頭を軽く抑える。
何かよくわからない夢を見たような気がする。
しかも何かえらい重要な内容だったような。
「相変わらず寝起きはボケてるな。早くシャキっとしろっ!」
「……ああ、うん」
まあ、いいか。
とりあえずメシだ、メシ。
「んじゃ学食にでも行くか」
「おうっ」
俺は有彦と共に学食へと向かうのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
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「じゃ遠野はジュースの確保を頼むぞっ。俺はパンだ」
「おう、頼む」
有彦とそれぞれの役割を分担して別れる。
パンとジュースは同じ購買部で売っているのだが、おばちゃんの位置で微妙に渡す時間に差異があり、パンとジュースというセットを頼んだ場合、おばちゃんが手間取ってしまうのだ。
そのためジュースならジュースだけ、パンならパンだけという注文をするのが最も効率のよい方法なのである。
「……」
ジュースの位置はやや左なので二人いるおばちゃんのうち左のおばちゃんに頼む。
有彦は右だ。
人ごみを掻き分け左へ左へと移動する。
「……ん?」
そこで見知った顔を見かけた。
「アルク先生……何してるんだろう」
アルク先生は胸に手を当てて少し困った様子できょろきょろしている。
どうしてもそういう仕草を見るとアルクェイドを思い出してしまう。
「どうしたんです? アルク先生」
そんなわけで列を抜け出して話しかけてみた。
「あ。志貴……ククク、クン」
「?」
何故君をつけるだけでそんなにどもってるんだろう。
「どうしたんです?」
もう一度尋ねてみた。
「あ、うん……わたしこういうところに来るの初めてだから。どうしたらいいのかなって」
「初めて?」
「うん」
まあ確かに学食で先生を見かけることはあまりない。
だいたい自分で弁当を持ってきて食べてるらしいけど。
「弁当でも忘れたんですか?」
「あー、えーと、うん、そうなの」
「……?」
どうもぎこちない。
「まあわからないなら教えますよ。学食で食べるんですか? それとも購買部?」
「うーん。どっちがいいのかしら」
「学食は混みますからね。あんまりオススメ出来ないですよ」
「じゃあ志貴は購買部なの?」
「ああ」
ん?
「なんかおかしくなかったですか?」
「お、おかしくないわよ。それより……その、敬語使うの止めてくれない?」
「はぁ……そりゃまたなんで」
先生に敬語を使うのは当たり前のことだと思うけど、
「なんか背筋に寒気が走るのよ。気持ち悪くて」
「あー」
その気持ちは凄くわかる。
俺もアルクェイドに似ているアルク先生に「志貴君」なんて呼ばれるのが気持ち悪くてたまらない。
「じゃあ、俺も敬語使わないから先生も俺のこと呼び捨てにしちゃってくれよ」
「……いいの? 先生って生徒に君付けするものだと思ってたけど」
アルク先生は俺と同じようなことを言っている。
「いいんだよそんなのどうでも」
「そうなんだ。あーよかった。実は志貴をクン付けするのも気持ち悪かったんだ」
アルク先生はほっと安堵したような顔をした。
「だったらやらなきゃいいだろ」
「しょうがないじゃない。やらなきゃいけないって思ってたんだから」
むくれるアルクェイド。
もといアルク先生。
まあころころと表情の変わる人である。
そんなところまでアルクェイドに似ていた。
「……じゃあアルク先生も購買ってことで」
「あ、うん。ついでに一緒に食べない?」
「先生が?」
「うん」
「そりゃ……」
別に構わないけど。
と言いたかったのに言えなかった。
何故か意識のどこかがその発言を拒んでいるような気がするのだ。
この後俺と有彦はパンとジュースを揃え秋葉の元へと向かう。
そこに先輩がやってきたりするのがいつもの昼食タイム。
「……」
駄目なのだ。
その場所にアルク先生を連れて行ってはいけないと。
絶対に駄目だと本能が訴えてきているのだ。
「……どうなの?」
「う……」
アルク先生の瞳。
その瞳を見ると頼みを拒まずにはいられない。
「わ、わかった。一緒に食べよう」
「うん。決まりね」
アルク先生はにこりと微笑んだ。
「……」
やっぱりどうにもおかしい。
駄目だと思っていたのにイエスと言ってしまった。
なんなんだろう、これは。
「遠野ー。こっちは終わったぞっ。そっちはどうだ……ってアルク先生っ? こりゃずいぶんな奇遇ですねいっ」
「どこの生まれだおまえは」
有彦のせいで考えが中断してしまった。
「その様子じゃまだジュースは買ってないようだな。だがアルク先生をゲットしたのはでかしたっ。どうです先生? 一緒にメシでも」
「ええ、そのつもりよ」
「オッシャア! なおでかしたぞ遠野っ。よーし、今日は俺がジュースを奢ってやるからさっさと買いに行けっ」
「お、マジか?」
「ああ、大マジだ。さっさと行ってきやがれっ」
「サンキュー有彦」
有彦は美人が絡むと金銭感覚がおかしくなって非常に助かる。
「えー、いや、そのですねー、あははー」
アルク先生は有彦と何かを話して盛りあがっていた。
「……」
やっぱりなんだかわからないけどその光景がちょっとむっときたのであった。
「よお、秋葉」
「今日は遅かったんですね、兄さん」
「はは……」
中庭で待っていた秋葉はいつも通り辛口だった。
「ようっ! 秋葉ちゃんっ!」
「こんにちわ、乾先輩」
にこりと俺には見せないような営業用スマイルで笑う秋葉。
「……」
そしてアルク先生の前で動きが止まる。
ああ、やっぱりこの二人を会わせちゃいけなかったような気がしてたまらない。
「こんにちわ、アルク先生」
「ええ、こんにちわ。い……秋葉さん」
ぞぞぞぞぞ。
やばい、鳥肌が立った。
なんでアルク先生が秋葉の名前を呼んだだけで鳥肌が立つんだろう。
「う、うふふふふふ」
「あ、あはは……」
おまけにその当人である二人ももひくついていた。
「……遠野、どうした? なんか顔色すぐれないぞ?」
「いや、なんでもないんだけど……」
なんでもない光景のはずなのに。
違和感がありすぎる。
例えて言うなら突如翡翠が凄い料理が上手くなったような。
それは翡翠を知らない人ならメイドなんだから普通だろと思うだろう。
だけど知っている人にとってはそりゃあもう一大事だ。
だからそう、俺にとっての今の光景はものすごい一大事のような気がするんだけど。
それがどうして一大事なのかさっぱりわからない。
わかっているのにわからないというか、もうまるで意味不明の心境である。
「あ、いましたね。遠野くーん」
そこでシエル先輩が現れる。
「あら、シエルさん、こんにちわ」
アルク先生がそんなことを言ってまた鳥肌。
「こんにちわ、シエル先輩」
おまけに秋葉まで笑顔で先輩を迎える始末である。
こっちはもう間違いなくおかしい。
いつもだったらもっと邪険にするのに。
「では、食事にしましょうか?」
「ううう、うん」
一体何がどうなってしまったっていうんだ。
「あ、先輩のお弁当美味しそうですね。少し頂いてもいいですか?」
「どうぞどうぞ。あ、アルク先生、ちょっとカレーパン頂いてもいいですか?」
「ええ、好きなだけ」
ほほえましくお弁当やパンを分け合う三人の女性。
「遠野……俺、なんか俺具合悪くなってきたかも」
「……だな」
野郎二人揃って得体の知れない寒気に震えるのであった。
続く