ちらりと時計を見た。

食事が始まってからそろそろ一時間が経つ。

アルクェイドはその間、一人で俺を待ってなくちゃいけないわけだ。

恋人のはずのアルクェイドが一人で。

「……あいつ、結構さびしがりなのにな」

いつかはみんなで仲良く食卓を囲ってみたい。

そんな日は来るのだろうか。

いや、きっと来させてみせる。

「よし」
 

俺は気合を入れて一気に茶碗のご飯をほおばるのであった。
 
 

「屋根裏部屋の姫君」
第四部
姫君と居候
その30






「じゃあ、悪いけど、ちょっと行ってくるよ」

部屋に戻って俺はアルクェイドにそう伝えた。

「行くってどこに?」
「だからシエル先輩の家にさ。ちゃんと確認しなきゃいけないからさ」
「ふーん。じゃあわたしも行こっか?」
「ダメ」
「なんでよ。わたしだって関係者でしょ?」

むくれているアルクェイド。

「い、いや、そうだけどさ。こういう話し合いは二人のほうがいいしさ」
「んー……そっか。わかった。志貴がそういうなら待ってる」
「あ、あれ?」

アルクェイドはやけにあっさり引き下がってくれた。

「いいのか?」
「うん。今日の志貴はなんだか頼もしいからね」
「今日は、って……」

思わず苦笑してしまう。

まあ否定はしないけど。

「あ、ううん。今日は特にってことね。志貴はいつも頼りにしてるわよ」
「ほんとか?」
「ほんとだって」
「うーん」

まあそんなことでアルクェイドを疑ってもしょうがないだろう。

本当に過剰すぎるくらいこいつは俺を信頼してくれているのだ。

「じゃあ、その。いいか? 俺行くけど。遊べなくて本当にごめんな」
「大丈夫だって。わたしも一人で適当に遊びに行くから」
「そうか。知らない男に声かけられてもほいほいついていくんじゃないぞ?」
「む。わかってるわよ。わたし子供じゃないんだからね?」

むーと頬を膨らませているアルクェイド。

「ははは。そうだな」
「ちぇ。志貴ってば意地悪なんだから」
「悪い悪い」

アルクェイドのために窓を開けてやる。

こいつの出入り口はここだからな。

多分家に入る事をちゃんと許可されてもこいつはここから入ってくる気がする。

「ん。じゃあ、わたし先に行くね?」
「おう。悪いな、ほんと。帰ったら遊んでやるから」
「うん。またね、志貴」

そのままひょいとアルクェイドは飛び降りていった。

「気をつけろよー」

窓からそう伝えると、ぶんぶん手を振って駆けていくアルクェイドの姿が見えた。

「さてと……」

俺も急がなくちゃな。
 
 
 
 
 

「あ。志貴さん。今からシエルさん宅へ向かわれるのですか?」

下に行くと待ち構えていたとばかりの顔の琥珀さんが立っていた。

「うん。そうだけど。もしかして待ってた?」
「はい。ちょっと用意がありまして。これを渡しておきましょう」

そう言って『琥珀のお守りひみつメモ』というものを手渡してくれた。

「これは?」
「どうしようもなくなったとき、もしくはなんじゃこりゃ〜と思った時にこれを見てください。きっと役に立つと思いますから」
「そ、そっか。うん。ありがとう」

なんじゃこりゃ〜というのは気になったけど敢えて何も聞かず受け取っておいた。

琥珀さんが妙な事をいうのはいつものことだ。

「じゃあ、行ってくるよ」
「はーい、行ってらっしゃいませー」
「……?」

いや、態度も変だ。

最初俺が先輩と決着をつけると言った時、琥珀さんは真剣な顔で聞いてくれたはずなのに。

今はなんていうか軽い。

もっというと、また何か企んでいるような、そんな表情だった。

「この紙、今見てもいい?」
「ダメです。本当にいざというときに見てください。出ないと不幸な事が起こります」
「……」

むしろお守りというより不幸の手紙みたいである。

「わ、わかったよ。うん。でも、その、なんていうか」
「何でしょうか? まさか、このわたしが何か企んでいると? そんなことは断じてありませんっ! ほら、この純粋な目を見てくださいなっ!」
「……」

怪しい、どうにも怪しい。

「なんだったら、心臓の音を確認しても……」

そう言って俺の手を自分の胸へ触らせようとする琥珀さん。

「わ、わかったよ、う、うん。信じる。信じるから」
「はい。正義の勝利です」

琥珀さんはとても嬉しそうだった。

「あはは……」

なんだか力が抜けてしまった。

「でも、うん。ありがとう」

おかげでリラックスは出来たようだ。

「はい。どうかご武運をー」

琥珀さんに見送られ俺は先輩の家へと向かった。
 
 
 
 

ぴんぽーん。

「せんぱーい。俺だけど」

インターホンに向けて呼びかける。

「あ、はい。今行きますね」
「……」

シエル先輩を待っている間、やはり俺の心臓はどきどきしていた。

先輩はどんな顔をしているだろうか。

「どうしたんですか? 遠野君」
「あ、うん、ちょっとね。遊びに来たんだ」

先輩はやはり帰ったときと同じように笑顔だった。

「はぁ。ちょっと散らかってますけどいいですか?」
「うん。構わない。お邪魔させてもらうよ」
「ええ。ではどうぞ」

案内されて居間へ。

「……ほんとに散らかってるね」

整理整頓がモットーのはずの先輩の家だとはとても思えなかった。

「あ、あはは。ちょっと準備をしてたんですよ」
「準備?」
「ええ。来週のメガネコンビのためのものです」
「……あれ、マジでやるの?」

その場しのぎの冗談だと思ってたのに。

「ええ。もうネタも考えてあるんです。楽しみですねえ、本当に」
「……」

いかん、なんなんだろうこの先輩の能天気さは。

「そ、その。先輩。俺がいつもどおりでいいって言った事なんだけど」

ラチがあかなそうだったのでさっさと本題に入ってしまうことにした。

「……はぁ。それが何か?」
「うん。だ、だから、その、俺は恋人にはなれないから、アタックを続けていいってことじゃ……ないからね」
「それくらいわかってますよ。何を言ってるんですか遠野君ってば」
「え」

先輩は呆れた顔をしている。

「わたしは人の彼氏にツバつけるほど愚かではありません」
「だ、だって俺の話を聞くまではアタックしてたって……」

俺がそう聞くと先輩はちょっと困った顔へと変わった。

「あれは遠野君がはっきりしなかったからです。誰にでもおんなじような態度だったから、これはちょっと押せばいけるかなーとか思ってたんですけど。全然ダメでしたねえ。遠野君は朴念仁でしたから」
「ご、ごめん」
「いえいえ。今考えて見れば、もうアルクェイドという相手がいたから他に興味を持たなかったのかもしれなかったですしね。とにかく、もう遠野君に恋人としての未練はさっぱりありません」
「そ、そうなんだ」

それは安心した……けどちょっと残念なような。

いや、これでいいんだ、これで。

「ごめん、俺、先輩が妙に明るいから、変な解釈しちゃったんじゃないかなって疑っちゃって」
「ああ、いえ。わたしが危惧したのは、遠野君の友人ですらいられなくなった時のことなんで。今までどおりということはわたしは先輩としていて構わないということなんですよね?」
「うん。そうだよ……そう」
「それだったらいいんですよ。だからわたしはこうして笑っていられる」

言葉どおり微笑む先輩。

ああ、やっぱりシエル先輩は大人なんだなあ。

俺のわがままにも寛容でいてくれるなんて。

「まったく、本当に変なところで心配性なんですねえ遠野君は」
「あ、あはは……」

苦笑せずにはいられない。

俺の変な心配性なのは身に染込んでしまっているようだ。

「だいたい、琥珀さんにも伝えておいたはずなんですけど。わたしはもう未練はありません。来週のメガネコンビに全力を尽くす次第です、と」
「な、なんじゃそりゃ」

それじゃあ琥珀さんは全部知ってたってことか?

「……はっ」

ふと気がついて『琥珀のお守りひみつメモ』を開く。
 

『志貴さん、シエルさんとメガネコンビの練習よろしくお願いしますね。期待しておりますので』
 

「……はめられた」

どうやら琥珀さんは俺にメガネコンビの練習をさせるために先輩の家へ来させたようだ。

「おやおや。これではなんとしても成功させなくてはいけないようですねえ」

先輩のメガネが怪しく光る。

ああ、先輩の悪い癖が始まった。

やるといったらどこまでも徹底的にやるという。

「さあ、アルクェイドのためにも。完璧なコンビネーションを作り出しましょうっ!」

あさっての方向を指差すシエル先輩。

「お、おー」
 

俺は力なく腕を上げるのであった。
 

続く



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