「とにかくこれを持って……と」

二つのぬいぐるみを小脇に抱え、下のベッドへと飛び降りる。

「後は……」

他に何か持っていくものはなかっただろうか。

「……」

そこで俺は机の上にあるものに気がついた。

そうだ。せっかくだからこれも持っていったほうがいいだろう。
 

俺はそれを反対の脇に抱え、下へと急ぐのであった。
 
 





「屋根裏部屋の姫君」
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「はーいこのカエルさんが二匹に増えまーす」

客間に行くと琥珀さんが何やら手品っぽいことをやっていた。

どうやらさっき右手につけていたのはカエルのぬいぐるみだったらしい。

「これをこうして……」

琥珀さんが両手を後ろに回し、一瞬で正面に出す。

「じゃーん」
「わ、すっごーい」

すると左手にもカエルのぬいぐるみがつけられていた。

「へえ、すごいな」

俺は思わず感嘆を漏らす。

隠し持っていたとしても、一瞬で手につけるっていうのはかなり難しいことだろう。

「あ、志貴さん」

俺に気付いたのか、琥珀さんは目線をこちらに向けた。

「最近手品に凝ってまして。アルクェイドさんと翡翠ちゃんに見てもらっていたんですよー」
「どうも」

小さく会釈をする翡翠。

「特に変わったことはありませんでした」

それからそんなことを言った。

「そっか」

とするとさっき手に持っていたのは手品道具一式で、アルクェイドをさっさと客間へ連れていったのは練習のためだったのか。

「でもなんでアルクェイドに?」
「アルクェイドさんはとても喜んでくれるからやりがいがあるんですよね。色々と買ってきたので早速試してみたんです」
「なるほど……一体何をするのかと思ったよ」

俺がそう言うと琥珀さんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「あはっ。よからぬことを企んでいたらもっとばれないようにやりますので、ご安心下さいな」
「そ、それ余計不安だって」
「冗談ですよ」
「あ、あはは……」
「ねえねえ琥珀。他には何かないの?」

アルクェイドはすっかり手品に魅せられているようであった。

「今はまだ勉強中ですからこれだけなんです。そのうち上達したら披露させていただきますよ」
「そっか。楽しみにしてるね」
「俺も期待してる」
「はい。志貴さんにも期待していますよー」
「俺に?」
「ええ。わたしはもう授業をやりましたので。シエルさんの次は志貴さんがどうですか?」
「そうだなぁ……」

確かにいずれ俺も先生として何かをやらなくちゃいけない。

何をやったらいいだろう。

モノを確実に殺せる講座とか。

いや、それ俺しかできないって。

「うーん」
「あはっ。今から悩んでもしょうがないですよ」
「そ、それもそうか」
「志貴の授業かー。想像できないぶん余計楽しみね」
「よしてくれって」

そんなことを言われると余計にプレッシャーがかかってしまう。

「揃いましたか?」

そこにドアを開けて秋葉が現れた。

「後はシエルさまだけです」
「そう。なら先に電池だけ渡しておきましょうか」

ビニール袋から電池を取り出す秋葉。

電池は十本一セットで透明なビニールに包まれている。

「……」

そんな電池を持って硬直する秋葉。

開け方がわからないらしい。

「上か下に思いっきりひねるように動かせばバラバラになるから」
「あ、は、はい」

秋葉は束の両端を持って電池を前に傾けた。

「そうじゃなくて。右手が上だったら左手は下にするんだ」
「こ、こうですか?」

こんどはちゃんとひねるように動かす。

真ん中から綺麗にビニールが切れた。

「……こほん。では、兄さん、どうぞ」
「おう」

脇に抱えていたぬいぐるみ他をテーブルの上に置き、電池をひとつ受け取る。

「アルクェイドさん」
「はーい」

アルクェイドもひとつ。

「翡翠」
「はい」

翡翠にひとつ。

「琥珀、あなたは?」
「わたしは三つほど下さいませ。色々ありますのでー」
「……あまり買いすぎないようにね」

秋葉とは思えない殊勝な言葉である。

「はい。肝に銘じておきます」

琥珀さんは三つの電池を受け取った。

「あとひとつはわたしのぶんとして、先輩のぶん……」
「あ、玄関の様子見てきますね」

秋葉の言葉に琥珀さんは立ちあがると、ささっと部屋を出て行った。

さすがにそのへんの手際は滅茶苦茶いい。

「ねえ志貴。これをどこに入れればいいの?」
「ん? だからぬいぐるみを裏返してだな」
「うん」

ライオンのぬいぐるみを取って裏返すアルクェイド。

「何にもないよ?」
「よく探せばある」
「えーと……ここかな」

少しいじるとすぐに電池を入れるところが現れた。

「……」

そこでさりげなくアルクェイドの背後に近づく影。

俺は気づいていたけど黙っていた。

「でだな」

アルクェイドと同じように教授のぬいぐるみをひっくり返し、電池を入れるところの蓋を開く。

「これを良く見ると+とか−の記号があるんだ。わかるだろ?」
「うん。なんか書いてあるわね」
「これの+のほうに出っぱてるほうをはめるんだ。間違えると動かないから気をつけろよ」
「なるほど……」

アルクェイドの後ろから声。

「? なんで妹わたしの後ろにいるの?」

不思議そうな顔をしてアルクェイドは振りかえった。

「い、いえっ! な、なんでもありませんですことよっ?」

慌てているせいか秋葉の口調はかなりおかしい。

まあ、要するにアルクェイドの後ろにいたのは秋葉なのである。

秋葉も電池の向きとかがわからなかったんだろう。

「志貴さま。試しに電池をはめてみてはいかがでしょうか?」

翡翠が秋葉をフォローするようにそんな事を言った。

「うん。そうだな。せっかくだから秋葉も見てろよ」

+−をしっかり見せてから電池をはめる。

蓋を閉め、元のように蓋が見えないように隠してから元の位置へ。

「……なんにも起きないわね」
「そりゃ電池を入れた途端動いたり喋ったりしたんじゃ怖いだろ」

だいたいこういうぬいぐるみは触ったりなんだりで反応するのだ。

「頭を触るってのが基本かな」

軽く頭を叩いてみる。

「人間万事、塞翁が馬」

すると例のやたらと渋い教授の声が響いた。

「わ、しゃべったよ?」
「ああ。そういうぬいぐるみなんだろうな」
「エト君も喋りますかね?」
「それも試してみなきゃな」
「……」

じっとエト君のぬいぐるみを見つめる翡翠。

「翡翠もやってみれば?」
「いいいいい、いえ、わたしはその、姉さんが帰ってきてからで」

エト君が喋るかもしれないということで翡翠はかなり緊張しているようであった。

「……兄さん。まさかこの剣も喋ったりするんでしょうか」

逆に秋葉はなんだか不安がっていた。

「そ、それもやってみなきゃわからないな……」

喋る剣っていうのはなかなか不気味かもしれない。
 

「はーい、シエルさんの登場ですよ〜」
 

そこへ琥珀さんが帰って来た。

「こ、琥珀さん、そんな大げさな」

それから慌てた様子のシエル先輩が入ってくる。

「やあ先輩」
「ど、どうも」

みんなの視線が集中したので先輩は少し恥ずかしそうだった。

「シエルはなんのぬいぐるみを貰ったんだっけ?」
「あ、はい。えーとですね……これです」

先輩は知得留先生のぬいぐるみを取り出した。

「んー。見れば見るほど似てるわねえ、これ」

先輩とぬいぐるみを見比べてそんなことを言うアルクエィド。

「似てる?」
「うん。番組見てるときから思ったけど。知得留先生とシエルってそっくりじゃない?」
「……まあ、似てるかもなあ」

知得留先生のほうは髪の毛がちょっとぼさっとしてるけど、整えたら確かに先輩と似ているかもしれない。

「そういえば声質も似ているような気がします」

翡翠までそんなことを言う。

「……みなさん、何の話をしているんです?」

秋葉だけが話についていけないようであった。

「ふっふっふ。やはりそう思われますよね」

そして琥珀さんが怪しい笑みを浮かべていた。

「な、なんでしょう?」

いち早く危険を察したのか、後ずさるシエル先輩。

「そんなシエルさんにプレゼントです。はい、どうぞ」

琥珀さんはどこから取り出したんだか、紙包みを先輩へと差し出していた。

「……」

恐る恐ると言った感じでそれを受け取る先輩。

「何が入ってるの? ねえねえ」
「……」

先輩は無言で袋を破り捨てた。

そこには。

「……これは」
「ええ。もちろん決まってるじゃないですかー」
「まさか……」
 

袋の中からは知得留先生が着ていたと思われる衣装が現れるのであった。
 

続く



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