俺も屋敷へと駆ける。
「屋根裏部屋の姫君にも宜しく言っておいてください」
刹那。
後ろからそんな声が聞こえた気がした。
「………………え?」
だが振り返った時、そこにはもう先輩の姿はなかったのである。
「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その25
「うーん……」
とりえず部屋へと戻る。
ゼリーを机の上に置いて、ベッドに座った。
「志貴?」
すぐにアルクェイドの声が聞こえる。
だが俺はそれどころじゃなかった。
「どうしたのよ志貴。おーい、やっほー」
アルクェイドは俺の正面で手を振ったり妙な動きをしたりしている。
「ああ、うん。いや、ちょっと先輩がさ……」
「シエルがどうしたのよ」
「いや、帰ったんだけど、気になる事を言ってたんだ」
「気になる事?」
「ああ。『屋根裏部屋の姫君にも宜しく言っておいてください』ってさ」
「……ふーん」
「ふーんじゃないだろ。どう考えてもお前のことじゃないか」
真祖の姫君アルクェイド。
それが屋根裏部屋に住んでいるんだから屋根裏部屋の姫君。
「あ、そっか。それ、わたしなんだ。なんかかっこいいね」
アルクェイドはにこりと笑っていた。
「ま、まあなかなかいいフレーズだけど。先輩に言われたってのは問題だろ」
「つまり、シエルがわたしがここにいることを知ってたってこと?」
「ああ……そうなのかもしれない」
「むー。考えられる節はなくもないけどねー」
腕組みをするアルクェイド。
「例えば?」
「セブンよ。あれの索敵能力を使えばわたしだって見つけられるはずだわ」
「あっ、そ、そうかっ」
先輩にはななこさんという強力なアイテムがあったんだっけ。
「……待てよ」
確かアルクェイドが屋根裏部屋に住む事になった初日の夜。
先輩が家にやってきたっけ。
理由は確か軽いミスをしてしまったのでかくまってほしいって事だったけど。
もしかしてあの時点で先輩はアルクェイドが家にいることに気づいていたんじゃないだろうか。
確かななこさん、つまり第七聖典も持っていたし。
仮説を立ててみる。
あの頃の先輩はまだアルクェイドと相当に不仲だった。
だからアルクェイドを始末しようとしていたとしてもおかしくはない。
今日こそ決着をつけようと第七聖典を取り出し出陣。
索敵能力で調べてみればまあびっくり、仇敵は遠野家にいるではないか。
おのれあのあーぱー吸血鬼。
ここはひとつ、わたしも遠野家へ転がり込んでぶっ倒してあげましょう。
と。
「……いかん、筋が通ってるじゃないか」
その日は何もなく終わった。
だがあれ以来、ずっと先輩は疑惑に思っていたんじゃないだろうか。
アルクェイドはこの屋敷のどこかに隠れ住んでいるのではと。
「そしてこのバカが屋根裏なんて単語を出すもんだから」
「む。誰がバカよ誰が」
先輩はいよいよアルクェイドが遠野家に潜伏しているということを確信してきた。
だから、俺にカマをかけるつもりで言った。
屋根裏部屋の姫君にも宜しく言っておいてください。
「も、もしかして先輩はどこかで俺たちの様子を探ってるんじゃ」
「それは無いわ。シエルの気配は感じないし。索敵能力だって、見つけは出来るでしょうけど、わたしがどうしているか、なんてわからないはずよ」
「そ、そうなのか。……じゃあ」
先輩は何故そのまま去って行ったんだろう。
疑惑が確信に変わったんなら、攻めてきてもいいはずなのに。
「まさか先輩、アルクェイドを倒すための準備をしているんじゃ……」
「それもあり得ないわ。前みたいにわたしは暴走してないもん。人にも危害を加えて無いし」
「……じゃあ、先輩はなんでそんな事を言ったんだよ」
ますますもってわからない。
先輩は本当にアルクェイドのことに気づいているんだろうか。
「はっ! まさかこのゼリーは毒入りっ?」
「あ。それシエルに貰ったの?」
「ああ。……これをアルクェイドに食べさせて毒殺計画とか」
「わたしプルトニウム飲んだって死なないわよ?」
さらりと恐ろしい事を言うアルクェイド。
「なのにニンニクはダメなんだよなあ、おまえ」
「あれは美味しくないもん。全然違うわよ」
「……はいはい」
やっぱりこいつはどこかずれている。
「それにシエルが毒殺なんて手段取るはずないじゃない。琥珀ならともかく」
「確かに」
琥珀さんだったらやりかねないと思ってしまう辺りがまた悲しい。
「っていうかおまえと話してるとなんか危機感とかそういうもんが無くなってくるな……」
なんとかなるんじゃないか? みたいな心境になってしまう。
流行りの言葉で言ったら癒し系って感じ。
「ん。だってシエルは悪い人間じゃないもの。志貴だって知ってるでしょ?」
「まあそうだけど……おまえ関連の問題となるとまた別じゃないか」
忘れがちだがこいつは真祖、人外なのである。
先輩にとってはいつ敵になるかもしれない存在なわけで。
「でも、最近わたしたち仲いいじゃない」
「それも……そうだけどさあ」
ああ、こいつの能天気さが羨ましい。
「それより、このゼリーどうする? わたし食べちゃうよ?」
「あー、うん。好きにしてくれ」
さすがに毒入りと考えてしまった手前、食べるのは抵抗があった。
「いっただきまーす」
ぱくり。
「あ。すごい。これ美味しい」
「へえ……」
あのアルクェイドを以ってして上手いと言わせるとは。
こいつが今まで美味いと言ったのは俺の手作りラーメンくらいだったというのに。
ゼリーにちょっとジェラシーを感じてしまう。
「なんていうか独特の食感よね。ぷるぷるしてて、不思議だわ」
「……あーそっか。おまえゼリー食べるのも初めてか」
「うん。知識では知ってるけど、味覚とか嗅覚って知識だけじゃ足らないじゃない?」
「だなあ」
そのものが近くにあればまだイメージが沸くが、何一つ無いところで思い出してみろと言われると難しいものかもしれない。
「ふーん。なかなかいいわねこれ。今度買ってみようかな」
恐るべきデザートの魔力は真祖ですら虜にしたようであった。
「ゼリーはもういいの。それよりシエル先輩だ」
「だって、じゃあ志貴はどうしろって言うのよ。正直に伝える?」
「そ、それは……そのちょっと」
「それじゃどうしようもないじゃない」
「……」
ばれかけているのでは、と思っていてもやはり自分から言うのは抵抗があった。
「わかってるんだけどさ……」
それは何故かというと、アルクェイドの彼氏としてどうにも自信がなかったからである。
正直、こいつと俺は釣り合ってない。
一緒に歩いていても周囲の目を惹くのはアルクェイドだし、俺に対しての目線は「なんでこんなやつが?」というものである。
「うーん」
「なんか志貴、うじうじしてる」
「うう」
返す言葉も無かった。
「前の志貴はそうじゃなかったでしょ。もっとこう、前向きだったじゃない」
アルクェイドは呆れた顔をしている。
「前向き……?」
それを聞いて、俺は以前の自分を思い出し始めた。
続く