そうして追いかけっこをはじめ出す二人……と引きずられてる一匹。
「あはは……はあ」
結局はこうなるのか。
「もう好きにしてください」
俺はひとり空しくお茶をすするのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その12
千日戦争
「アルクェイドっ! 止まりなさいっ!」
「シエルが追いかけるの止めたらねー」
アルクェイドたちは寝室のほうへと駆けていく。
「……あー、柿の種が美味いなあ」
俺はとりあえず関与しないことにしたので柿の種を食べて時間を潰すことにした。
柿の種とピーナッツのコンビネーションというのは誰が考えたんだか知らないけど最高のものだと思う。
ぽりぽりぽり。
「……」
アルクェイドたちはいつまで立っても戻ってこない。
あれだけ叫んでいたはずなのに声も丸っきり聞こえなかった。
「おかしいな」
何かあったんだろうか。
「……はぁ。しょうがない」
俺も寝室のほうへと向かうことにした。
「おーい。アルクェイド。シエルせんぱ……」
部屋に入った俺は中の光景に絶句した。
「あ。志貴さん。どどど、どうしましょうか」
ななこさんもどうしたらよいのやらといった顔をしている。
「シエル先輩の拳がアルクェイドの掌底にはばまれたまま……しかもお互いの足は蹴りに備えて牽制の形をしたまま……」
そんな状態で部屋のど真ん中に二人がいるのだ。
「こ、これじゃあまるで千日戦争の形じゃないか。千日戦いを続けてもこのままの状態で勝負はつかないぞ」
「え、えええっ! そうなんですかっ?」
ななこさんがものすごく驚いた顔をしていた。
「い、いや、うん、その、多分ね」
昔少年マンガで見たようなシチュエーションだったから言ってみただけなんだけど。
「ふっ……ならば互いに秘技を繰り出すしかないでしょうかね」
先輩が一歩退いてそんなことを言った。
「シエル、あなたは消滅を望むの? そうまでして志貴に……むっ」
謎の構えを取るシエル先輩。
「黙りなさいアルクェイド。これよりわたしは教会の教説を転じて迷いを破壊します」
「こ、これは……シエルのオーラが増大していく?」
「ま、マスターっ! 落ち着いてくださいっ! 部屋の中でそんなことをしたらとんでもないことにっ!」
今にも泣き出しそうなななこさん。
「あー。そんなに心配しなくていいと思うけど」
俺はななこさんの肩を叩いた。
「そ、そうなんですか?」
「うん」
「迷いは去りました。もはやアルクェイドを葬り去るのになんのためらいもありません! 天魔降伏! 死すべしアルクェイドっ!」
アルクェイドに向けて突進をしかけるシエル先輩。
「や、殺る気満点じゃないですかーっ!」
ななこさんはもう完全に泣いていた。
「なんのシエル。貴方の技くらいわたしのパンチで粉砕してあげるわ!」
その先輩へ向けてストレートを放つアルクェイド。
カカァッ!
「なにィ!」
「わ、わっ?」
一瞬まばゆい光が部屋を包み。
「くっ……ぐっ……」
「ちぇ……止められた……」
またアルクェイドと先輩は部屋の中央で組み合っていた。
「まさに決着つかずだな……」
というより二人ともあからさまに真面目にやってなかった。
普段と全然ノリが違うし。
どちらかというと仲良くじゃれあっているような感じさえする。
「うわーん。し、志貴さん。この二人を止めてくださいー」
「え、あ、うん」
多分この二人の本気バトルしか見てないだろうななこさんはもう気が気じゃないといった感じだった。
俺はどちらかというとこういう小競り合いみたいなもののほうが見なれてるので、今更驚きもしないけれど。
「えーと。じゃあどっちかに加勢しよっか。そうしたらバランスが崩れるし」
「え、あっ。そ、そうですねっ。じゃあアルクェイドさんに加勢しましょうかっ」
ななこさんは何故か妙に嬉しそうな顔をしていた。
「ふ……ふふふふふ。マスター、許してくださいね。これもマスターを救うためなんです」
むしろその顔は琥珀さんに似ていたかもしれない。
「セーブーン……?」
機械のようにぎぎぎぎぎと顔を動かすシエル先輩。
「うわっ! ま、ま、ま、マスター、聞いておられたのですかっ?」
「当たり……前……です」
「ほらほらシエル、そんなことしてるとやっつけちゃうわよー?」
「くっ……」
またのろのろと顔を戻す。
「うーむ」
やはりシエル先輩のほうが辛そうである。
「じゃあ、俺はアルクェイドの邪魔をするから、ななこさんはシエル先輩の手助けをするってことで」
そんなわけで俺は先輩に協力することにした。
「え。ちょっと、志貴?」
「おまえはそれくらいハンデあっても問題無いだろ……っと」
アルクェイドの背後に回る。
「食らえアルクェイドっ! いきなり横腹攻撃っ!」
そして俺は思いっきりアルクェイドのわき腹をくすぐってやった。
「ちょ、志……ばか、止めっ……あはははははっ」
アルクェイドは細かいところが人一倍敏感だったりする。
背中の中心を指で伝わせるのも弱いし、耳に息を吹きかけられるのにはもっと弱い。
なんで俺がそんなことを知っているかというと、そりゃあ一応彼氏なわけで、アルクェイドの体を何度も……いやいや。
ともかく弱点は知り尽くしているわけだ。
「先輩、今のうちになんとかしちゃってくれ」
「……うう」
「あ、あれ?」
ところが先輩のほうも何故かやたらと脱力しているようだった。
「フレーフレーッ、ま、すたぁっ。ごーごーれっつごー、ま、すたぁっ」
「……」
なるほど、原因は全てあれか。
「ななこさん、ごめん、応援いらない」
「え、ええっ? だ、駄目ですかわたしっ?」
「いや、うん。黙って進展を見守ってるほうがいいかも」
「うう……」
落ち込むななこさん。
「先輩、これで」
「わ、わかりました。せいっ!」
「あははっ……こ、こらっ。ずるいわよシエ……あははははっ」
俺は相変わらず手を緩めてないのでアルクェイドは笑いっぱなしだ。
「さらに耳の裏に息っ」
「ひああんっ!」
身悶えするアルクェイド。
「お、おのれアルクェイドっ!」
何故か先輩もそれでやる気を出していた。
「わ、わわわっ」
アルクェイドの後ろにいるもんだから俺も一緒に押されてしまう。
そしてあっという間に背中が壁に。
「遠野君。あとは大丈夫です……やれますっ」
「お、おう」
俺はなんとかかろうじてアルクェイドの後ろから抜け出した。
「あははっ……シエルっ……まだまだ甘いわよっ」
だが俺という障害がなくなったアルクェイドは元の力を取り戻してしまっている。
そして元々のパワーはアルクェイドのほうが圧倒的に上なのだ。
「くうううっ……!」
先輩はあっという間に逆の壁、つまりベッドのほうへと押されていってしまった。
そしてそのままベッドの上に押し倒される。
「ふっふっふ。形成逆転ね、シエル」
「……はぁ。参りました。完敗です」
先輩は溜息をついていた。
「うーむ」
しかしアルクェイドによってベッドに押し倒される先輩というのもなかなか見られないシチュエーションである。
「なんだかレズっぽいですねー」
「……」
いや、その通りなんだけど。
言わないほうがよかったんじゃないかなあ。
「セブン。大事な話があるからこちらにいらっしゃい」
先輩は笑顔で手招きをしていた。
「う、うわっ。わたしそっちの気はありませんからっ」
先輩の言葉にななこさんは思いっきり引いている。
「ちょっとこらっ! そういう誤解を招くような発言はお止めなさいっ!」
「わーっ! お助けを〜」
今度は先輩とななこさんの追いかけっこが始まるのであった。
続く