「それよりも聞きたいことがあるんですよ」
「ん? なに?」
「いえ……さっきアルクェイドに会ったんですが、妙なことを言ってまして」
「みょ、妙なこと?」

やっぱりあいつ、なんかしでかしたのか。

「な、なんて?」
「ええ。その……遠野君の部屋に屋根裏部屋なんかないから、安心してねと」
「……」
 

俺の思うことはただひとつである。
 

あの……ばかおんな―――っ!
 
 





「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その23









「は……ははは、何言ってるんだろうな、あいつ」

そう言いながら乾いた笑いを浮かべる俺。

背中には脂汗が出始めていた。

もしかしてこの状況は今まで続けてきたアルクェイドとの同居生活で最大のピンチなのではないだろうか。

「……」

さて、この状況で俺は何をするべきだろう。

大きく分けて選択肢は二つだ。

ひとつはもう諦めて先輩にすべてを話してしまうこと。

だがそれはヤブヘビになってしまわないとも限らない。

実は俺の部屋の屋根裏部屋にアルクェイドが。

えっ? そうなんですか?

とかなったらもう最悪である。

「……」

もうひとつはいつも通りと言うかなんというか、とにかく誤魔化すことである。

しかし秋葉ならともかく勘の鋭いシエル先輩にそれが通用するだろうか。

「うう……」

つまりどっちの選択肢もかなりの危険を孕んでいる選択肢なのである。

当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。

そもそもアルクェイドを屋根裏に住まわせているという今の状況がどうかしているのだ。

「まあ、またどうせ漫画か何かで得た知識なんでしょうけどね」

シエル先輩はため息をついていた。

「え? あ、う、うん。そうだね」
「アルクェイドの言うことなんか一々気にしていたら身が持ちませんよ」
「そ、そうそう。そうだとも」

なんだか上手い方向に話が進んでいる。

「雄弁は銀、沈黙は金ということですね」

翡翠が小さな声で俺にささやいた。

あれこれしゃべるよりも、黙っていたほうが事態が好転することがあるということわざである。

「どうかしましたか?」
「いえ。シエルさま、わざわざご足労頂きありがとうございます」

深々と頭を下げる翡翠。

「そ、そうそう。ありがとう先輩。危うく晩飯抜きにされかねないところだったんだよ」

俺も慌ててお礼を言う。

「いえいえ。たまたまだったんですけど、気づいてよかったです。わたしひとりのためにあんなにデザートを持ってきてくださたっとは思えなかったので。きっと忘れたんだなと」
「あ、あはは……ひとつは間違いなく先輩のだから、安心して食べてくれよ。別にあっただろ?」
「ええ。そちらは家で保管してあります。感謝してますよ、遠野君」

にこりと笑うシエル先輩。

「いやいや」
「それに、ついでに買い物もありましたし、ちょうど良かったんです。遠野君にも見せたかったんですよ」
「ん?」

先輩はそう言ってカバンの中から本を取り出した。
 

『ウォーリアを探せ 魔界大冒険』
 

「ああ。ウォーリアシリーズの新刊か。やっぱり先輩も買ったんだな」

それはさっきアルクェイドに見せてもらったものとまったく同じ本であった。

「あ。さすがにチェック早いですね、遠野君」
「あはは……」

アルクェイドが買って来なかったら絶対気づかなかっただろうなあ。

「ウォーリア……ウォーリアを探せシリーズですか?」

翡翠がやや嬉しそうな顔をして尋ねてきた。

「うん。今日先輩の家で久々に見てさ。しかも新刊が出てたんだよ」
「そうなんですか。昔姉さんとよく遊んでいました」
「あ、そうなんだ」

ここにも同志発見。

まあ世代が近いからはまったものが似通っているのもまあ必然とも言える。

ただ、翡翠や琥珀さんとあんまりそういうもので共感したことがなかったので妙に嬉しかった。

「多分今でも姉さんの部屋に置いてあるはずです。ボロボロになってしまっているでしょうけど」
「じゃあ琥珀さんに教えてあげても喜ぶかもな」
「はい……」

そしてもしかしたら翡翠琥珀姉妹の数少ない共通の趣味なんじゃないだろうか。

意外と広いウォーリアの輪。

まさかここまでウォーリアで話が続くとは思ってなかった。

「シエルさま、今日はご足労頂いたお礼と言っては何ですが、粗茶と菓子を用意してあります。その辺りの話もお聞きしたいので、いかがでしょうか?」
「そう……ですね。ではせっかくですし、お邪魔しちゃいましょうか」
「はい。ではこちらへ」

先輩は翡翠に案内されていく。

「うーん……」

アルクェイドのことはなんだかうやむやになってしまったけど、詳しく聞いたほうがいいんだろうか。

「……いや」

またややこしいことになりそうだし、止めておこう。

とりあえず顔を出すため俺も二人について行った。
 
 
 
 

「どうも先輩。わざわざありがとうございます」
「いえいえ。気にしないでくださいよ。それで、このゼリーはどうしましょうか?」
「冷蔵庫に入れておきますよ。翡翠。お願い出来るかしら?」
「かしこまりました」

翡翠は先輩にゼリーを受け取り部屋を出て行った。

「そんなわけでシエルさんには高級ようかんを出させて頂きました。わたしが秘蔵していたすっごくすっごく美味しいやつです」

琥珀さんはようかんにかなり未練があるようである。

「いいんですか? わたしがそんなものを頂いてしまって」
「構いませんよ。そうでしょう? 琥珀」
「えー、うー。はいー」

頷きながらもかなり残念そうな琥珀さん。

「い、いいですよ? わたし別に食べなくても」
「そ、そうですかっ? それは残念ですねー」
「琥珀」
「えー、き、気持ちはありがたいんですが、ど、どうぞお召し上がりください……」

なんだか琥珀さんのノリがななこさんみたいである。

「ただいま戻りました」

そこへ翡翠が戻ってくる。

「おかえり翡翠」
「はい。姉さん。シエルさんがすごい本を持ってこられました」
「え? 何?」
「ああ。はい。これです」

先輩が再びウォーリアを取り出した。

「うわっ! ウォーリアですよっ? 懐かしいですねー。数少ない青春の思い出ですよ」

かなり嬉しそうな顔をする琥珀さん。

「絵柄もほとんど変わっていませんよね」
「だねー。うんうん。これいいなー。今度買ってこようっと」
「やっぱり好きなんだ。琥珀さん」
「あはっ。わたし、ウォーリアだったら見なくても描けると思います」
「そうなんだ」

もしかしたら俺よりも入れ込みようが凄いかもしれない。

「……なんですか? そのウォーリアというのは」

秋葉だけがわからない表情だった。

「えへん。ウォーリアというのは世界を又に駆ける稀代の冒険家で、数々の伝説を作り出した人なんですよ。それをまとめたものが『ウォーリアを探せ』シリーズなんです」
「確かそれは初代ウォーリアを探せの巻末に書かれたものですね」
「はい。これでもかってくらいあれは読んでますからー」

間違いない、琥珀さんは俺よりもレベルの高いウォーラーである。

「面白いんですか? それ」
「面白いなんてものじゃないですよー。その奥深さ、世界観、圧倒されてしまいます」

確かにウォーリアを探せシリーズには無駄とも思えるくらいの世界設定、キャラクター設定が多い。

好きなアーティストやら出身地やら何やら。

「ウォーリア探し以外にも脇役探しもありましたね」

翡翠がそんなことを言う。

「あー。バナナで転んでいる人を探せ! みたいなのですね」
「あったなあ。それも」
「……本当に面白いんですか? それ」

秋葉はまったく理解できないといった顔をしていた。

「やってみればわかりますよ。試してみてくださいな」

先輩が秋葉にウォーリアを差し出す。

「お。いいな。みんなでやってみるか」
「新作でもすぐに見つけちゃいますよー?」
「姉さん、人の目を隠すのは禁止ですからね」
「わ、わかってるって」
「ふん……こんなもののどこがいいんだか」

取り合えずページを開きウォーリアを探せ、開始。
 
 
 
 

で。

「み、見つけましたよ兄さんっ! ほらここにっ!」
「あー、わかった、わかったから秋葉、落ち着いてくれ」
 

ものの見事にお嬢様は夢中になってしまうのであった。
 

続く



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