ついてくるなと言われたのについて来たことがばれたらまた面倒なことになる。
「誰に見つからないようにですか?」
すると正面から声が。
「……」
さて、参った。
遠野志貴は全身全霊をかけて言い訳を考えなくちゃいけない。
「やあ……秋葉」
俺は力無く挨拶をするのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
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ここで遠野志貴の取れる行動はいくつかある。
ひとつは先に述べたようになんとか納得できるような言い訳を考え出すことだ。
しかしいつも言い訳ばかりでは俺の信用というものがなくなってしまう。
たとえ怒られる事がわかっているとしても、正直に事実を述べることも時には必要なのだ。
よってもうひとつの行動の候補は正直に事実を述べることである。
秋葉が心配で後をついてきたんだ、と。
なるほど確かにそれは間違いない事実だし、秋葉も納得してくれるかもしれない。
だが、それはあくまで俺ひとりでの場合だ。
「やっほー。妹元気?」
やたら脳天気な挨拶をするアルクェイド。
そう、今はこいつが一緒にいるのである。
俺は秋葉が心配だからで通るだろうけど、こいつはなんだということになる。
アルクェイドの行動理念なんてただひとつだろう。
『面白そうだから』
これに限る。
そんなことを秋葉に言ったら、そりゃあもう烈火の如く怒り出すに決まっているじゃないか。
そしてそんなアルクェイドと一緒にいる俺も同罪なわけである。
「……」
さて本当に参った。
どちらを選んでも俺はてんで駄目人間ということになってしまう。
「……どうやら答えたくないようですね」
俺が沈黙していると、秋葉がそんなことを言ってきた。
「いや、その……」
単にどうしようか悩んでいただけなのだけれど。
「別に怒ってはいませんよ。先ほどは私も言いすぎましたし」
秋葉は何故か笑っていた。
「あ、秋葉?」
「兄さん。尾行するならもっとわからないように尾行してくださいな。私が放っておいてと言ったのに、ずっとついてきていたんでしょう?」
「気付いてたのか……」
「当然です。あんな無様な尾行に気付かないようでは遠野の当主は名乗れません」
それはあんまり関係ないような気がするけど。
「それなら早く言ってくれればよかったのに。かなり神経を使ったんだぞ」
個性溢れる人々が団結して尾行をする、なんてのはやはり無理な話だったのだ。
「あら? 兄さんの望みは私が一人で買い物を済ませることでしょう?」
俺の言葉に対してくすくすと笑う秋葉。
「う……」
なんてことだ。
俺たちは秋葉の手玉に取られていたんじゃないか?
「じゃあ、あっちにいったりこっちにいったりしてたのは?」
アルクェイドが尋ねる。
「ええ、尾行をし辛くするためですよ? このお店に入るまで見失わなかったのはなかなか上出来ですね」
間違いない。
俺たちは秋葉に遊ばれていたようだ。
「……はめるつもりがはめられたってか」
「ふふ。すいませんね、兄さん。でも兄さんだっていけないんですよ? 私をバカにしすぎです」
「ああ。嫌って程身にしみた」
琥珀さんで策略にはめられるのは慣れている(我ながら悲しい慣れである)けど、まさか秋葉にそれをやられるとは思わなかった。
「じゃあ妹は電池なんて簡単に買えるっていうの?」
「当然です。オモチャ売り場に電池が売っていることくらい予想できました」
その知識もかなり偏ってるような気がするけど、まあそこは言わないでおこう。
「その、オモチャ売り場に売ってるだろうってのはなんで思ったんだ?」
となるとどうして秋葉がそれを予想できたかということが疑問になる。
「今日、みんなが琥珀にぬいぐるみを貰ったじゃないですか」
するとそんなことを言う秋葉。
「ああ、うん。貰ったな」
俺の貰ったのは教授のぬいぐるみで、アルクェイドにあげちゃったけど。
「あれの裏側に、電池を入れるところがあったんですよ。気付きませんでしたか?」
「え? そうなのか?」
「ええ。だからどうなるのか気になって翡翠に頼んだわけなんですけれども」
「……なるほど。それでオモチャ売り場なわけなのか」
秋葉がガクガク動物ランドコーナーにいたのも、自分の貰ったぬいぐるみ……っていうかエクスカリバーがそれと同じものか確かめるためだったのだろう。
しかしあれもガクガク動物ランドの商品だったのだとするとますますあの番組の構成が理解できなくなってくる。
「まあ兄さんの提案で私がここに来ることになったわけですね」
「わ、悪かったな」
「もういいですよ。さ、早く人数分の電池を買って帰りましょう?」
「人数分?」
「ええ。翡翠の貰ったぬいぐるみに電池を入れるところがありましたから。おそらく全員のぬいぐるみが電池を使うんでしょう」
「電池を入れたら動いたり喋ったりするのかな?」
秋葉の言葉に目を輝かせているアルクェイド。
「かもしれませんね。電池を入れてみるまでわかりませんけれど」
「じゃあ志貴。早く電池を買って確かめてみようよ」
そう言って俺の腕を引っ張る。
「アルクェイドさんっ! 電池を買うのは私なんですっ」
秋葉は俺とアルクェイドの間に割って入り、引き剥がした。
「むー。じゃあ何よ。妹に抱きつけばいいわけ?」
「そ、そういうわけではありません。むやみやたらと人に抱きつくなということです」
「そうなの? 志貴」
「ああ……うん。出来ればそうしてくれるとありがたい」
個人的には嬉しいことだけれど、秋葉や先輩の前ではさすがに怖いからなあ。
「ちぇ。それなはら早く電池買いなさいよ妹。ちゃんと売ってるんでしょ?」
「……言われなくてもそのつもりです。大人しく待ってなさい」
秋葉はてくてくと歩いていった。
「ねえ志貴。電池ってどのへんに置いてあるものなの?」
「そうだな……やっぱりレジ付近にあるのが基本だと思うけど」
多分下の階に行ったら間違いなくそこにある。
「でも妹、てんで違う方向に歩いてるわよね?」
「ああ……うん」
秋葉はレジとまるで正反対の壁の方向へと歩いていた。
「あれって結局売ってる場所がわからないってことなんじゃない?」
「……かもな」
オモチャ売り場に売っているとは予想はしたものの、そのオモチャ売り場のどこに売っているのかわからないんだろう。
俺にもそういう経験はある。
CDを買いに行ったのに、どこに置いてあるのかてんでわからないのだ。
そういうときはひたすら歩きまわるしかない。
新作ならすぐに見つかるけれどちょっと古いCDなんかもう探すのは至難の技なのだ。
「じれったいなぁ、もう」
「仕方ないだろ。そんなもんだ」
秋葉を攻めることは出来ない。
わからないことなんて誰にでもあるんだから。
ただ秋葉の場合『人に尋ねる』ってことが極端に出来ないだけで。
「わたし、ヒントあげてくるね」
「ヒント?」
「うん。じゃっ」
アルクェイドは秋葉に向かって駆け出した。
「……頑張れよ」
あいつのことだから、ヒントどころか答えを言ってしまうかもしれない。
ただ、それでも構わないのだ。
肝心なのはただひとつ。
アルクェイドが自分の意思で秋葉に協力しようとしたということである。
続く