「みんな、集まれー」
 

ああ、これか。

俺は最初のフレーズだけでもう全てが理解できた。

よく考えたらアルクェイドが楽しみにしている番組なんてこれ以外にないじゃないか。
 

「教えて! 知得留先生! 〜ガクガク動物ランド〜 はっじまるよー!」
 

俺としては久々に見るガクガク動物ランドであった。
 
 





「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その18









「動物ランドがありまして〜。ゆかいな仲間がいるんです〜」

ガクガク動物ランドのオープニングテーマは子供向けにわかりやすく、明るい感じのする曲である。

まあどこかで聞いたようなフレーズなのはお約束ってことで。

「教授!」
「エトー!」
「ばけねこー!」

相変わらず教授は渋い。

「遠野君。オープニングにもきのこは出ているんですよ」
「へえ。そうなのか」
「番組のマスコット的キャラクターですからね」
「ふーん」

せっかくだし練習としてきのこを探してみるのもいいかもしれない。

「でもシエル、オープニングのきのこの場所なんて毎回一緒よ? 志貴なら知ってるんじゃないの?」
「う」

いかん、さっきの嘘がまだ響いている。

「い、いや、わかってるけど確認のためにひとつ」

俺は誤魔化すように笑う。

「ふーん。変な志貴」

アルクェイドは首を傾げていた。

「ははは……」

別に番組をよく知らないと言ってもアルクェイドは怒らないかもしれない。

けれどなんていうか、アルクェイドの好きな番組くらいちゃんと知っておきたいなあという自分がいた。

「……」

そんなわけでオープニングのきのこ探しにも気合が入る。

「まあ、もうオープニングは終わりますけど」
「え、うわ、そうか」

子供向け番組のオープニングなんてごく短いものなのだ。

「それでは今日も授業を開始しますよ〜」

最後に知得留先生がそんなことを言って、みんなが集まる絵が表示された。

「あ。これか」

画面の隅っこにきのこっぽい生物の姿。

「ええ、それです。それが番組のどこかに必ず出てくるんです」
「へえ」

それは俺の予想していたものよりだいぶ可愛い姿をしていた。

俺の想像していたのはリアルなきのこに手の指が五本生えて、足の指が五本生えているような生物だったのである。

冷静に考えたらそんな気持ち悪い生物がマスコットになっているわけがないじゃないか。

そのきのこの手足はデフォルメされた丸い手足で、ぬいぐるみそのものって感じである。

「じゃあ頑張って下さいね、遠野君。きのこを探すんでしょう?」
「あ、うん」

ウォーリアを探せのおかげで勘とかも冴えていた。

これならいけそうだ。

「シエル、静かにしてよ。聞こえないでしょ」
「あ……はい」

アルクェイドは早くも番組に夢中といった感じである。

「はは……」

苦笑しながら俺も画面を見る。

「にゃー。にゃー。うえーん。ぐしゅぐしゅ……」

なんだかよくわからないけどばけねこが泣いている。

「ボンソワール! 知得留先生です。 ……おや、どうしました? ばけねこ、そんなに泣いて」
「うにゃー。アチキのおまんじゅうが食べられなくなってしまったのだ」
「食べられなく?」
「ほら」

後ろから皿を取り出すばけねこ。

「うわ……これは……」

その上にはまんじゅうらしきものが。

らしきもの、というのは緑色のトゲみたいのがたくさん刺さっているからだ。

「これはカビですよ。長い間食べないでいたからカビが生えちゃったんです」
「おのれカビめ……こんちくしょー。アチキのまんじゅうを返せー」

うなだれるばけねこ。

「最近は雨が多いですからね。雨の多いときは食べ物がすぐに駄目になっちゃうんです」
「くそー。雨のばかやろー」
「ふーむ。これじゃあおまんじゅうが勿体無いですねえ」
「ふーんだ。食べられないまんじゅうに価値はないニャ。こんなものはこーして……」

ひゅーん。

空を飛ぶまんじゅうと皿。

「む……なんだこれは」

と、そこへ教授が歩いてきた。

しかも人形らしからぬ素早い動きで皿とまんじゅうをキャッチする。

「あ、教授。すいません。ばけねこがまんじゅうをカビさせてしまって」
「あ、アチキのせいじゃないぞー。自然現象のせいだってば」

ばけねこはたじろいでいた。

「この時期は食べ物の保管には気をつけねばいかんからな……」
「それは知得留先生にも聞いたぞー。具体的にどうすればいいんだー」
「うむ。それにはだな……」

しばらく教授による雨の日の食べ物対策の講義が続く。

「むー。なにを言ってるのか全然わからないぞー」
「ああ、つまりですね……」

教授のやや難しい説明を知得留先生がわかりやすく説明したり。

なんていうか、子供向け番組というよりも主婦向け雑学といった感じである。

「なるほど、そうすればいいんですか……」

シエル先輩は感心しながらメモを取っていた。

今ごろ家で琥珀さんもメモを取っているかもしれない。

「わかった。今度からはそのほうほーでカビさせないようにするニャ」

ガッツポーズを取るばけねこ。

「きのこのこ」

そこでエト君が現れる。

翡翠が画面に釘づけになったに違いない。

「おやエト君。どうしました」
「のこのこきのこのこ」
「……ふむ。不思議な泉があり、そこに食べ物を入れると元に戻るというのか」

ちなみにこのエト君の言葉は教授しか理解できないものである。

「ニャに? そこに行けばまんじゅうが元に戻るかニャ?」
「かもしれませんね。行ってみましょうか?」
「いくいくー! さっそくれっつごー!」
「こら、待ちなさいばけねこ。まったく……」
「まあまあ、元気があってよいではないか」

なんだかばけねこを見ているとアルクェイドを連想してしまう。

元気万点、笑顔で明るいムードメーカー。

知得留先生はもちろんシエル先輩だ。

「……あれ」

とするともしかして俺の立場は教授なんだろうか。

「微妙だ……」

渋い男には憧れるけど、まだそんな年にはなりたくない。

「どうしたんですか? 遠野君」
「あ、う、いや、なんでもないよ」

そんなことを考えている場合じゃないのだ。

俺はきのこを探さなきゃいけないんだから。

「志貴さん志貴さん」
「ん?」

なんだろう。

後ろを振り向くとななこさんが手招きをしていた。

「なに?」
「はい。わたしちょっと手助けをいたしましょうか?」

そうしてひそひそと囁いてくる。

「何の?」

俺もつられて小声になってしまった。

「ええ、ですから志貴さんがきのこを発見すれば、志貴さんかっこいーということになるんですよね?」
「……あー、うん、多分」

それ自体はそんなにかっこいいことでもなんでもないだろうけど、アルクェイドなら言いそうな気がする。

「だから、わたしの索敵を使えば」
「一発で見つかるってことか」
「はい。如何でしょう?」

ななこさんは好意でそう言ってくれてるんだろう。

「うん。ありがとう。でも気持ちだけで十分だよ。自分で探す」
「え? いいんですか?」
「ああ。やっぱり自分の力でなんとかしなきゃ……ね」
「うわぁ。志貴さんかっこいいですねー。わたし、志貴さんが志貴さんじゃなかったら惚れてたかもしれませんよ?」
「そ、そいつはどうも」

ななこさんにかっこいいと言われてもしょうがないんだけどなあ。

苦笑しながら再び画面へ。

「あっ! きのこみーっけ!」

途端にアルクェイドがばけねこみたいな声で画面を指差した。

「ああ、ほんとだ。きのこですね」
「……」

さて、こういう場合俺はどんな顔をしたらいいんだろう。

「ほらほら見つけたよ志貴。凄いでしょ」

にっこりと笑うアルクェイド。

「ああ、うん。……凄いな」
 

俺はなんとかそう答えることしか出来なかった。
 

続く



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