土曜日の昼下がり、アルクェイドがおかしなことを言い出した。

そりゃあもう朝起きたら夜だった、くらい変なことだ。

「ねえ、志貴、シエルの家に行かない?」
「は?」

聞き返した俺はさぞかしマヌケな顔だったろう。

何言ってるんだ、こいつはと。

「だから、シエルの家に遊びに行くの」
「……おまえ、正気か?」

俺は首を傾げながら尋ねた。

吸血鬼がエクソシストの家に遊びに行きたい、と言っているのである。

「本気よ。シエルがどんなところに住んでるのかなって興味があるから」
「そ、そうか」

それはどうも単なる興味本意からのようなのだが。

「でも、先輩は嫌がるんじゃないかな」

嫌がるで済めばいいけれど、そこで一戦となったらさあ大変である。

ご近所迷惑どころの騒ぎではない。

「んー。だからいきなり押しかけちゃうってのはどう?」
「……おまえなー」

それじゃますますケンカをしかけに行くようなもんだ。

「だって、それでわたしは屋根裏に住んでるわけじゃない?」

アルクェイドはそう言いながら笑った。

「う」

それを言われると非常に弱かったりする。

そしてこいつが俺の部屋の天井にある屋根裏部屋に住み出してから一ヶ月ほどが経過していた。
 
 







「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候










「まあ……でも……うん」

アルクェイドとシエル先輩は言うまでもなく犬猿の仲である。

「いいでしょ? 今なら問題無いんじゃない? 最近シエル大人しいし」
「んー」

だが雨降って地固まるということわざがあるように、色々な過程を得てようやくぶつかり合う事が少なくなってきたのだ。

そういう風に上手く行きかけている今だからこそ余計なことはしたくないという感じなのだ。

「どうなの? ねえ?」
「うむぅ」
「ねえってば」
「そうだなぁ」
「むー」

俺がいつまで経ってもちゃんとした返事をしないのでアルクェイドはむくれていた。

「しっきさーん。いらっしゃいますかー?」

そこへノックと音の共に琥珀さんの声が響く。

「あ、琥珀さん。いいよ」

アルクェイドは屋根裏部屋にいることは事は琥珀さんも翡翠も知っているので、部屋にいるのを見られても全く問題は無い。

アルクェイドが屋根裏部屋に住むようになった経由は省くが、ほとんど成り行きだったようなもんがいつの間にやら、という感じである。

そしてその事実が妹の秋葉にだけは未だに内緒なのが少し心苦しくもあった。

「失礼いたします」

琥珀さんが部屋に入ってきて今度は翡翠の声。

どうやら二人で俺の部屋へ来たようだ。

「どうしたの? 二人とも」
「あ、はい。明日のアルクェイドさん学校のことなんですけれど、わたしと翡翠ちゃんのダブル先生でどうかなって」
「へえ。そりゃ面白そうだな」

アルクェイドさん学校というのはアルクェイドに一般常識及び社会への適応力を身につけさせようと、秋葉、シエル先輩、俺、翡翠と琥珀さんで毎週日曜日に行っているアルクェイドのための学校なのである。

まあ、秋葉や先輩には色々他にも思惑があるみたいだけれど、とりあえず協力してくれているのはありがたいことであった。

翡翠や琥珀さんはこの授業に一番協力的であり、また自分たちも楽しんで授業をやっている。

先週の翡翠の授業は「教授誘拐事件! 犯人は誰だ!?」であった。

ガクガク動物ランドのどう考えてもさらわれるわけのない教授が誘拐されたという設定の紙芝居で、犯人を当てるのである。

まさかあいつが犯人だ何て全くわからなかったからなあ。

琥珀さんはあっさり犯人を見破ってしまったけれど、まあそんなこんなで楽しい日々が続いているわけだ。

「ねえねえ翡翠に琥珀。二人も志貴を説得してくれない?」

そんな事を回想しているとアルクェイドがそんな事を言っていた。

どうやらさっきの件のことで二人を味方にすることにしたらしい。

「はい?」
「あー、アルクェイドの言葉は適当に流してくれればいいから」

俺は苦笑しながら二人にそう言った。

「えっと、なんでしょう?」

琥珀さんがアルクェイドに尋ねる。

「うん。わたしシエルの家に遊びに行こうと思うんだけれど、問題無いわよね?」
「……はぁ」
「……」

二人ともなんとも言えない顔をする。

それは言いかえれば「秋葉に向かって胸が無いねと言っていいかな?」くらい無謀なこととも言えるかもしれない。

「アルクェイドさま。それはアルクェイドさまお一人でということですか?」

翡翠が尋ねた。

「ううん。志貴も一緒に」
「まあ、行く場合はだな……」

さすがにアルクェイドひとりで先輩の家に行かせるのは不安過ぎる。

「でも、止めておいたほうがいいよね?」

とりあえず俺も二人に同意を求めてみた。

「わたしはとりあえずパスで。翡翠ちゃん先にどうぞ」

琥珀さんはどうやら中立の立場を取るようだった。

「わたし……ですか」

翡翠はやや考える仕草をしてから

「わたしは……志貴さまが一緒であるならばシエルさまの家に行かれても問題ないのではと思いますが」

と言った。

つまりアルクェイドの意見に賛成のようである。

「ほんと? さっすが翡翠。話がわかるわー」

アルクェイドは賛同者が現れた事にかなり嬉しそうだった。

「ひ、翡翠、どうしてそう思うの?」

俺は驚いて翡翠に尋ねた。

「はい。志貴さまが望まれているのはアルクェイドさまの成長だったはずです。時には敵対する相手と会話をするのも必要なことだと思われますが」
「……む」

それはまったくもって正しい意見だった。

世の中に出たら気の合うやつとばかり付き合うわけにはいかないのだ。

それこそ嫌いな相手と仲良くしなければいけない場合だってある。

「……にしても」

翡翠も意外に大胆な意見を言うもんだなあと思ってしまった。

そういえばアルクェイドに屋根裏部屋を教えたのも翡翠なのである。

そして「許可が降りなければ勝手に居座るまでです」とも。

「シエルじゃないとわからないこともあるしねー。あれでシエルって一番わたしに詳しい人間だから。資料とかも家にあるだろうし」

アルクェイドはこれでも先輩の事を高く評価している。

よく言えば二人はお互いを知り尽くした関係なわけである。

「なるほど……」

そういう意味でも家に行く事は重要なのか。

「じゃあ、うーん……」

俺としても出来ればアルクェイドの願いは叶えてやりたい。

だが、どうしてこいつの願いはそう無茶なことばっかりなんだろう。

一緒に住ませてだの学校に行きたいだの。

自分が真祖の姫君だってことをちゃんと自覚して欲しいものである。

変なところばかりこいつは人間らしすぎるのだ。

まあ、だからこそ俺も好きになっちまったわけだが。

「じゃあ行くことで話を進めるとしましてー」

そこで何故か琥珀さんまでアルクェイドに協力するような事を言い出す。

「こ、琥珀さん?」
「いえ、だってこの流れだと結局は行く事になるでしょうし。善は急げですよ」

琥珀さんの顔はなんていうか「これは面白い事になってきましたよ〜」って感じであった。

そういうシチュエーションは琥珀さんの大好物である。

「それにですね、志貴さん」
「……なに?」
「それがシエルさんの家じゃなくて秋葉さまの部屋のほうが怖くないですか?」

俺はその言葉を聞いた瞬間もう完全に逃げられない事を悟った。

「あ、それいいわねー。ねえ志貴、どうする?」

アルクェイドは満面の笑みを浮かべて尋ねてくるアルクェイド。

秋葉を盾にされては俺の選択肢はひとつしかないわけで。

「あーもう、好きにしてくれ」
 

俺はやけ気味に言い放つのであった。
 
 

続く



あとがき
第三部完結からほぼ一ヶ月ー。
入稿も終わったんで第四部です。
ずっと原稿を書いていたんでコツは忘れてないとは思うんですけれど(^^;

話の中でも一ヶ月くらいそんなわけで経っている様です。
その間の話も書いていきますが今回は今まで影の薄かったあの人の出番が増えるかもしれません。
まあそれが誰だかは秘密というかわかりきっているというか。
屋根裏に住んでるっていうシチュエーションも生きてくると思います。多分(w;



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