はい、逃亡決定。
「じゃ、そういうことで」
「待ちなさい兄さんっ! 兄さんこそ女性に対しての言葉づかいを学ぶべきなんですよっ!」
「あ、それ賛成。これからわたしへの勉強じゃなくて志貴への勉強しよっか?」
「勘弁してくれーっ!」
俺は全力でその場から逃げ出すのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
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「……まったく、なんでこんなことになるかなぁ」
ぼやきながら階段を駆け下り、二階へ。
「わ」
「……っとと」
さらに一階へと駆け下りようとしたところで正面に人が現れたので慌てて止まった。
「す、すいません」
「いえいえ、少し驚きましたけれど、お気になさらず」
と、そのぶつかりそうになった相手は俺のよく見知った顔であった。
「なんだ、琥珀さんか」
そう言うと琥珀さんはちょっとむっとした顔になった。
「なんだとは失礼ですよ志貴さん。わたしだったらぶつかってもよかった、と仰るんですか?」
「い、いや、その、そういうわけじゃないんだけど」
またもや失言である。
そのせいで追われているのにこれじゃあ、まったく進歩が見られたもんじゃない。
「と、とにかくごめん」
「はい。反省してくださるのであれば許してあげましょう。ですが志貴さん、何をそんなに慌てていられるんです?」
「いや、その実は秋葉がちょっと」
「あー」
その一言で琥珀さんは全てを理解したようだった。
「なるほど、もう追いつかれてしまいましたね」
「う」
恐る恐る振り返ると、そこには秋葉とアルクェイドが。
「や、やあ、秋葉」
「やあではありません、兄さん」
秋葉は髪の毛は元に戻っていたものの、まだ怒り覚めやらぬような感じであった。
「これはこれは秋葉さま。どうなされたんです? そんなに怖い顔をして」
しかしそんな秋葉に動じる事なく明るい声で話しかける琥珀さん。
「……どこから出ててきたの、琥珀」
「いえ、ただ一階から上がってきただけなんですけどー。秋葉さま、ちゃんと電池は購入できましたか?」
「う」
その一言に顔をしかめる秋葉。
「まだなんですね?」
「そ、それは、兄さんが変なことを言ったからで……だいたいアルクェイドさんがジュディ一家なんかに目を奪われるから」
「はぁ。まったく秋葉さまはこのわたしがいないとてんでダメダメさんですねー」
口ではそんなことを言いながらも琥珀さんは嬉しそうであった。
「そ、そんなことないわよ。ちょっと遊んでいただけなんだから」
「左様ですか。では、志貴さんを追いかけるのは止めにして、電池を買いに行きましょう」
「……」
秋葉はしばし悩むような顔をしていたが、やがて観念したように言った。
「わかりました。ですが兄さんも反省なさってくださいね」
「……あ、ああ。うん」
「はーい。秋葉さまにはこの琥珀がお付きいたしますよ〜。ささ、行きましょう」
琥珀さんはそう言って秋葉を振り向かせ、ぽんぽんと背中を押した。
「ひ、一人で大丈夫だって言ってるでしょう、もう……」
秋葉も渋々ながらといった感じでまた上へと上がっていくのであった。
「……はぁ」
なんとか助かったようだ。
「志貴、災難だったわね」
「まあ自業自得だったんだけどな……」
秋葉が反省しているからって、調子に乗りすぎてしまった。
誰だってそんな急には変われるものじゃないのだ。
「……っていうかおまえはなんで追いかけてきたんだ?」
アルクェイドに尋ねる。
「ん? だって志貴逃げたじゃない。逃げたら追いかけたくなるでしょ?」
猫のような思考であった。
「それに志貴が女性への気遣いを覚えるっていうのは賛成だし」
「うーむ」
なんせ今一番身近にいる女性がコイツなので、気遣いもへったくれもなかったりするんだけど。
「シエルにでも聞いてみれば? シエルなら割と普通の意見を出してくれるんじゃない?」
「先輩か……」
先輩は確かに俺の知り合いの中では一般常識があるほうである。
「先輩は確か二階にいるんだよな」
「だと思ったけど」
「なら、ちょうど二階にいることだし……探してみるか」
二階はテレビやビデオ、冷蔵庫など生活必需品が多く置かれている場所である。
「……ああ……いい……」
「……」
そんな中、先輩は端っこにあった健康器具コーナーで電動椅子に腰掛けていた。
椅子の背中が動いてマッサージをしてくれるやつだ。
「シエル先輩」
まったく俺に気付いていないようなので声をかけてみる。
「……はっ! と、遠野君っ?」
慌てて起きあがる先輩。
「何やってたのよシエル。妹探しは忘れたわけ?」
「そそそ、そんなことありません。その、ちょっとこの椅子が目に入って、どんなものなのかなーと試していたら、つい」
「それは忘れていたっていうんじゃないかしら」
「す……すいません」
先輩の顔は真っ赤であった。
「ああ、いいよ。秋葉は見つけて、琥珀さんに任せたから後は大丈夫だと思う」
「そ、そうなんですか。よかったですね」
「うん。それで今度は先輩を探しに来たんだ」
「わたし、ですか?」
「うん。あー。えーと、面倒だからそのまま座ってていいよ」
電動椅子がちょうど3つあったので俺は先輩の隣の椅子に座る。
「アルクェイド、おまえもこっち座れ。スイッチいじれば適当に動くから」
「ほんと? わーい」
アルクェイドはさも嬉しそうに椅子に座り、スイッチをカチャカチャいじり始めた。
「わ、すごい。この椅子動くよ?」
「そういう椅子なんだよ」
子供はこういう椅子が大好きで、よく無茶な動かし方をしてぶっ壊したりもする。
「あんまりいじりすぎるなよな。ひとつのところで固定しておけ」
「んー。じゃあ全身マッサージってのやってみようっと」
アルクェイドはそう言ってスイッチを押した。
「くすぐったいな、あはは……」
まあとりあえずこいつは放置しておこう。
「で、先輩。ちょっと聞きたい事がありまして」
「はぁ。なんでしょう」
先輩はくいとメガネを直した。
「色々あるんですけど……俺って女性に対する接し方とかダメですか?」
「そんなことは無いと思いますけど? いいとも言えませんが」
「さ、さいですか……」
やはり微妙なものらしい。
「ただ、なんていうか、そういうものは人によって感じ方の差異があるんです。秋葉さんなどに対しては特に気を使ったほうがいいと思いますけどね」
「はい……それは凄く実感してます」
「まあ、遠野君の場合、極端過ぎるのが問題なんでしょうね」
先輩はそんなことを言った。
「極端過ぎる?」
「ええ。遠野君って基本的にイエスかノーしかないでしょう? 他の選択肢をあまり選ばないんですよ」
「……っていうと?」
「はい。ですから、例えば秋葉さんに不満を抱いているとします。ですが、その不満を『言わない』か『ストレートに言う』しか選択肢が無いんです」
「う」
言われてみると確かにそんなような気がする。
アルクェイドが家に住ませろと押しかけてきたときも『住ませる』か『住ませない』か。
別の方法なんてまるで考えなかった。
「ピンポイントなんでしょうね、思考法が。そこはアルクェイドとそっくりですよ」
「え? そうなの?」
「はい。アルクェイドも好きか嫌いかで判断することが多くありませんか?」
「確かに……」
アルクェイドの場合、極端から極端に移ることもある。
「ただ、アルクェイドはそれを口や行動で示しますけれど、遠野君は示さない。だから朴念仁と言われるのかもしれませんね」
「そ、そうだったのか」
「ええ。ただ、それはある意味個性なんです。朴念仁じゃない遠野君なんて遠野君じゃありませんからね」
それは喜んでいいのかよくないのか正直微妙なところである。
「だからそんなに難しく考えず、遠野君なり、なりなりななな……」
俺が悩んでいると、突如シエル先輩ががくがく震え出した。
なんだかロボットが故障したような感じだ。
「せ、先輩っ?」
「こここ、こらっ! ややや、止めなさいアルクェイドっ!」
「へえ最強モードってこんなになるんだー。おもしろーい」
見ると、いつの間にやら先輩の電動椅子のスイッチをアルクェイドがいじっているのであった。
続く