そんなバカな話をしている場合じゃないのだ。
秋葉を追いかけなければ。
「それはもちろんえーと……」
辺りを見まわす琥珀さん。
だが秋葉の姿はどこにも見当たらない。
「……どこに行ったんでしょう」
「見失ったな……完全に」
完璧な尾行を続けてきたのに、いやそれ自体が奇跡だったのかもしれないけれど、ここにきて完全に秋葉を見失ってしまったのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
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「一旦別れて探したほうがいいんじゃないでしょうか?」
「ああ、そうかもな……」
今までの動向から察するに、このまま秋葉がちゃんと電池を買えるとはとても思えない。
うまくフォローしてやらないと。
「わたしはレジ付近で待機してようかな」
「バカ。この階にいるとは限らないんだぞ」
それぞれの階で買ったものは同じ階のレジでお金を払わなくちゃいけない。
例えば二階で電池を取ってレジを通らずに一階まで降りてきたらドロボーである。
「……うわ、すっげえ心配になってきた」
レジを素通りして補導員に掴まる秋葉。
そんなことになったらさあ一大事である。
『この年になるまで買い物をしたことがないんです』なんて説明は通用しないに決まってるのだから。
お嬢様が万引きだなんて、新聞のネタにすらなりかねない。
「ではわたしが二階を探しましょう。琥珀さんとアルクェイドは一階を。遠野君は三階をお願いします」
先輩は俺の表情からいち早く事情を察してくれたのか、真剣な顔つきになっていた。
「ちょっと。何勝手に仕切ってるのよシエル。わたしに命令しないでよ」
それに対して不満そうな声を上げるアルクェイド。
「……ああもう。頼むアルクェイド。事態は一刻を争うんだ。大人しく先輩の言うことを聞いてくれ」
「むー……わかったわよ」
俺が頼み込むと渋々ながらといった感じで琥珀さんの隣に立ってくれた。
「いいかみんな。出来るだけ秋葉に見つからないようにフォローするんだ。難しそうだけどやるしかない」
「ご安心下さい。暗躍はわたしの十八番なんですから」
「き、期待してるよ」
琥珀さんはなんだか別の意味で心配である。
「……わたしと琥珀さんで組みましょうか?」
先輩もそんなことを思ったのか、そう囁いてきた。
「いや、いいよ。琥珀さんもアルクェイドがいれば変なことはしないだろうし」
「了解しました。では散開!」
先輩の言葉を皮切りに各自散っていく。
三階。
「オモチャ売り場?」
この階はどうやらオモチャ売り場のようである。
ちびっ子諸君が元気に駆けまわり、親父さんオフクロさんはそれを見て笑顔を浮かべていたり。
そしてちびっ子が無邪気な笑顔でとんでもない高額のオモチャをねだったりしてきて、ギャフンと言わされるのだ。
「そのオモチャはもう持ってるでしょう?」
「違うもん! 前のは一号で今度のは二号なんだもん!」
しかしこうやってちびっ子の動きを見ていると、まさにアルクェイドそのものだなあと思えてしまう。
あちらこちらと飛びまわり、大人を引っ張り回す子供たち。
もちろん俺が大人でアルクェイドが子供だ。
「……まだ高校生なんだけどなあ、俺」
しかしまあずいぶんと大きなお子さんである。
「とにかく」
首を振って気を引き締めなおす。
だがここはずいぶんと秋葉と無縁そうな世界だった。
右も左もオモチャオモチャオモチャ。
「へぇ。ここで動いてるオモチャってみんな電池とかなんだ」
そして妙に聞きなれた声の主がロボットをつついていた。
「……何やってるんだ。おまえ」
俺は溜息を付きながら声をかける。
「あ。志貴。琥珀がね。『一階はわたし一人で十分ですから志貴さんと一緒に三階を探してくださいな』って」
アルクェイドは嬉しそうな顔を俺に向けた。
「……」
どうやら琥珀さんはアルクェイドを足手まといだと判断したらしい。
そして誰もいないことをいいことにはっちゃけまくるつもりなんじゃないだろうか。
「……胃が痛くなってきた」
これじゃあ本当に将来大変なことになってしまいそうである。
「どうしたの志貴? おなか痛いの?」
すると不安そうな顔のアルクェイドの顔が正面にあった。
「いや……いいんだ、もう」
秋葉がこの階にいてくれれば全く問題ないわけなのだから。
いてくれなさそうだけど。
「あんまり無理しないでね。志貴。志貴は色々頑張りすぎるんだから」
「そんな事言ったってなあ」
今回の秋葉はじめてのおつかい計画なんて、俺自身が言い出した企画である。
「自分で言った事くらい責任取らなきゃな」
俺がそう言うとアルクェイドはにっこりと笑った。
「志貴って偉いよね。そう言うところが好きかも」
「……そ、そうか。サンキュ」
こいつは時々こういう不意打ち攻撃っぽいことをやるから困ってしまう。
まあ、そこがいいところでもあるのかもしれないけど。
長所と短所は紙一重なのである。
「あ。あそこガクガク動物ランドコーナーだって。行ってみようよ」
俺が照れているというのに、今言ったことを忘れてしまったようにアルクェイドははしゃいでいた。
「こら。秋葉を探すんだよ。ガクガク動物ランドじゃない」
「むー。でも妹がいるかもしれないよ?」
そう言いながら少し顔を赤らめているアルクェイド。
どうやらこいつもこいつで恥ずかしかったらしい。
「……そうか。じゃ、行ってみるか」
アルクェイドの気持ちを汲んでやってそう言うことにした。
「うん」
もしかしたら秋葉がいる可能性だってあるしな。
本当に万が一くらいの可能性っぽいけど。
「……いたよ」
神様とお嬢様はよほど気まぐれが好きらしかった。
「ほら。いたじゃない。よかったわね」
「あ、ああ……」
確かに秋葉はガクガク動物ランドのコーナーであたりをきょろきょろしている。
「でもあんなところに電池なんて置いてないわよね? 志貴」
「ああ」
「じゃあ妹の趣味?」
「……それも違うと思うけど」
ぬいぐるみと微笑ましい午後の時間を過ごす秋葉を想像してみる。
「うふふ、ウサギさん。今日は兄さんの成績がよくなったんですよ?」
「それはすごいな秋葉ちゃん。きっと君の兄さんへの教育がよかったんだね」
「そんなことはないわ。兄さんが自分で努力した結果よ」
「謙遜することはないさ。秋葉ちゃんは凄い。秋葉ちゃんは偉いんだ」
「あらあら、口の上手な子ね……」
……なんて絶対あり得ないって。
「いかん、アルクェイドと同レベルの発想だな」
下手したらそれ以下かもしれない。
「わたしがどうかした?」
「あ、いや、なんでもない。それより見つからないように気をつけろよな」
ついてくるなと言われたのについて来たことがばれたらまた面倒なことになる。
「誰に見つからないようにですか?」
すると正面から声が。
「……」
さて、参った。
遠野志貴は全身全霊をかけて言い訳を考えなくちゃいけない。
「やあ……秋葉」
俺は力無く挨拶をするのであった。
続く