「うーん」
「なんか志貴、うじうじしてる」
「うう」
返す言葉も無かった。

「前の志貴はそうじゃなかったでしょ。もっとこう、前向きだったじゃない」

アルクェイドは呆れた顔をしている。

「前向き……?」
 

それを聞いて、俺は以前の自分を思い出し始めた。
 
 
 
 

「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その26












以前の俺は自分の意思で考え、行動していた。

それは有間の家で居候の身分であったせいもあるだろう。

他の人に迷惑をかけてはいけないと、出来る限り自分のことは自分でやっていたのだ。

有間のおばさんにはちょっと子供らしくないわよとしられたけど、おじさんにはしっかりした奴だと感心されていた。

では遠野家に来てからの俺はというとどうだろう。

献身的なメイド、翡翠に世話され家政婦琥珀さんの美味しい食事を食べれる。

豪華な食事、広々とした部屋に風呂。

自分が何もしなくても全てが用意されている。

おまけにアルクェイドという彼女との甘い同棲生活。

そんな生活を続けるうちに一気に俺は堕落してしまったのではないか。

何をするにも人に頼り、自分が何もしなくても周りが何とかしてくれると。

その挙句に失敗したらどうしよう、ああなったらどうしようと、後ろ向きな考えばかりしている。

自分すら律せないやつに、アルクェイドが、彼女が律せるはずがない。

俺はアルクェイドのために、アルクェイドのためにと行動していた。

それは真剣な思いだったから、なんとかやってこれたんだろう。

だがスタートがよくなかったのだ。

俺は秋葉やシエル先輩にアルクェイドとの関係を隠すことを選んでしまった。

アルクェイドが遠野家にいることが二人にばれたら間違いなく追い出されてしまうだろうと。

そういう負い目があるから自分を出せなくなってしまっていた。

「……」

じゃあアルクェイドが悪いのかというとそれも違う。

経過はどうあれ、こいつをここに住まわせることを承諾したのは俺だ。

ならば俺はこいつがここにいることを、みんなに認めさせなくてはいけないのが本当だったのだ。

最初っから俺が悪かったのである。

「こうなる前に気づくべきだったんだ」
「志貴?」

アルクェイドの前でかっこつけようとか、そういう問題じゃなかった。

まず俺が俺らしくなかったら。

俺が正しくなかったら意味はなかったのだ。

だがまだ遅くはない。

「……先輩に全部話そう」

先輩のことは同棲以前からずっとあった問題なのである。

「いいの? 話したらシエル、怒るかもしれないよ」
「なんとかする。……何とか出来なきゃ、俺はおまえの彼氏だって言えない」

彼女の抱えている問題を解決できないで何が彼氏か。

これを解決できなかったら所詮俺もそこまでということである。

「志貴……」
「やってやるさ」

久々に俺は燃えていた。

それは俺自身のためであり、またアルクェイドのためでもあった。
 
 
 
 

「悪い。今日の学校、先にやっててくれないか。俺ちょっと用事があるんだ」

翌日の朝、準備をしている琥珀さんに俺はそう告げた。

「はぁ。そうなんですか。でもアルクェイドさんが不満がるかもしれませんよ?」

琥珀さんは例によって例のごとく奇妙な格好をしている。

これもガクガク動物ランドの衣装なんだろう。

「いや、アルクェイドにも承諾は得てるから。それに、琥珀さんと翡翠が先生だったら問題ない」
「あはっ。当然ですよ。完璧な授業を展開させてみせます」

琥珀さんは実に頼もしかった。

「ありがとう。本当に感謝してる」

翡翠にも琥珀さんにもずっと世話になりっぱなしだった。

いつまでも甘えてばかりじゃダメだ。

この状態に終止符を打たなくては。

「志貴さん、どうしたんですか? なんだか戦地にでも赴くみたいですよ?」
「……ああ。先輩とケリをつける」

それを聞いた琥珀さんの顔色が変わった。

「そうですか……どうかご武運を」

ぎゅっと手を握ってくる琥珀さん。

「大丈夫。先輩だって話せばわかってくれる。……きっと」
「はい。頑張ってください」

琥珀さんの手を離し、俺は門へと向かった。

シエル先輩はアルクェイドの学校のため必ず家に来る。

「……」

俺はじっと部屋のあるほうを眺めた。

今日の行動でこれからアルクェイドと一緒にいられるかどうか、はっきりするだろう。

俺はもちろんアルクェイドと一緒にいたい。

だが後ろ向きではいけない。

前に進まなくては道は開けないのだ。

「……」

ひたすら先輩を待った。
 

「おや、どうしたんですか遠野君」

やがてシエル先輩はやってきた。

いつもと変わらない、優しい笑顔で。

「おはよう先輩。話があるんだ。学校の前に」
「はぁ。なんでしょう?」
「俺の部屋で話そう。ちょっと長くなるから」
「まさか遠野君、えっちな話じゃないですよね?」

冗談めいた口調のシエル先輩。

「いや、真面目な話なんだ。アルクェイドの事で」
「……」

俺の言葉に応じて先輩も真剣な表情へと変わった。

「わかりました。聞きましょう」
「おう」

二人揃って部屋へ。
 
 
 
 

「まず、アルクェイドのことの前に話さなきゃいけないことがあるんだ」

先輩が全てを知っているなら話は早いはずだが、順序だてて話していくことにした。

「この部屋の上にはアルクェイドの言っていたとおり、屋根裏部屋がある」
「はい」
「そして今。……いや、一ヶ月くらい前から、そこは空き部屋じゃなくなってる。アルクェイドが住んでいるんだ」
「アルクェイドがですか」

先輩はそれを聞いても全く驚いた顔をしていなかった。

やはり知っていたんだろう。

「ああ。一緒に暮らしてる」
「そう……ですか」
「ああ」

しばしの沈黙。

やがて先輩は大きくため息をついた。

「やーっと話してくれましたね、遠野君」

それからにこりと笑う。

「え?」

何で先輩は笑うんだろう。

「まったくもう、いつ話してくれるんだろうと思ってましたよ。わたしってそんなに信用ないのかなーってちょっと落ち込んでました」
「……せ、先輩?」

なんだか急に力が抜けてしまった。

もっと怒り出すとか、難しい話をされるとか、そういうのを予想していたのに。

「その、許しませんとか、認めませんとかそういうのはないの?」
「と、言いますと?」
「いや……だって先輩は教会の人だし、昨日アルクェイドが遊びに行ったときもあんなに怒ってたのに」
「ああ。それ、前者と後者で別問題ですよ。遠野君はなんでもごっちゃにしてしまうから困ってしまいますね」
「え……えっ」

さっぱり自体が飲み込めなかった。

「ええと……その、詳しく説明してくれるとありがたいんだけど」
「そうですね。わかりました。教えて知得留先生ならぬ……教えてシエル先輩、始めましょうか」
 

シエル先輩は年上に相応しいような、余裕ある笑みを浮かべているのであった。
 

続く



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