、うん……」
俺はこの先ろくでもない事が起きそうな予感がびんびんするのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
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「どうも迷っているようですね」
「だなぁ」
交差点のところで秋葉はきょろきょろと周囲を見回していた。
信号が青になると一応は前に進んでいくものの、途中で思い直したように引きかえして来たり。
信号を右に渡ったかと思えばまっすぐ渡っていった先で左に戻っていったり。
はっきり言ってかなりの挙動不審である。
「秋葉さまはあまり一人で街中を歩くようなことはなさらないですから……」
「そういえば出かける時はいっつも車だったもんなぁ」
こんなに近所の商店街だというのに、秋葉はどこに何があるのかほとんど知らないんだろう。
「……ちょっと助け舟を出してくるか?」
「志貴。それじゃ妹が一人で買い物に行くことにならないでしょ。無意味じゃない」
「うーん……」
しかしこのままでは日が暮れてしまいそうである。
「あれ? 遠野君じゃないですか」
そんなことを考えていると後ろから声をかけられた。
「……シエル先輩?」
振り返るとスーパーの袋をぶら下げたシエル先輩が立っている。
どうやら晩御飯の買出しらしい。
袋の中身はにんじんジャガイモタマネギカレー粉。
シエル先輩の晩御飯は今日もカレーのようだ。
「何か用かしら、バカシエル。志貴はわたしとデート中なんだから邪魔しないでよね」
アルクェイドはそんなことを言って俺に抱きついてきた。
「なっ……離れなさい、このっ!」
途端に血相を変えるシエル先輩。
「……アルクェイド、頼むからこれ以上事態をややこしくしないでくれ」
ただでさえ秋葉のことが気がかりでいっぱいいっぱいだというのに。
「ややこしく……って、何かあったんですか?」
「ええ、ちょっと……」
「志貴さん。アルクェイドさん。秋葉さまが移動しましたよー」
やや離れたところから琥珀さんの声が聞こえる。
「あ、うん」
「琥珀さんも一緒なんですか。一体何が?」
「シエルには関係ないでしょ。ひっこめー」
「……てりゃ」
先輩に野次を飛ばすアルクェイドを後ろに回す。
「いや、実は秋葉がはじめてのおつかいを」
「秋葉さんが?」
「むーっ。何するのよ志貴っ」
「人の話の邪魔をするなって。ほら行くぞっ」
慌てて琥珀さんの後を追う。
「秋葉があんまりにも社会経験がないことを、ちょっと自覚させてやろうと思いまして」
「なるほど……秋葉さんも多少世間知らずなところがありますからね。……アルクェイドほどではないですけれど」
やっぱりアルクェイドを知ってる人間はみんなこいつが買い物が出来ないだろうと思っているらしい。
「何よー。わたしはひとりで買い物くらい出来るんだから。バカにしないでよ」
それに対してお決まりの返事を返すアルクェイド。
だが何度聞いても疑わしい言葉である。
「ではメシアンでカレーパンをお願いします」
そう言ってシエル先輩はアルクェイドに百円を手渡した。
「上等じゃない。待ってなさいよっ」
百円玉を握り締め駆け出すアルクェイド。
「……って騙されないんだからねっ! そんなんで志貴と二人きりになろうったって甘いんだからっ!」
「ちっ。こういうときばかり鋭いんですね、あなたは」
「あーもう、頼むからそういうことしないでくれ……」
頭痛の種は増えるばかりである。
それから先はまあ、予想通りというかなんというか、トラブルの連続であった。
「あっ。志貴。休憩3000円だって。ちょうどいいから休んでいかない?」
いかにもいかがわしいお城風の建物の前でそんなことを言うアルクェイド。
「アルクェイド。そこに入ると休憩どころか体力を消耗するから絶対駄目だ」
っていうか承諾したら先輩に殺されてしまう。
「そうですっ! ぜぜぜ、絶対駄目ですっ! 断じて許しませんっ!」
先輩は顔を真っ赤にしていた。
「……あはっ。出しちゃえ」
一方琥珀さんはなんだかろくでもないことを言っている。
「えー? なんで? この中って何をするところなの?」
お約束通りアルクェイドはここがどういうところなのかわかっていないらしい。
「……いや……えーと……ほ、ほらっ。秋葉を見失うぞっ!」
「ねー。志貴ってばー」
っていうかなんでこんなところを通るんだ秋葉は。
ここは完全に裏道だぞっ。
年頃の女の子なんか絶対歩いてないぞっ!
とまあ、なんでそんなことを俺が知っているのかというのは内緒ということでひとつ。
とか。
「志貴ー。なんかじゃがいも一キロが超特価百十一円だって」
「いや、そんなこと俺に言われても」
「ひ、百十一円っ? それはどこですかっ?」
目の色を変える琥珀さん。
「さ、さっき買った店では百八十二円だったのに……!」
完全に落ち込んでいる先輩。
「……でも、じゃがいもならいつでも使うから買っちゃいましょう!」
だが一秒で復活していた。
「あ。シエルさん、お金を渡しますのでわたしのぶんもお願いします」
「任務了解」
いや、それ任務じゃないって絶対。
みたいな。
そんなこんなで。
「なんとかやってきましたね……」
「……ずいぶんと長い道のりだった気がする」
秋葉はようやく電化製品店の前にきてくれていた。
ここは割と大きな店(三階建て)で、文字通り電化製品が所狭しと置かれている。
ここなら確実に電池が売っていることだろう。
しかも定価よりも安く買えそうである。
まあ秋葉は定価云々とかそういうのは考えないでここに来たんだろうけど。
「しかし、秋葉さん、電池を何に使うつもりなんでしょうね?」
何故だかここまで一緒についてきているシエル先輩がそんなことを言った。
「うん?」
言われてみればそうだ。
秋葉のやつが電池なんて何に使うんだろう。
「琥珀さん、心当たりある?」
「いえ……電池を買ってきて欲しいと頼まれたのも翡翠ちゃんですし、わたしはちょっと見当つかないですねー」
「そうか」
秋葉の部屋にはテレビもないからリモコンというのもあり得ない。
「胸が大きくなる機械とかじゃないの?」
どうでもよさそうな顔で呟くアルクェイド。
「い、いや……それはいくらなんでも……」
「興味はあるでしょうけれど買うのはあり得ませんね。さっきも言いましたが秋葉さまはプライドの固まりなんですから。ブラジャーだってひとサイズ大きいのをつけているんですよ?」
さらりと衝撃の事実を暴露する琥珀さん。
「え、ええっ! 妹ってブラジャーなんてつけてたのっ? 絶対いらなそうなのにっ!」
アルクェイドはやたらと驚いていた。
「それは酷いですよ。秋葉さまだって胸がえぐれているわけではないんですから」
「そうです。秋葉さんだって好きで小さい胸をしているわけではありません」
擁護しているようだけどシエル先輩も何気に酷いことを言っている気がする。
「志貴は大きいほうが好きよね?」
そしてにこりと笑いながらとんでもないことを言ってくるアルクェイド。
「い、いや……その。大きかろうが小さかろうが、それが好きな相手だったら問題ないと思うけど」
「む……」
「あはっ。さすが志貴さん。女殺しですねー」
むっとしているアルクェイドと笑顔の琥珀さんが実に対称的であった。
「……っていうか秋葉どこに行った?」
そんなバカな話をしている場合じゃないのだ。
秋葉を追いかけなければ。
「それはもちろんえーと……」
辺りを見まわす琥珀さん。
だが秋葉の姿はどこにも見当たらない。
「……どこに行ったんでしょう」
「見失ったな……完全に」
完璧な尾行を続けてきたのに、いやそれ自体が奇跡だったのかもしれないけれど、ここにきて完全に秋葉を見失ってしまったのであった。
続く