ヒューヒューと野次をいれる男友達をのけて教室の外へと出る。
「……はぁ、はぁ」
先輩はかなりあせっている様子である。
「遠野君っ! あのバカ学校に来てやがりませんかっ!」
そして先輩は俺の肩を掴むとそんなことを言うのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
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「あああ、あのバカ?」
がっくんがっくん肩を揺らされながらもなんとか尋ねる。
「あーぱー吸血鬼のことですっ!」
「アアア、アルクェイドのこと?」
「そうですっ! 来てやがりませんかっ? 見てませんかっ! 突如背後に立ってたりしませんかっ!」
「い、いや……来てないし、見てもないし、突如背後にも立ってなかったけど、なんで?」
「朝からイライラするんですっ! どこからともなくアルクェイドの気配がしてっ! なのに姿が見えないから腹が立つったらもうっ!」
先輩は地団駄を踏んでいる。
「せせせ、先輩。とりあえず落ち着いてっ」
俺は先輩の腕を取った。
「……はっ」
そこで先輩は我に返ったような顔をする。
「……すいません取り乱しました」
「いや、別に平気ですよ、ははは……」
といっても揺らされすぎて頭がクラクラしてたりするが。
「しかしアルクェイドが来ているとしたら100%遠野君のところだと思ったんですけど……来ていませんか……」
「うん。来てないよ。それは間違いない」
それにしても先輩があんなに取り乱すなんて珍しいことだと思う。
「先輩。今日は何かおかしいの?」
だからそう聞いてみた。
まさかあの日とかだったらどうしよう。
「……いえ。アルクェイドの気配もそうですが。なんだか変な感じがするんですよ。人にずっと頭を触られているような、そんな感覚が」
違った。
しかし先輩までそんな風に感じてるなんて。
一体どうしたっていうんだろう。
「俺もなんか朝から変なんですよね。なんか違和感感じまくりというかなんというか」
「遠野君も……ですか?」
先輩は顔をしかめていた。
「ええ。なんかよくわからないんだけどそう感じるんですよね」
「一応そういう現象に心当たりがないこともないですが……」
そしてそんな事を言う先輩。
「あるの?」
「ええ。ですが、確証はありません。あれを使えるとも思えませんし。調べておきます」
「あ、うん。頼むよ」
調べてわかるものなのかすら俺にはわからないけど。
原因がわかるならはっきりしてたほうがいい。
「とりあえず、アルクェイドが来たら教えてくださいね。わたしが追い払ってあげますので」
「……わ、わかりました」
アルクェイドと先輩を鉢合わせたらそれはまた問題なので、なかなか難しいところである。
「ではまた」
先輩はそう言って背中を向けた。
「あ。先輩」
そこに声をかける。
なんだか今日の俺はそればっかりである。
「なんですか?」
「……えと。大した事じゃないんですけど有彦がすごい気にしてたんで聞くんですが」
一応これも違和感のひとつなので聞いてみることにした。
別に個人的に残念だったからとかそういうわけではない。
「今日の体育、なんでジャージだったんです?」
「み、見てたんですか?」
俺の言葉を聞いて顔を赤らめる先輩。
「い、いや、有彦に聞いただけですって」
先輩はぽんと手を叩いた。
「そういえば今日は有彦君元気なかったですね。どうしたんです?」
「あー、まあそれも深い事情があってですね」
さすがに先輩がブルマじゃなかったからですとは言えない。
「そうなんですか。まあ、わたしはそんな深い事情はないんですよ。なんとなくです」
「なんとなくですか」
やっぱり有彦の言うような事情はなかったようである。
「……ただなんとなく、恥ずかしくて」
「恥ずかしい?」
「ええ。体育の魚住先生の視線が……」
魚住とはゴリアテの本名である。
「まあ女の子ならそうですよね、やっぱ」
俺がそう言うと先輩はなんともいえない顔をした。
「はぁ。いつもは別に平気なんですけどね。慣れちゃってますから。でも、今日に限って何故だかそう思ってしまったんですよ」
「……そうなんですか。不思議ですね」
「ええ、ほんとです」
やっぱり今日はなんか変だ。
改めてそう思わざるを得なかった。
「では、本当にアルクェイドが来たらお願いしますよ?」
「わ、わかってますって」
最後にもう一度念を押して先輩は教室へと戻っていく。
「……俺も戻るか」
今度こそ先輩の後姿を見送り、俺は教室へと戻るのであった。
「先輩、あんなに慌ててどうかしたのか?」
教室へ入るやいなや有彦がそう尋ねてきた。
「なんか今日は変な日だなって話だよ」
アルクェイド云々を話してもややこしくなるのだけなのでそう答えておいた。
「そうだな。シエル先輩もジャージだったし」
「……おまえはそれしか頭に無いんだな」
溜息をついて席に座る。
「バカ言え。今からが今日の本命なんじゃねえか。遠野、わかってねえな」
「数学か……」
やはり数学嫌いなはずの有彦の態度の変わりようが一番ひっかかる。
「何があるって言うんだよ」
「そりゃ決まってんだろ。センセイだよ。セ・ン・セ・イ」
「……先生」
またそこに戻ってしまった。
結局、数学の先生が誰だったか俺は未だに思い出せていない。
しかし有彦がこんなに嬉しそうにしているということは、ほぼ100%間違いなく。
「女の先生だっけ?」
「そうだよ。しかもとびきり美人のっ!」
とびきり美人の女数学教師。
そこはかとなくいい響きである。
「……なるほど」
有彦の気持ちがなんとなくわかる気がした。
それは男として惹かれてしまう言葉だ。
「じゃ、その先生を待ってみますか……」
次の授業はいよいよその数学なのである。
俺はノート教科書、昨日やった宿題を用意して時間の過ぎるのを待った。
キーンコーンカーンコーン……
やがてチャイムが鳴り響く。
有彦待望の三時間目、数学の始まりだ。
「はーい、みんな席についてね〜。授業をはじめるわよー」
ドアを開けると共に響く無意味やたらと明るい声。
やはり女性だ。
特徴的なのは金の髪と赤い瞳。
そして白い上着に紫のスカート、そこからすらりと伸びる白い足。
うむ。確かに美人だ。
これなら有彦が夢中になるのもわかる気がする。
「いよっ! 待ってましたーっ!」
拍手までしてその人を出迎える有彦。
「はーい乾君ありがとねー」
ひらひらと手を振り返す先生。
「じゃあ、今日は32ページからだったかしら? 教科書を開いてね」
そうして先生は授業を始めようとしていた。
っていうかいいかげん突っ込んでもいいだろう。
「なに……やってんだこのばかおんな―――っ!」
それはどこからどう見てもアルクェイドなのであった。
続く