「と、とりあえずここは後で直しておきますのでっ。遠野君、そろそろ教室に戻ったほうがいいんじゃ?」
「あ、え、はい。そうします」

先輩に一礼してその場を立ち去る。

先輩なら壁を元に戻すくらいできるんだろう。
 

「……」
 

最後に見た先輩の顔は、何故か法衣を着たときのように真剣な表情をしていたのであった。
 
 





「屋根裏部屋の姫君」
3の6












「うーん」

先輩の証言によってアルク先生とアルクェイドが別人であることがわかった。

しかしそれは俺にとってかなり痛い事実だ。

何故なら

@先生をばかおんな呼ばわりしてしまった。

Aしかもクラスのみんなが見ている前で。

Bしばらく先生のファンである野郎共(代表有彦)などにいびられる。

C今まで優等生(?)だったのに一気に不良学生のイメージに。

「……最悪じゃないか」

自らの誤解が招いた事態とはいえ、かなり憂鬱であった。

「はぁ」

溜息をつきながら教室へと戻る。

チャイムの音がやけに悲しげに聞こえた。
 
 
 
 
 
 

「いよーい遠野。センセイに謝りにでも行ったのか?」

教室内へ入ると有彦が満面の笑みを浮かべて俺を出迎えてくれる。

「そうだよ」

俺は苦笑しながら席についた。

「そうかぁー。はっはっは。遠野、安心しろ。センセイをばかおんな呼ばわりしたってそんな怒ってないって。スリーサイズ聞いても怒られなかったくらいだからなっ!」
「……そんなこと聞いたのかおまえ」
「おう。当然教えちゃくれなかったけどな。残念だぜ」
「アホ」

しかし俺はこのアホが友人であったことを心から感謝した。

コイツは口でどう言ってようが俺のことを心配してくれているわけであって。

「ま、ありがとな」

とりあえず礼を言ってみた。

「まぁ気持ちはわかるからな。俺だって姉貴に似たセンセイが出てきたら何やってんだクソ姉貴ぐらい叫ぶだろうし」

すると有彦はそんなことを言う。

「……なんだ有彦。おまえもアルク先生がアルクェイドに似てるって思ってたのか」

疑惑を抱いていたのは俺だけじゃなかったとわかり、少し安心する。

「ああ。まあでも似てるが別人だ。今朝校門でアルクェイドさんと挨拶したけど全然違ったからな」
「あ、アルクェイドのヤツがきてたのかっ?」

思わず叫んでしまう。

「……おまえなー。年上のおねえさんをヤツ呼ばわりはないだろ?」
「いいから教えろっ。アルクェイドが来てたのかっ?」
「ああ。この辺じゃあんな美人のねーちゃん珍しいからな。生徒ほとんどが見てたぜ? アルクェイドさんはその度に挨拶してたけどさ」
「挨拶……それだけか? 学校へ入っていったりしてないか?」
「おう。挨拶してただけだ。俺はちょっと話したけどさ。その後は知らねえ。遠野が来た頃にはもうどっかに行っちまったのかな」
「……」

先輩が感じていたというアルクェイドの気配。

確かにアルクェイドは学校のすぐ傍まで来ていたのだ。

そしてあんなに学校に来たがっていたアルクェイドがそれで帰るわけがない。

きっと学校のどこかに潜んでいるはずだ。

どこかに。

それは俺が予想だにしない場所や方法で。

「なんとしてでも見つけ出さなきゃな……」

少なくとも先輩や秋葉に見つかる前に見つけ出さなければ。

「……ちなみに有彦。アルク先生とアルクェイドってどこがそんなに違ったんだ?」

俺の目から見るとほとんど違いはなかったんだけど。

「そんなもん決まってるだろ。メガネだよメガネ。アルク先生はメガネをかけてる」
「あー、そっか」

そうだよな。アルク先生はメガネをかけている。

アルクェイドはメガネをかけていない。

「……なんか変じゃないか?」

どこかおかしいような気がする。

「別におかしかないだろ。おかしいとすればこの授業かな」
「この授業?」

周りを見まわしてみる。

みんなは席についてはいるものの、ややざわついていた。

「……ほんとだ。なんかざわついてる」
「当たり前だ。センセイが来てないからな」
「ああ」

言われてみれば。

チャイムが鳴ったというのに先生が来ていない。

「この時間なんだったっけ?」
「知るかよ」

それもそうだ。

「えーと」

時間割を見る。

「国語か……」

4時間目の国語というのははっきり言ってかなり眠くなる授業である。

「まあいいじゃねえか。先生が来ないからこうやって話してられたんだしさ」
「そりゃ……そうだけど」
「いっそ花札でもやるか?」
「大人しく寝てろ」
「へーいへいへい」

だいたい4時間目なんてほとんど寝てる有彦なので俺の寝てろという言葉にあっさり従った。

「……どうしたんだろうな」

普段だったら先生が来なくてもそこまで不思議には思わない。

まあ何かあったんだろうな、とそれくらいで終わる。

だけど今日が変な日であるだけにそれが気になった。

やはりそこにも何かあるのではないかと。
 

「……う」
 

ふいに。

くらり、と眩暈がした。

最近はほとんどなかったのに。

油断したらこうだ。

「……」

先生が来ていなくてよかった。

いささか不本意だけど、このまま眠らせてもらおう――
 
 
 
 
 
 
 

「……ねえ、志貴」
「んー?」

隣で横になっているアルクェイドが、俺の脇をつつきながら話しかけてきた。

「学校行っちゃ駄目なの?」
「駄目だって。何度も言っただろ。だからこうやってやってるんじゃないか」

何をしても機嫌を直してくれなかったので半ばやけ気味にアルクェイドを抱いてしまった。

「そんなの志貴のほうが興奮してたじゃないの」
「……う、うるさいなあ、それはそれだよ」

どうもそういう行為の時に俺は人格が変わってしまうらしい。

だいたいアルクェイドも喜んでたくせに。

「いいもん。勝手にするから」

アルクェイドはそう言ってそっぽを向いてしまった。

「おい、勝手にってなんだよ」
「志貴」

アルクェイドが向き直って俺の目を見る。

真っ赤な瞳が金色に変わっていく。

「……アルクェイド?」
「志貴は眠って目が覚めたらわたしの言ったことは全て忘れる。いい?」
「何言ってるんだ?」
「動かないで」
「……っ!」

アルクェイドに睨まれた途端身動きが取れなくなった。

「な、なにしたんだ、おまえっ……!」
「これね。魅了の瞳って言ってね。相手をわたしの思うが侭に出来るのよ」

くすりと冷たい笑みを浮かべるアルクェイド。

「! まさか……」
「シエルも似たようなもの使ってたでしょ? アレよりわたしのほうが何倍も強力だけどね。これを使えば志貴の学校に潜り込むなんて簡単なの」
「そんなこと……させるかっ!」
「動けないのに?」
「……くっ」

背中に汗が伝う。

こういうときのアルクェイドは怖い。

体中の血液がざわめきだし、心臓がばくばく言っている。

この状態でアルクェイドと対面しているだけでおかしくなってしまいそうだ。

「志貴はメガネをかけたわたしを別人だと認識する。……そうね。アルクという別人に」
「そんなわけないだろ! そんなわけ……」
「わたしの暗示からは逃げられないわ。どんなに拒んでもじわじわと効いてくる。さあ、もう眠りなさい」
「……っ」

アルクェイドの言葉を聞いた途端、瞼が重くなってきた。

「俺がおまえの暗示にかかったって……先輩や秋葉が気付くぞ……きっと……」
「平気よ。今から志貴の関係者には暗示をかけにいくから。……さて、何教師がいいかしらね。数学のゴリアテが志貴をいじめるから交代しちゃおっかな」
「や……め……」
「じゃあね。おやすみ、志貴」
「……」
 
 
 
 
 
 

キーンコーンカーンコーン。

「終わったーっ! さあ遠野、メシだぞメシっ!」
「……う」

チャイムの音と有彦の声で目が覚めた。

「……うー、あー」

頭を軽く抑える。

何かよくわからない夢を見たような気がする。

しかも何かえらい重要な内容だったような。

「相変わらず寝起きはボケてるな。早くシャキっとしろっ!」
「……ああ、うん」

まあ、いいか。

とりあえずメシだ、メシ。

「んじゃ学食にでも行くか」
「おうっ」
 

俺は有彦と共に学食へと向かうのであった。
 

続く



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