「……」

先輩がそこまでしてくれているのに、俺のほうがこんな調子じゃ悪いだろう。
 

「よーしっ。じゃあみんなでいっちょ体操でもするかっ。体操は健康にいいぞっ」
 

俺はなるだけ元気いっぱいの声で、皆に提案するのであった。
 
 


「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その29










「はーい。そんなわけで体操も終わりましたし、今日の授業はおしまいアルよ。おつかれさまアル」
「おつかれさん……」

と言いながらも一番疲れてるのは俺かもしれない。

なんせばく転側転倒立と無駄に体を動かしたからな。

おかげでアルクェイドや琥珀さんにはバカうけだった。

先輩も俺のそんな動きを見て元気を取り戻してくれたようだし、まあ結果オーライだろう。

「来週も見るアルよ! じゃーんけーん……」

すぱんっ。

「パクリは良くないですよ、姉さん」
「う……ではまた来週アルよろし……」

琥珀さんことミスター珍と翡翠の扮するミス2Pは去っていった。

「ではわたしもお暇しましょうかね」

先輩もそう言って立ち上がる。

「シエル先輩、来週のメガネコンビを楽しみにしていますよ」
「任せておいてください」
「う、うん……」

ああ、来週やらなきゃいけないのかそれ。

「と、先輩、玄関まで送るよ」
「あ。じゃあわたしも行くね」

アルクェイドもひょいと椅子から飛び降りた。

「ええ。アルクェイドさんもまた来週」
「ばいばーい」

三人揃って部屋を出る。
 
 
 
 

「で、志貴。シエルに話したのよね、全部」

しばらく歩いたところでアルクェイドがそう尋ねてきた。

「ああ。話した」
「でもシエル、怒ってないわね」
「うん……一応納得してくれたみたいだ。今までどおりでいてくれるってさ」
「今までどおりねえ」

首をかしげているアルクェイド。

「では、遠野君、アルクェイド、また会いましょう」
「おっと」

気づいたら門のところまで来てしまっていた。

「うん。じゃあねシエル」
「……アルクェイド。わたしを差し置いて遠野君をゲットしたのだから、大切にしなくてはいけませんよ?」

先輩はやや冗談めいた口調でそうアルクェイドに言った。

「うん。もちろんよ。わたしたち幸せになるもん。ねー?」

笑顔で俺に同意を求めてくるアルクェイド。

「う、うん」

そう言われてしまっては頷くことしか出来なかった。

「はあ。目の前でそうイチャイチャしないでください」

ため息をつく先輩。

「あはは……」

照れ隠しに頭を掻く俺。

「ですが、もう一度確認しますよ? わたしは今までどおりでいいんですね?」
「うん。それで構わない」
「そうですか」

先輩はにこりと笑った。

何か踏ん切りがついたように。

「わかりました。そういうことにしておきます。それでは」

そうして不思議とスキップなんかしながら先輩は帰っていった。

「……変な先輩」

思わずそう呟いてしまった。

「何が?」
「いや、最初は落ち込んでたみたいなんだけど、なんか今はすごい上機嫌だったし……」

さっぱり訳がわからない。

「うーん」

腕組みをするアルクェイド。

「ねえ志貴。今までどおりでいいってことは、つまり、シエルはわたしとケンカしていいってことなの?」
「……何言ってんだよバカ、そんなわけないだろ」
「でも『今までどおり』なのよね? わたしよくシエルとケンカしてたよ?」
「そ、それは……」

確かにそうだ。

今までどおりであるということはそういう風にも取れる。

「……シエルってばまさかまだ諦めてないんじゃないかしら」

アルクェイドは深刻な顔つきをしていた。

「諦めるって……おまえを狙うことを?」
「違うわよ。志貴のこと」
「俺を? ……あっ」

そうだ。

俺は気づかなかったけどシエル先輩は俺にアピールしていたって言ってたっけ。

今までどおりでいいってことは、つまりアピールを続けて問題なしと。

「そ、そんなつもりで俺言ったんじゃないぞ?」
「わかってるわよ。でも、あの笑顔が気になるわ。シエル、そういう解釈の仕方があるって気づいちゃったんじゃないかしら」
「……」

だとするとそれはとてもまずいんじゃないだろうか。

シエル先輩はやるといったら本当にやる人である。

しかもそれは徹底的に研究、努力の成果となったものだろうから凄まじいに違いない。

「どうするのよ、志貴」
「ど、どうすると言われても」
「志貴さーん。アルクェイドさーん。お昼ごはんですよー」

琥珀さんがいつもの割烹着に戻っててくてく歩いてきた。

「あ、琥珀。志貴がとんでもないことしてくれたのよ。シエルに今まで通りで問題ないって」
「うわ。さすがは志貴さんですね。いかにもって感じです」

なんだかあきれた顔をしている琥珀さん。

「うう……」

ああ、よかれと思って言った事が裏目に出てしまっている。

「しかしまあ、シエルさんは何も言わずに帰っていかれたんですよね?」
「いや、今まで通りで本当にいいんですよねと念を押して帰っていった」
「うわー」

琥珀さんがわざとらしく体を反らせ、頭を抑えていた。

「もちろん、それに対しても志貴さんはおっけーと言ったんですよね」
「う、うん」
「……ふむう」

今度は推理小説の主人公みたいに口を押さえている。

「まあ、わたしは今回口を出さないって事でひとつ。これくらいなんとかしてくれなくては後が困ります」
「う」

確かにそうだ。

ここでまた琥珀さんに甘えては今までと同じになってしまう。

「とりあえず行動はご飯を食べてからでいいと思います。腹が減っては戦は出来ぬ。覚悟決めて行ってきて下さい」
「そ、そう……だね。わかった」
「お昼終わったらわたしも一緒に行くわよ。志貴。さっさと食べちゃってね。部屋で待ってるから」
「おう」

アルクェイドは瞬時に屋根裏部屋のほうまで飛んでいってしまった。

「まったく、志貴さんってばあれだけ最強の女性を確保しておいてどうしてこうも情けないんですかねえ」
「わ、わかってるよ俺だって」
「ええ。志貴さんは大丈夫です。わたしが保証しますよー」
「……琥珀さん」

なんだかんだで琥珀さんも応援してくれてるんだよなあ。

これに応える為にも頑張らなきゃなるまい。

「で、楽しそうな展開なんで詳細を後で教えていただけるとー」
「……」
「ああっ! 置いてかないでくださいよ〜」

俺は頭を抱えながら屋敷へと戻った。
 
 
 
 

「今日のお昼はいやに簡素ねえ、琥珀」
「あ、すいません。ちょっと学校の準備に忙しくてー」
「……まあ楽しかったから構わないわよ。ただ気になったから聞いただけ」
「あはっ。そうでしたかー」

秋葉も秋葉で、アルクェイドのための学校を楽しんでくれているようだった。

「兄さんの体操には驚かされましたしね」
「あ、あれはちょっと練習しておいたんだ」

もちろんその場しのぎのでたらめ体操だったんだけど、そこが逆によかったらしい。

「ふふふ」

上品に秋葉。

そういえば秋葉も笑うことが多くなったような気がする。

最初はそれこそお嬢様な態度が多く、つんとしていたのに。

「それにしてもあれですねー。アルクェイドさんもまるで家族みたいな感じになってきたじゃないですか」
「なっ」

何を思ったのか、琥珀さんが突然そんなことを言い出した。

「冗談は止めて欲しいわね琥珀。私はアルクェイドさんがこの家に迷惑をかけないように協力しているだけなんですから。誰が家族だなんて」
「……」

ああ、やっぱりアルクェイドに対する秋葉の考えは厳しいものがあるようだ。

シエル先輩が納得してくれたとしても、次はこの秋葉をどうにかしなくてはいけないのか。

「はぁ。ごめんなさい」

琥珀さんはしゅんとしていた。

「家族はどうかとしても、友達とは言えると思います」

翡翠が琥珀さんのフォローのようにそんなことを言った。

「友だちか……そうだな。それならどうだ? 秋葉」
「……」

秋葉は最初なんともいえぬ渋い顔をしていた。

「それなら、まあ認めなくはないですけど……」

けど、しばらくしてから恥ずかしそうに顔を背けながらぽつりと呟いた。

「そっか」

よかった、まだ希望はあるかもしれない。

「……」

ちらりと時計を見た。

食事が始まってからそろそろ一時間が経つ。

アルクェイドはその間、一人で俺を待ってなくちゃいけないわけだ。

恋人のはずのアルクェイドが一人で。

「……あいつ、結構さびしがりなのにな」

いつかはみんなで仲良く食卓を囲ってみたい。

そんな日は来るのだろうか。

いや、きっと来させてみせる。

「よし」
 

俺は気合を入れて一気に茶碗のご飯をほおばるのであった。
 

続く



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